栗麻呂ノ暗号最終章第3話あ

<ノーランと宮崎駿>最終章②「I'm in the mood for . . .」

前回までのあらすじ

1989年のロンドンから現代にタイムスリップして来た映画好きな大学生クリストファー(19歳)は、自分が世界的映画監督となっていることを知らされる。現代の巨匠とまで呼ばれるクリストファーの映画作りの原動力は、少年期からの憧れ「宮崎駿」への複雑な思いだった。懐古的なジブリ美術館や安易な世襲を否定し、自身の作品内で宮崎映画を創造的に再現するという「俺のジブリ美術館計画」は、クリストファーの深い宮崎駿愛と、彼自身の映画作りの原点ともいえるジブリスタジオへの暗黙のメッセージでもあったのだ。しかし、壮大すぎた計画は彼の作品に複雑で難解というイメージを与え、売上は減少の一途となってしまう。おかえもんよりこれらの事情を知らされたクリストファーは、「俺のジブリ美術館計画」の封印と、込み入ってない映画作りを心がけることを決意し、1989年へと帰っていった…。その直後、過去へと帰るクリストファーを止めようと、現在世界のクリストファーが現れる。そしておかえもんは衝撃の事実を知らされる。1989年のロンドンに帰るはずだったクリストファーが行き着いた先とは…

詳しくはコチラ!

言わなくてもわかると思うけど念のために言っておくね。本シリーズはフィクション、つまり、おかえもんの妄想です。登場人物の発言は、実在の人物・団体の事実を表すものではありません。エンタメ作品としてお楽しみください。

せやけどあながち妄想とも言い切れんで…

信じるも信じないも、あなた次第や。

じゃあ準備はいいかな?

第2話の、はじまりはじまり…


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1989年・夏

<シトロエン2CV 車中>



おっせっわァにィ なりましたァ~♪

いい歌ですね、これ…

ほう、この歌の良さがわかりますか?

今時の若い人にしては珍しいですね。

近頃の日本は世界一の経済大国だなんて威張っているけど、私の若い頃は決して今みたいに経済的に豊かではなかったんです。

庶民の暮らしなんてホント質素なものでね…

みんなで助け合いながら日々を暮らしていたんですよ。お金が無くても何とか生きてたんです。

この井上順の歌みたいに…

い、井上順!?


ん?どうかしましたか?

い、いえ...

ちょっと…むせただけです…

私も大学を出て就職し、安い給料で必死に働きました。休みなんてほとんどないですよ。

でも、全然平気だったんです。

あの頃の若者は皆、大きな夢を抱いていたんだ。いや、夢しかなかったのかもしれない。まさにこの曲の歌詞「男なら夢を見る。いつも遠いところ…」が多くの共感を呼ぶ時代だったんですよ。そして誰もが「新しい生き方を僕は見つけてみたい」って真剣に思っていたんだね…

例えるなら空を駆ける一筋の流れ星ですね。

それどこかで聞いた覚えのある詩だなァ。

バイロン…?それともイェイツだったかな?

まあいい。

とにかく昔の若者は大きな夢や理想を抱いていた。そして時代にはロマンがあった。これらの詩人も多くの人に読まれ、愛されていましたよ。

私がこの車を買ったのも、そのせいなんです。

何というか…ロマンを感じたんだねえ、このオンボロ車に…

給料10か月分が飛んで行きました。まさに、清水の舞台から飛び降りるとは、このことですよ…

・・・・・

でも、時代はすっかり変わってしまいました…

今や大学生が高級スポーツカーを乗り回していても、珍しくもなんともない時代です。やれブランド品だ、やれディスコだ、やれ海外旅行だ、なんて遊び惚けてばかりですよ。詩なんて見向きもしません。ロマンより刹那的な快楽なんです。いや、お金の奴隷ですねアレは。若者はすっかりバカになってしまいました。いや、若者だけでなく、大人もバカになってしまったんです。今や、哲学や美学をもった大人など絶滅危惧種ですよ。まったくいつから日本人はこんなにバカになって…

あーーーっ!

宮さん、前、前!

対向車!!!

ムギィィィ!!!


うわあああああ!

ぶつかるゥゥゥゥゥ!


ひゃ~

危ないところでしたね…

ふふふ…

どうでしたか?

見事なもんでしょう。私とコイツの人馬一体となった躍動感あふれる動きは。

え、ええ…

驚きました…

この車を最初遠くから見かけた時には、正直「骨董品が走って来たな」って思ったんです…

だってボクが子供の頃ですら、もうロンドンでは滅多に見かけることのない車でしたから、このシトロエン2CBは。でも祖父が田舎でこれに乗ってて、赤ん坊だった頃のボクは、よく乗せてもらっていたそうです。

このシートの感触が大好きだったらしいですよ。

そうでしたか。

実に独特の座り心地ですからね、このシートは。

でも今日この歴史的名車に改めて乗ってみて、この車の本当の素晴らしさがようやく理解出来ました。

この構造、このデザイン、この走り…、すべてに理由があるんですね。

この車を作った人…

本当に自動車の性質をよく知ってる…

ボク、感動しちゃいました。

コイツはですね、かつて日本にあったプリンス自動車工業という会社の社員が所有していたものらしいんです。

でもプリンス社が大手の日産自動車と合併することになり、日産側の社則に合わせるかたちで、旧プリンスの社員も日産車以外の車に乗ってはいけなくなってしまったんですね。

そして、乗ってるのがバレたら危ねえってんで、倉庫で埃をかぶってたわけですよ。こんな歴史に残る名車が…

そんな…

実にくだらない!

