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加古川東高校生からの質問

 母校の加古川東高校の「先輩の話をきこう」という講演会に行ってきた。3年目になる。毎年高校生の前で話すのはいまの若者の雰囲気を直接感じるとてもいい機会になっている。せっかくリモートでなく直接会って同じ空間を共有して話すのだから、今年はその場で質問を提出してもらってこたえるコーナーを設けた。答えきれなかった質問にはあとでnoteで答えますと言い残しておく。
 高校生のみなさん、健闘を祈る。

【質問】始めてアルバイトをするならやはり接客業ですか?
【回答】わたしの経験からアドバイスをするなら、男なら飲食業と土木建築はやっておくといいでしょう。どちらも人生でかならず役に立ちます。新聞配達もやりました。読売新聞はそのとき住んでいた大阪では人気のない新聞だったこともあってか人が常に足りず、配りたいだけ配らせてくれ歩合給で支払ってくれました。これは超早朝型の仕事で、9時5時の仕事になじまない社会のはずれ者みたいな人がたくさんいました。どうやって食っているのかわからない人が多い人生苦があふれる現場を見るのは、よい社会勉強にもなりました。いっぽうでわたしが避けた仕事は家庭教師でした。フィジカルに身体を使う仕事を選んだのは自分の好みでしたが、身体をすり減らせばすり減らすほどカネになり、肉体労働と新聞配達で最大時に月収が60万円ちかくあったのはその後の人生の心の支えになりました。

【質問】経営をする上で気をつけていること、心がけていることはありますか。
【回答】判断・決定をするのは理屈ではなく感覚でおこなうようにしています。
理屈はひじょうに単線的な事象しか扱えません。最終的には考えたことをいったん横に置き、「さて、それではどうするか」と感覚で判断します。準備は理屈、判断は感覚です。

【質問】会社では何をしていますか。
【回答】できるだけ会社に行かないようにしています。
それでもちゃんと回るような会社を作るのが仕事です。

【質問】ヤバかった人の話をもっと具体的に聞きたい。
【回答】フィリピンのマニラで生活しているとき、人を殺すのにいくらぐらいなのか調べたらおよそ10万円もあればいいということがわかりました。
たったそれだけの金ほしさに人を殺す人間がたくさんいる。これに違和感を感じるとすればみなさんの住む日本は安全な場所だということですが、実際には鉄砲やナイフで人が時々死ぬマニラより、SNSでの誹謗中傷や電車への飛び込みで人が毎年何万人も自殺する日本のほうがよほど無頓着で危険だとわたしは思っています。ほかにもマニラではたくさんのいろんな死体を見ました。生後数か月の赤ん坊の死骸とそのまわりで無邪気に走り回っている子どもを見たとき、ほんとうの貧困を見た気がしました。障害者が街をいざっていることもありますし、同性愛者も日本の基準では理解できないほどたくさんいます。これは多すぎて気にもならないレベルです。つまり生老病死、人生の多様性を日常的に見ることができます。

【質問】私は身近な人に流されやすいタイプなのですが、これから社会に出たときに、社会の風潮に流されないようにするにはどうしたらいいでしょうか。
【回答】そういった態度で生きることを真に心から恐れるようになることです。
以下のブログを読んでみてください。顔色をうかがって破滅を選ぶのが日本人のクセです。古くは第二次世界大戦の敗戦も、ちかくはジャニーズ事件もすべてこの構図です。気をつけてください。
https://note.com/okamotoatusi/n/n7ead4bf7e99d

【質問】やる気を出すコツは何ですか。
【回答】好きなことをやることです。嫌いなことをやってもやる気など出ません。
勉強のことなら、数学が好きなら数学を、国語が好きなら国語をやってください。わたしは高校時代の科目のうち漢文の響きが好きでした。35歳をすぎてから中島敦の『山月記』の冒頭部を暗唱できるようにしました。やる気というのはこういうことだと思います。好きでもないことを頑張るのは「やる気」ではなく「我慢」です。

