トニエルドマンハリウッドheader

ツルガキ!映画『ありがとう、トニ・エルドマン』完全解説完結編(ネタバレだけどSAFE AND SOUND)の巻!

やっと「完結編」や!

長い道のりやったな。

前回はこちら

ついでに前前回はこちら

そんでもって映画の予告編はこちら!

物語の主役である二人(三人?)はこちら。

ヴィンフリート:家族と別れ、犬と暮らす孤独な男
トニ・エルドマン:ヴィンフリートの別人格/同位体
イネス:ルーマニアで働くヴィンフリートの娘

そして映画の元ネタ、CAPITAL CITIESの『SAFE AND SOUND』はこちら!

ありがとう、ほんとに。

君が進行役をやったほうが、話がトントン進みそうだ。

そんなこと言わないで!

おいら、おかえもんの「キーワードが出てくるたびにアチコチ飛んで行って、あれ?元々言いたかったことは何だったっけ?」みたいなスタイルが大好きなんだよ!

よっ!オカペディア!

ありがとう、君たち。

では進めるよ。前回の終わりは『SAFE AND SOUND』の歌詞だったね。

ほら、僕が君を引っ張り上げてあげる
見たいものも見せてあげるし
行きたいとこにも連れてってあげる
君は僕の幸運の女神なんだ
たとえ世界の終わりが来ても
僕らはきっとやってけるはず
僕らはきっと大丈夫

君の杯を満たしてあげよう
僕の愛の泉は干上がることはない
この世界はまだまだ捨てたもんじゃない
君は僕に幸をもたらしてくれる
しかめっ面だってへっちゃらさ
僕らは何とかやってけるはず
僕らはきっと大丈夫

大地をしっかり踏みしめろ
自分が何者なのか忘れるな
僕らはきっと大丈夫

僕の愛を示してあげよう
謎の高潮にのみこまれても
君は僕の隣に立っているはず
君は僕の幸運の女神だから
たとえ地中深くに埋められたって
僕らはきっと大丈夫
僕らは何とかやっていける

シンプルで、ええ歌詞や。

PVでも、アメリカのいろんな時代の、いろんな民族背景をもった人たちが、ダンスバトルを繰り広げるんだよね。そのバックで「SAFE AND SOUND」って繰り返し歌われると、なんだか涙が出てきちゃう。「いろんなことがあったけど、僕らはきっと大丈夫なんだ…」ってね。

そうだね。

さて、映画でこの歌がかかるのはクラブシーンでだ。

ヴィンフリートの娘イネスは、ドイツを離れ、ルーマニアの首都ブカレストで働いていた。グローバル企業のイケてる外国人が集まるバブリーなクラブで、仕事仲間たちとドラッグをキメて、シャンパンを派手に開けた時、爆音でこの歌が流れ出す。DJ Remixバージョンでね。


この瞬間、イネスの中で何かがはじけた。

自分自身にかけていたマインドコントロールが解けるんだ。

この歌って、ヴィンフリートの娘イネスに対する想いにピッタリだよね。

「ここまでお前のことを思っているのは、父であるこの私だけだ…」みたいな。

いつものように近くでビールを飲みながらヴィンフリートはすっとぼけていたけど、もしかして彼がリクエストしたのかな?

ああゆうクラブはリクエストとか無いやろ。

偶然や。そういう運命やったってことや。

しかしピッタリの歌詞だよね。

まあ、この歌から物語を作ったんだから当たり前だけど。

特にこの部分が面白い。

僕の愛を君に示そう
謎の高潮にのみこまれても
君は僕の隣に立っているはず

元の英語歌詞だと

I could show you love
In a tidal wave of mystery
You'll still be standing next to me

なんだけど、「謎の高潮」にあたる「a tidal wave of mystery」って「変な人しょっぱいギャグの連続」とも読める。

そして、

そんな「ウザい波」に呑み込まれても「君は僕の隣にいるはず」って続くんだ。

せやな。普通「僕は君の側に立っている」やで、愛を示すんなら。

でもこの映画の父娘にはピッタリだよ!

親父ギャグの波状攻撃にうんざりしてたイネスが、だんだんヴィンフリートの術中にハマっていって、気が付いたらすっかりオチていたんだよね(笑)

ヴィンフリート、してやったり!

「しかめっ面」のドイツ人エリートも、すっかり「女トニ」になってしまう(笑)

さて、脚本・監督のマーレン・アデがこの歌詞に感銘し、物語のアイデアの源泉としたのには、もうひとつ理由があった。

実はこの歌詞、そのまんま「ドイツとルーマニア」の関係にも当てはまるんだ。

だよね、やっぱり!

