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伊藤先生

私は部活に熱中できなかった。
でも入ってよかったと思っている。

熱中しなかったくせに、中学から高校まで退部することなく卒部までしっかりと所属していた。中学入学当時、ブクブクと太っており「この太った醜いボディ!なんとかしたい!」と思ったのがきっかけだった。

とはいえ、いきなりサッカーとか野球とかバスケとか、そんなキラキラしたやつはできる気がしない。ああいうスポーツは小学生の頃からクラブチームに所属していた連中がイキり倒す場所(偏見)だ。そう思い、競技人口のそこまで多くなかったバドミントン部に入部することにした。

バドミントンというスポーツに対して極めて失礼な動機ではあったが、結論から言うとバドミントンは楽しかった。
練習は思っていたよりきつかったが、他の部活に比べれば緩かったし、コーチも穏やかで優しい人だった。あと痩せた。

(余談)
コーチが県大会後の集合写真を撮ってくれたが、我々3年は笑顔が下手くそだった。そこでコーチは「股間が痒い」といった趣旨の発言を放った。後日手渡された写真には、満面の笑みを弾けさせる我々の姿があった。中学生男子の気持ちをよくわかっている人格者だ。

一方で、”熱中する”ほどではなかった。チームメイトが個人で大会上位に食い込むようなヤツだったからかもしれない。「自分には才能がないんだな」と早々に諦め、それなりに楽しくやれたらいいかなくらいの気持ちで過ごしていた。

高校に入ってからも、「なんとなく」の延長線でバドミントン部に入部した。

週に1回「給食室の前でみんなで喋る」という謎のメニューが存在した中学時代と違い、高校のバドミントン部は見違えるほどきつかった。「自分が中学時代に汗を流したスポーツは実はバドミントンではなかったのでは?」と幾度となく思った。

入部してから2ヶ月は脚の筋肉痛に悩まされ続けた。およそ”超回復”の概念の存在しない世界において、我々新入生は筋繊維という筋繊維がちぎれるまで走らされる。その目的地を冠したランニングメニュー「長与ダム」「長与港」というフレーズの持つ牧歌的な響きは、我々の阿鼻叫喚と不協和音をなして長与町を揺らした。

練習はキツかったが、仲間には大変恵まれた。”ヤンキーとオタクが仲良くする”を地でいく不思議な空間だった。サウナもそうだが、共に汗を流すという行為は心の壁を溶かし、くっつけるという不思議な作用を持っている。夏の体育館はサウナのように蒸し暑い空間だったので、同様の現象が発生したのも頷ける。

部員もさることながら、なんと言っても顧問の伊藤先生が本当にいい人だった。中学時代の緩さがなくなってもなおバドミントンを続けられたのは、紛れもなく彼のおかげだった。

私の家庭は色々あって、高校時代の大半を崩壊寸前の状態で過ごした。特に金銭面がキツく、遠征費はもちろんのこと、部費を払えない場面も多々あった。

そんな状況でも伊藤先生は「大変だよな、大丈夫!立て替えとくから!」と言って支払いを猶予してくれた。

情けない話、特段活躍できてきた訳ではない。むしろ試合にはほとんど出ることが出来ず、結局最後の高総体も応援要員だった。チームで勝つ、プレーヤーとして顧問を大会に連れていく、みたいな意味での努力は全く成就しなかった。それでも、私はあのバドミントン部で活動できてよかったと思っている。

高校を卒業してから伊藤先生と話した時、彼はこう言った。

「自慢に聞こえるかもしれないけど、自分はこれまで”苦労”をしたことがない。だから、他の苦労してきた先生たちと違って、自分の体験に照らしながら生徒と語り合うことができない。話を聴くことしかできなくて、それで悩んだりもする」

当時は「ふーん、そういう悩みもあるのか」くらいにしか受け止めなかったが、今思えばその姿勢が彼の持つ”優しさ”の正体に他ならなかった。

「部費が払えなくて辛い」「心配ごとが多すぎて練習に身が入らない」そんな悩みを打ち明けた時に、「お前は甘い。俺は学生時代...」と講釈を垂れる先生はたくさんいると思う。自分も同じくらい苦労している、あるいはもっと苦労した、だからお前に対してはアドバイスできる位置にある、と。

でも彼はそれをしなかった。「できなかった」と彼は言ったけど、きっと同じ体験をしていたとしても、彼はそうしなかったと思う。

先生の口癖は「人生は長い」だった。勝手に深読みしまくってごめんなさいという感じなのだが、これは彼の「いつまでも学び続ける姿勢を忘れるな。自分が知っていることを語るのは簡単だが、相手も同じ状況だと思い込むな。」という姿勢のあらわれである。

社会人になり、ペーペーなりに色々経験を積んだり挫折したりして、形式的には人に対して何かしらのアドバイスができるような機会もちょこちょこあったりする。そんな時でも一旦立ち止まり、伊藤先生のことを思い出す。

「この人が抱えている痛みは自分と同じではないかもしれない」

部活に熱中はできなかったが、学んだものは大きい。
そんな部活に、入ってよかった。


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