【質問】これからの時代に必要な武器ってなんですか。
【回答】無人島に1つだけ道具を持っていっていいとしたら、わたしは広辞苑を持っていきます。

【質問】感覚や違和感が大事だと考えるようになったのはいつからで、なぜですか。
【回答】南米のパンタナールで日本人初の単独カヤック長距離ツアーをやった経験からです。
そのころはいまとはちがって情報がまったくない場所でした。薮のかげから肉食獣や大蛇が出てくるかわからず、じっさい死ぬような目にもあいました。少しの違和感を察知できるよう、いつでも余裕を残して生きるようになったのはこの経験から来ています。今も仕事は全力ではやりません。60%くらいしか力を出さないようにして生きています。いわば、それがわたしの全力です。

【質問】ジャーナリストになってどのような経験をしましたか。一生で行くべき国はどこですか?
【回答】いろいろな理由で死んだ、たくさんの遺体を見ました。
また日本であたりまえと思われている「国家」や「自治体」「警察」などが当たりまえではなく、ひじょうに脆弱でいつでもすぐに消えてなくなるものだという認識を、概念ではなく肌感覚で持つことができました。わたしはたまさかフィリピンという外国で記者生活を送りましたが、みなさんも外国にはかならず行ってください。そのとき、できれば気候・風土・宗教・文化・政治形態などが、日本からかけ離れた国を目指してください。アフリカや中近東、アジアの貧困国、紛争地などです。身過ぎ世過ぎのための勉強にアメリカやヨーロッパに行くより、わたしはそういう旅を通して身につけたもののほうが多いのです。

【質問】冒険家時代でいちばん驚いたことはなんですか。
【回答】明日生きているかどうか分からないシビアな環境に置かれると性欲が増します。
身体が子孫を残そうとするのかもしれません。女性どころか人間すらあまりいない場所では性欲の持って行きどころがなく苦労しました。第二次大戦の従軍慰安婦問題がまだ禍根を残していますが、明日死ぬかもしれない兵隊さんもこのような気持ちだったかと思うと、心から戦争を起こすことは悪だと思いました。さして昔のことではなく、わたしのおじいさんの世代です。

【質問】ムサシオープンデパート朝市のきっかけはなんですか。
【回答】街の中心街を占有して、街を盛り上げる活動をおこなわない商店街への怒りです。
矛盾にたいする不作為、不正義、見て見ぬふり、金銭的強欲。そういったものに対する怒りを忘れない体質なのかもしれません。子どものころはヒーロー物のマンガやアニメを見て育つのに、成長するとみな判で押したようにつまらない大人になります。みなさんもほとんどがそうなりますが、あなただけでもそうならないでください。

【質問】違和感を感じたら1人で行動するべきですか。団結すべきですか。
【回答】まず1人で行動してください。

【質問】冒険家を目指すことをおすすめしますか?
【回答】おすすめします。
職業にする必要はありませんが、冒険をするということは命の危険がある活動にわざわざ自分で向かうということです。社会的な意義があろうとなかろうと、世界初でもそうでなくてもいい。自分の命をわざわざなにかに賭けるということは、自分の意思で死に近づくことです。自分という存在のなかに理解不能な謎があることを認識することになります。ほとんどの人はそういう根本的な謎を抱かずに生きていきます。冒険は、社会的冒険、政治的冒険、地理的冒険、アバンチュール(性愛的な冒険)などありとあらゆる分野に存在しています。冒険をして生き残る喜びは格別です。まったく別の人生が待っています。とくに男には冒険をすすめます。ヒトという動物は難産ですから、女性は子どもを産むときに「死ぬかもしれないが、自分の意思で生む」という冒険に近い選択にさらされます。女性のほうが生きることにたいして迫力があるのはそのせいではないでしょうか。それに比べると生き死にを考えたことのない男などつまらないものです。