かつての欧州の支配者、神聖ローマ帝国の継承者を自負するドイツと、”ローマ人の土地”を意味するルーマニア。この「ドイツとルーマニア」の関係は、まるで親と子のようでもある。まあルーマニアだけに限らず、東南ヨーロッパのEU加盟国は、だいたい似たような立場かもしれないね。

そういえば映画の導入部で少しだけ描かれるヴィンフリートの老母の家にも、東南ヨーロッパから来たとおぼしき出稼ぎヘルパーの女性がいたね。ドイツ語も英語も片言しか話せない。いかにも低賃金で働いてますって感じだった。

父娘の物語に、ヨーロッパの構造を重ねてるわけやな。

ドイツの立場でこの歌詞をみると、「僕、I」がドイツで、「君、you」がルーマニアになる。

歌い出しの部分「I could lift you up」は「ドイツがルーマニアを引っ張り上げてあげよう」ってことになるね。

その調子で「僕と君」を「ドイツとルーマニア」に変換してくわけやな。

ふむふむ…

……

おお!

ドイツ人ってのは、しかめっ面で誤解されやすいんやけど、ホントはめっちゃいい奴やな!

溢れんばかりの欧州愛やんけ!

でもなんか引っ掛かるよ…

In a tidal wave of mystery
You'll still be standing next to me

の部分が、

「どんな事態になろうとも、ルーマニアはドイツのそばから離れられない」

って聞こえる…

せやな。

そのドイツ人目線でいくと、歌の後半で繰り返される「Hold your ground, safe and sound」は「自分が何者か忘れるなよ。最低限の暮らしだけは保証してやる」ともとれるな。

でしょ?

そういう目で見ると、歌全体が

「いろいろあるけど心配するな。EUは絶対大丈夫」

って言ってるみたい!

その前にユーロやな。

面白いよね、ちょっと皮肉っぽくて。

なるほど。

脚本を書いたマーレン・アデさんは、この歌のこんな構造から着想を得たってわけだ…

それだけじゃないよ。

石油ネタも、この歌から来ている。

おお!

出だしの「I could lift you up(僕が君を引っ張り上げてあげる)」なんて、原油採掘業者のセリフに聞こえるよね。

その後の歌詞

I could show you what you wanna see
And take you where you wanna be

も「オイルマネーでリッチな世界へ!」みたいな。

You could be my luck」なんて、もうそのまんま。オイル様様だ。

君の杯を満たしてあげよう
僕の愛の泉は干上がることはない

のくだりも、そのまんまだね。

I could fill your cup
You know my river won't evaporate
This world we still appreciate

が原詩なんだけど、「evaporate」とか「still」が絶妙すぎる。「evaporate」は「気化する」って意味もあるし、「still」には「蒸留する」って意味もある。原油から石油などを精製するには蒸留作業が必要だからね。

地中深くに埋められ」てるしな。

でもこれもまた皮肉たっぷりなんだよね?

その通り。

確かにルーマニアはかつて石油で潤った。石炭や天然ガスも出た。でも、その富は一部の人にしか渡らなかったんだ。国全体の富であるはずなのにね。

今でもその構図は続いている。映画でも首都ブカレストのスラムや貧困層の子供たちが出てくる。郊外の油田地帯シーンでも貧乏な家族の話が出てくる。自分たちの住んでる土地の下に油田があるのに、月々わずかなお金しか渡されていない。

かたやイネスのようなグローバル企業の外国人たちは、高級ホテルに暮らし、高級店でメシを食い、クラブで乱痴気騒ぎをしてる。自分たちが搾取しているルーマニア人を見下しながらね。表の顔では「我々がいれば大丈夫」とか言いながら、裏では自分たちのことしか考えていないんだ。

・・・・・

歌の後半で「Hold your ground, safe and sound」がずっと繰り返されるところなんて深いよね。

元々の歌詞の意味は「自分のスタイルをもて/ルーツを忘れるな」って感じなんだ。PVに出てくるアメリカの様々な人たちのダンス(文化)のことだから。

でもこれをルーマニアの石油目線で見ると、

「大地を手放すな/祖国を売るな」

ってことになる。

確かに!

