質問:何と勝負しているの?

私たちの生活が変わってからよく見聞きするようになった、「コロナに負けるな」「コロナと戦おう」といった表現に、ずっと違和感を感じてきました。

今までその違和感は自分の中だけに留めていたけれど、昨日の新聞の、とある知名度のある方へのインタビュー記事の見出しに、「コロナに打ち勝とう!」とあったのをみて、これはさすがに何らかの発信をしなければと思いました。

なぜならその方は、メディアに出ることもあり知名度、影響力があるのはもちろん、現在若い人を指導している立場の方でもあり、私はこれまで、その方は冷静な思考や判断をされる方というイメージを勝手に持っていたので、ついにここまで来たか、という危機感を感じたからです。


「戦う」「負けるな」「打ち勝つ」といった言葉は、その言葉自体が持つ一見正しいような響きから、聞いた人に反論の余地を与えないような、思考停止してしまうような力があると、個人的に感じています。

コロナウイルスというのは、人間がウイルスと定義したものの一種であって、細菌と違い自分の細胞をもたず、”生き物”とも言いがたい存在です。当然、ウイルス自体に何か意思があって動くものではなく、ただ存在をしているだけであって、人間に大変な思いをさせようとか、苦しめようとかは思っていないわけです。

その、ただ存在しているものに対して、人間は一方的に「敵」であるとして、戦おうとしたり、恨みをもったりしているのが、今の現状です。

ちなみに、ウイルスと聞くと、悪いもののようなイメージが刷り込まれてしまっているのですが、こちらの高知大学のサイトによると、「スプーン一杯の海水には、数千万個の膨大なウイルス粒子が浮遊している」そうで、「ほとんどのウイルスは、生態系の構成メンバーとしてその維持に関与し、人類に恩恵をもたらしてくれている」とあります。

つまりウイルスというだけで、”人間にとって”悪いものではないということです。


また、今回の新型コロナウイルスについては、人為的に作られたという話もありますが、そういった情報のほとんどが、人の興味を刺激する陰謀論的なお話で終わっていて、じゃあ、もしそれが本当としたら私たちはどうしたらいいのか、ということにはあまり触れていない印象があります。

外に出られない、これまでの生活ができないことへストレスを抱えている人たちに向けて、新たな怒りの対象を作って、視聴率を稼いでいるように映るものもあります。

でも、その中にも、私個人の感覚として、本当に真実を伝えたい思いで、勇気を持って発信している方もいらっしゃいます。

私たちがするべきことは、無数にある情報のうち、知名度やメディアに出る回数とは関係なく、自分の心の感覚として「この人のいうことは信頼できそうだ」という人が発信する情報を参考にしつつ、自分なりの考えを持つことではないでしょうか。

仮に人為的に作られたものであれば、作った人の意図、目的は何なのかを、自分で考え、その意図や目的のとおりにならないように、日々の生活を送ることが、先ほどの言葉を借りるなら、「打ち勝つ」ということなのではないかなと思います。


今回、政府の対応などでも、賛否両論ありますが、ただただ怒ったり文句を言っている人たちに、私は聞きたい。「あなたは選挙に行っていましたか?」と。投票日、選挙に行くのが面倒くさいと思う自分に、負けていませんでしたか、と。

でも、おかしいと思ったことに、愚痴や文句ではなく「意見」をすることはとても大切なことです。私自身も、いままでそれが出来ていなかったことを、深く反省しています。未来を担う人たちへ、今まで本当にごめんなさい。

これからは、与えられた情報ではなく、自分で情報を取りに行って、自分の意見を持ち、それを表現することを、日本に住む一人として、勇気をもってやって行きたいと思います。(小さなことからになるかもしれませんが。)


また、新型コロナウイルスでお亡くなりになった方も実際いらっしゃいますが、やはり傾向としては、高齢な方が多いことは事実で、そうなると、免疫力や体力が鍵を握っているのだと思います。

最近、比較的若い年齢の方で感染して、その病状を発信されている方もいらっしゃり、情報としてはありがたいのですが、私個人としては、そういった方が、日常どんな食事をしていて、どんな生活習慣で、どのくらい日常にストレスがあったかなどを、知りたいのが正直なところです。

特効薬と呼べるものがない以上、日ごろの積み重ねで対策していく必要があるのなら、どうやったら命に関わる事態を避けられるかを知りたいのです。


ところで、私は今年に入って自分でぬか床を作り、ぬか漬けを毎日食べているのですが、それがとっても美味しく日々の楽しみの一つになり、ぬか床の菌に感謝しています^^

なので、「殺菌」「除菌」という言葉にも、違和感を覚えるようになりました。

ウイルスと、菌は定義が違いますが、そのものに良い、悪いがあるわけではなくて、あくまで人間にとって、相性が良いもの、相性が良くないものがあるだけです。

人間関係も一緒だと思うのですが、相性の良い人とは、長く良い付き合いができるように日々心掛けるし、相性が悪い人とは、なるべくお互いの世界が守られる距離感を保でばよいだけです。


極論を言えば、勝負の相手は、いつも自分なのではないかなと思います。勝負ごとで相手に勝つというのは、副産物のようなものではないでしょうか。

自分を持ち続けること、そしてそれを表現することは、今の世の中では結構エネルギーがいることです。

ときおり、楽な(だけどそれは自分ではない)生き方に流されそうになる自分自身が、私の戦いの相手です。









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