【質問】冒険家のころは生活はどうしていましたか。
【回答】テント生活です。
一般的にいって、旅行にかかる経費は交通費・食費・宿泊費の3つに大別されます。冒険旅行をやっているさいちゅうは交通手段がカヤック、食事は自炊、宿泊はテント泊です。お金はかかりません。やるかやらないかだけのことです。やらない人がほとんどですが。

【質問】金ってなんのためにあるんですか。
【回答】自分で決めてください。
金は人を自由にするためにも使えますし、不幸にするためにも使えます。ヒットマンを雇って人を殺すためにも、慈善活動の資金としても使えます。金を稼ぐのはチャンスとあるていどの如才なさがあればたいして難しいことはありません。だから「成金」など揶揄する言葉が存在します。真にその人の特徴が出るのは金の稼ぎかたではなく、金の使いかたです。わたしの伯母はお金に恬淡と生きてきた人で、年金だけでは生活が苦しく時々こづかいを渡していますが、それをユニセフに募金しています。わたしはこの伯母を誇りに思っています。あなたがお金にどういう意味を見いだすかを楽しみにしています。

【質問】岡本さんが上手いと思った金の使い方はなんですか?
【回答】アウトドアメーカーのパタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナードさんは、50年かけて世界的に成功した同社の株式を非営利団体に寄付してしまいました。価値は4300億円だそうです。

【質問】SDGsはうまくいくと思いますか。
【回答】うまくいかなかったときの準備をしておいてください。
地球温暖化問題でもSDGsでも、うまくいくための相談ばかりしていて失敗したときのことを議論しているところを見たことがありません。あなたがわたしの年齢になるころには地球温暖化が止められるか止められないかはハッキリしています。失敗におわる可能性もじゅうぶんにあり、それに全人生を投じてしまった人のなかには絶望する人が出るでしょう。かなり世の中が乱れる可能性があると思います。地球温暖化とあなたの幸せは直接的な関係はありません。どっちに転んでも幸福に生きてください。

【質問】人生をよりよくする秘訣は?
【回答】自分より不幸な人のために生きることです。
これはわたしが尊敬する姫路出身の作家の車谷長吉さんがおっしゃっていることです。

【質問】大学は行くべきだと思いますか。
【回答】どちらでもけっこうです。
あなたは親や学校から、高校を卒業したら大学に行くものだと刷り込まれているのでしょう。わたしは東校を出て外国語大学に進みましたが、冒険旅行をするための語学学校として入学しただけで、そのためにスペイン語とフランス語とポルトガル語とドイツ語と中国語を広く浅く学びました。就職などまったく考えていませんでした。大学は高校を卒業して働いてから行ってもかまわない場所です。諸外国では大学は社会人でもふつうに勉強をしたくなった人が学んでいます。わたしの尊敬する人のなかには中卒・高卒が多い。そういうオリジナルな人生を歩んだ人にひかれます。

【質問】最近あった幸せなことはなんですか。小さな幸せをたくさん得るためにどのようなことをしてますか。
【回答】ヤギを飼いはじめました。
草食動物を飼うのは子どものころのウサギいらいです。イヌやネコのような肉食動物とは行動や生理の原則がまったく違うので、視野が広がります。反芻といっていったん飲み込んだ草を胃から吐き戻して咀嚼しなおすのですが、じっと観察していると未消化の草のかたまりが喉をはげしく動いているのが見えます。まつげの生えている本数や方向もヒトやイヌとは違います。水をぜんぜん飲みません。夕方になるとヤギにおそろしい数のカが集まってくるのですが、襲ってくるカの種類がヒトとはちがいます。世の中はおもしろいことだらけです。