この歌詞を、爆音でエンドレス状態で聞いた時、イネスの中で何かが弾けたんだね。今まで見て見ぬふりして我慢してた何かが。だから突然クラブから飛び出した。

後で出てくるホイットニーの歌の時みたいに。

イネスはやっぱり、ええ子やったんや。

見てくれは変わってもうたけど、心の奥底には、変わらん昔のイネスがおったんや。

よかった~、イネスお姉さんが元に戻って。

ヴィンフリートも大喜びだね。めでたしめでたし、だ。

いや、そういう簡単なハナシじゃないんだよ。

この映画は「コメディ」なんだ。父と娘が絆を取り戻す安っぽい感動ストーリーではないんだよ。

ええっ!?

でも、どの映画紹介サイトを見ても、そういうふうに書いてあるよ!

予告編動画だって、そういう感じじゃんか!

日本映画業界の悪しき風習だ。どんな奥深く複雑な作品も、ああいう風にデコレーションしてしまう。映画のファミレスメニュー化だね。で、ああいう予告編の雰囲気が好きで映画本編を観ると、なんか期待したイメージと違うんで「やっぱ海外映画つまんね。特にヨーロッパ映画クソ」みたいになってしまう。ハリウッド映画以外は情報が極端に少ないからね。映画と観客の悲しきミスマッチだ。こうやって悪循環に陥っていく。

おおっ!

この映画を「父と娘の感動物語」なんて言ってはいけない。

実は海外でもこういう反応があったから、大きな賞が取れなかった可能性もある。

ええっ!?

だって、ヴィンフリートの行為は、完全なるエゴだ。自分が淋しいからって理由で、娘を取り戻そうとしたんだ。完全に娘に依存してしまってる。いくらイタズラとはいえ「架空の弟」を演じてるなんて、ちょっとオカシイでしょ。

しかも、ルーマニアでのイネスを否定するってことは、EUやグローバル経済を否定することになるんだ。でも、経済成長を牽引しているのは、そういう人たちなんだ。もし世界中がヴィンフリートのような人間ばかりだったら大変だよね。破滅までは行かなくとも、経済成長は絶対にしないだろう。

だから映画では、そういう単純な終わり方にしなかった。わかりやすいハッピーエンドじゃないんだ。どんな風にとるかは、その人次第な感じなんだよ。

確かに「”グローバル経済”教に洗脳された娘を取り戻す父」って単純な話にしてまうと、なんか深みが無うなってしまうな。

前に紹介した『ハーヴェイ』と同じで、なぜか観る人が主人公の「妄想」や「奇行」に共感していってしまうんだね。もし現実世界で自分の周りにあんな人がいたら怖いのに。でもストーリテリングと演出の巧みさで、観客も引き込まれていくんだ。冷静に考えてみると、感動してるほうがオカシイんだよね(笑)

これはあくまでコメディなんだ。ブラックユーモアなんだよ。偏執狂の老父の最後の悪あがきと、そこに引き込まれていくファザコン中年独身女のね。

なるほど!がってん!

しかし、『SAFE AND SOUND』を作ったキャピタル・シティズの二人も、まさか自分たちの歌からこんな複雑なドラマが生まれるとは思ってもみなかっただろうね。

最初の歌の発表が2011年で、2013年にブレイクして、たった3年後の2016年にはこんな映画が誕生したんだもん。

せやな。アメリカの多様さとダンス文化の歴史を上手く組み合わせたミュージックビデオのおかげや。

まさかドイツとルーマニア、いや、EUが抱える大きな問題を、自分たちが作った歌に重ねられるとはな…

作者冥利に尽きるっちゅうやつや。

いや、これが意外でも何でもないんだ。

まだあったか!

実はね、この『SAFE AND SOUND』にも裏テーマがあるんだ。

そこに目を付けたのかどうかは知らないけど、2013年にドイツ・ボーダフォンがこの曲をCMに起用した。そしてドイツで大ヒットし、世界に飛び火したんだ。

映画の脚本・監督のマーレン・アデは、きっとドイツでこの歌を知り、すぐにこの二重構造に興味を抱いた。「これは父娘の物語にも使えるし、欧州の問題にも使える!」って。そして『TONI ERDMANN』が誕生した……はずだ。

前回みたいに疲れてしまわないように、簡潔に教えて!

よし。

キャピタル・シティズの二人を見て、何か感じなかった?

ずんぐりの方のヒゲがモフモフしてる!

東欧とか中東の出身か?

その通り。

キャピタル・シティズのずんぐりヒゲのほうセブ・シモニアンは、アレッポの生まれだ。

よくニュースで聞く名前!

先日ISから解放されたシリアの町だ!