【質問】金融経済のお金を実体経済にまわす方法はないんですか?
【回答】それをいま一生懸命考えています。
自分の経営している会社では、過去に稼いだ金を実体経済に回す活動をしています。企業の社会貢献などと言われますが、企業活動を4つに分類すると、
1 もうかるうえに社会的意義もある
2 もうからないが社会的意義がある
3 もうかるが社会的意義がない
4 もうからない上に社会的意義もない
この4種類のうち、2からスタートして1に持ちこむ活動だといえるでしょう。壁を越えるのに工夫がいります。いま日本の中小企業がやっているのはほとんどが4です。そういう人たちがときどきムサシオープンデパート朝市に見学に来ますが、まったく理解ができずに黙って帰ってゆきます。

【質問】これからも経営を続けたいですか?
【回答】会社の経営じたいには執着はまったくありませんし、そもそも金を稼ぐことに興味がないので向いているとも思っていません。
社会に良い変化をもたらすための活動をさまざまな役柄で表現しているだけで、経営者はそのひとつです。若いころから興味のある職業は僧侶それも乞食坊主です。そういう生き方があることは、四万十川の師匠である岡田光紀さんから教わりました。確実に向いていると思っています。

【質問】自由はどこまでが自由なんですか?
【回答】なにをやろうとすべて自由です。
刑法199条には「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と書いてありますが「人を殺してはいけない」とは書いてありません。たんなる手続き書(マニュアル)なのです。あなたが人を殺しても露見しなければなにも起きません。これが自由と呼ばれるものです。昨年安倍首相が暗殺されましたが、首相が暗殺されようと一般人が殺されようと罪の重さは同じです。そうマニュアルに記載してありますから、それ以外の決定はできないのです。人が人を殺す事件など大量殺人事件でも数十人ていど。しかし国家権力が起こす戦争は数百万─数千万人を殺して飽き足らないのが歴史の教えるところです。ですから国家権力が勝手に戦争をやりはじめないように憲法で強烈に縛っています。つまり国家より個人のほうが自由なのです。そういう自由を与えられた日本であなたは人生をおくっている。人を殺そうが、のんべんだらりとすごそうが、まずしい人々を救うために使おうが。それをどう活用しようとあなたの勝手です。ぜひご自身の定義する「有意義な」人生にしてください。

【質問】親は岡本さんの生き方についてどう思っているのですか?
【回答】こういうご質問があるということはご自身がやりたいことがあるときに親の目が気になるということでしょう。
わたしが冒険家になろうとするなど、親としては理解ができずほとんど勘当状態でしたが、そんなことはどうでもいいことでした。冒険家にとって親や親戚は最初に超えるハードルでしかありません。その後急に生きかたや職業を変えて経営者になるなど、理解しがたいところはあるでしょうが、まだ父(先代社長)も株式会社ムサシの経営をサポートしてくれています。まったく価値のない父ならつきあわなかったでしょうが、お互いにメリットがあるのでちゃんと関係が続いています。人生に目的があれば、親だろうが友だちだろうが使えるものは使う。使わないものは使わない。それだけのことです。こういう言いかたをすると冷酷に聞こえるかもしれませんが。きのうも一緒に焼き肉を食いましたし、見た目はごくごく幸せな家族だと思います。しかし円満である理由として、裏に一定の緊張関係があるのだと思います。

【質問】自分が何をしていきたいのか不安に思ったことはありませんか。
【回答】ありませんでした。
若いころからやりたいことはありました。しかし別の不安が常にあり、青年時代というのはあらゆる社会的能力が低いので不安と鬱屈の塊でした。このまま肉体労働で生きていくしかないかもしれないと思っていました。

【質問】冒険をしていて楽しかったことはありますか。
【回答】「今日も生きた」という充実感が常にありました。

【質問】昔から社会(経営等)に興味はありましたか?
【回答】社会問題に興味はありましたが、企業の経営にはまったく興味がありませんでした。
やりたくもなかったのですが、2008年から自分の身のまわりの他人を助けるために生きることに人生の方針を変更したので、そのとき困っていた父を助けるために引き継ぎました。企業というものがかなり便利なものであることを知ったのは、実際に経営を始めてからです。

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