彼の両親はレバノンに住む難民だった。でもレバノン内戦の激化でシリアに移らざるを得なかった。そして避難先アレッポでセブが生まれた。

そもそもなんでヒゲ…いやセブの両親はレバノンに住む難民やったんや?

セブの祖父母は、トルコによるアルメニア人虐殺で故郷を追われ、シリアやレバノンで難民生活を送っていたんだ。

アルメニア人虐殺事件っちゅうたら、この映画やな。

消えた声が、その名を呼ぶ

そうだね。

この映画は大虐殺が最も激しかった1915年の100周年を記念して作られた。

そしてキャピタル・シティズの『SAFE AND SOUND』も、その一環として作られた歌なんだ。

マジで!?

セブのルーツであるアルメニア難民や戦争続きの中東への思いを歌ったものなんだ。

それを表向き「米国ダンス100年の歴史」みたいに仕上げた。

なんで!?

だってキャピタル・シティズの二人は広告業界では有名なCMソングクリエーターだからね。

そんな露骨に政治的な歌は発表できないでしょ。

けど彼らはうまい具合にロサンゼルス・シアターという最高の舞台を見つけた。1913年にオープンしたこの古い劇場の100年の歴史を描く体で、アルメニアから中東地域にかけての歴史のドラマを再現したんだ。長い歴史の中で様々な民族・宗教が行きかい、混じり合い、憎しみ合った、この地のドラマを。

難民の子であり、アメリカへの移民者であるセブは、だからこう歌ったんだ。

きっと何とかなる

大地を強く踏みしめろ

自分が何者なのか忘れるな

僕らはきっと大丈夫

楽観でもなく、諦観でもない。

「いまここに生きていることを大切にしよう」ってことだろうね。

・・・・・

さっきドイツ・ボーダフォンによる曲の起用を「知ってか知らずか」って言ったけど、僕はきっと「知っていた」と思う。なぜなら当時ドイツではアルメニア人虐殺問題をめぐって、いろいろモメていたからね。

100周年が近づくにしたがって、欧米諸国の議会では「トルコによるアルメニア人虐殺への非難決議案」が次々と提出された。ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺と同様の扱いをしようってね。中には本当に「虐殺否定禁止法」まで出された国もあった。「アルメニア人虐殺は無かった」って言ったら有罪になる法律だ。各国に散らばっているアルメニア系住民が主導していたんだけど、これにトルコ系住民が大反発したんだ。

ドイツは大虐殺当時のトルコの同盟国だった。いろいろ利害関係があったんだ。そして現在トルコ系住民がとても多い。そういう理由で、なかなか非難決議案の審議が進まなかったんだ。

そんな中でこの曲をCMに起用したんだから、たぶん確信犯だと思うよ。もちろん曲自体がカッコイイんだけど、キャピタル・シティーズの背景を知らないはずがないんだ。EUへの応援歌(&プチ皮肉)にもなるし。

ありがとう、おかえもん。ここまで話を広げてくれて…

まさか中東問題まで行くとは予想だにしなかった!

マーレン・アデの気持ちを代弁したつもりなんだけど、全部僕の思い過ごしだったら笑えるよね。

そんなことない!

たとえそうだとしても、こっちを事実にしちゃおう!

そう言ってもらえると嬉しいね。

さて、最後に『ありがとう、トニ・エルドマン』のハリウッドリメイクについて話すとしようか。

おお!予告編にもあったな。

ジャック・ニコルソンやったっけ?

そうだ。

ヴィンフリート/トニを演じるみたいだね。

映画でヴィンフリートは「ジョーカー」のメイクをしたけど、ハリウッド版ではどうなるんだろう?

本人だから仮装にならないよね?

そこはビートルジュースやろ!

配給がワーナーならジョーカーで、ユニバーサルならビートルジュースじゃない?

(注:パラマウントです)

イネス役は、クリスティン・ウィグだそうだ。

誰?

『Despicable Me(怪盗グルー)』のルーシーだよ。

わお!グルーと結婚したあのカッコイイお姉さんか!

せやけど、ジャック・ニコルソンとルーシーの父娘コンビっちゅうんは、かなりヤバいな。

ハリウッドのことや、きっとこんなんやで…


けっこう好きかも!



『TONI ERDMANN U.S.(仮題)』(2019?)

監督:?

脚本:マーレン・アデほか

出演:ジャック・ニコルソン、クリスティン・ウィグほか


『ありがとう、トニ・エルドマン』は現在公開中!

上映スケジュールはこちら


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