会社が何様のつもりですか!

まったく人間というものをバカにしてる!

人間の技術や芸術を愛する心への冒涜ですよ!

そ、そ、そうですね…

あの…宮さん…

お願いですから、前を見て運転してください…

あ、これは失敬…

つい興奮してしまった…

でも、宮さんが怒る気持ちもわかります。

こんな芸術作品ともいえる車が、日の目を見ずに倉庫で眠っていたなんて勿体ない話ですよね…

ですねえ。

この車は本当に芸術作品です。

開発には二人の芸術家肌の天才が関わったんですよ。

1人は、天才エンジニアのアンドレ・ルフェーブル。

André Lefèbvre (1894-1964)

フランス航空産業の父ガブリエル・ヴォアザンに師事し、元航空エンジニアだった彼が基本設計を手掛けました。

本当に偉大なる技術者ですよ。

20世紀の自動車全ての中から名車中の名車を選ぶカー・オブ・ザ・センチュリーにおいて、ルフェーブルが手掛けた車が、この2CVを含めて2台がトップ10に選出されたくらいです。

すごい…

そしてもう1人が、イタリア人デザイナーのフラミニオ・ベルトーニ。

Flaminio Bertoni (1903-1964)

彫刻家としても有名な彼が、この斬新で先進的なフォルムを生み出しました。

機能性、合理性、経済性、快適性、全ての面において納得のいくバランスの上にこの車は成り立っているのです。

発表当時は同業者や批評家に「イワシの缶詰」とか言われ嘲笑の的にもなったのですが、地方の農民を中心とする実際のユーザーからは絶大な支持を得ました。

人間と大地の間にある、地に足付いた自動車なんですね。都市生活者のチャラチャラした世界とは無縁の。そう、すべてが必然の上に成り立っているんですよ。これだけは最低限必要だ…という人間の「真っ当な欲求」からね。

なるほど…

わかります。

だから余計なものは一切ないんです。

開発当初のコンセプトなんて凄いですよ。

「こうもり傘に4つタイヤを付けた感じ」

ですからね(笑)

それぐらいシンプルに、ってことなんです。初期型なんて、方向指示器も無ければ、ライトも片方だけだし、燃料計すら付いていなかったんですよ。

その代わり、軽量性や走行性は抜群で、ちょっとやそっとの悪路でも、立ち往生なんてしません。多少壊れたって、ちょっと知恵を使えば治せちゃうんです。まさに人間の手足の延長となるわけですよ。だから先程みたいな芸当も出来るわけです。

今のハイテクだらけの車とは大違いですね…

故障したって、自分で治せる人なんて、まずいませんから…

まさにその通り。

その通りなんですよ…

偉大なる文明の中から誕生したこのシトロエン2CVという車の存在そのものが、同時に文明批判でもあるんです…

・・・・・

彼らが手掛けたシトロエンのバスなんて、本当に美しいですよ。見たことありますか?

流れる風を感じさせるそのフォルムは、スピード感と躍動感そのものです。まるで走っているうちにそのまま空を飛んでしまうんじゃないかってくらいに…

空を飛ぶバス…

彼らの哲学といいますか思想がひしひしと伝わってくるんです。

もちろんイギリス人が作った車も素晴らしいですが、フランスやイタリア人デザイナーの手掛けた車は、また違った魅力にあふれてますね…

宮さんと話していると、なんだか祖父のことを思い出します…

普段は口数少ない人でしたが、物事に対して確固たるこだわりのある人でした…

あ…

すみません…

宮さんが年寄臭いとか、そういうことを言ってるわけではなくて…

はっはっは。

わかっていますよ。褒め言葉だってことくらい。

はい、そうなんです…

それくらい落ち着くなァって言いたくて…

私たち二人はどこか似たところがありますね。

なんだか君とは気が合いそうだ…


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2017年・秋


戻った先が1989年のロンドンやなくて日本のどこかの山奥やったっちゅうのは、いったいどないなっとんねん?

しかし親切なオッサンに拾われて運が良かったやんけ。地獄に仏とは、まさにこのことやで。宮さん様様や。

その宮さんこそが、宮崎駿だったんだよ!


へげ!?

なんで気が付かないの…

では、あなたは1989年の夏に日本のある山中で、宮崎駿本人に出会ってしまったというわけですか…

でも先程の話しぶりだと、とても良好な出会いだったようですよね。

あの時、過去に帰るあなたは、未来において「俺のジブリ美術館計画」を実行しないことを約束していきました。

となると、あなたが最初に言った「過去に帰る自分を引き止める」ということの意味がわかりません…

だから「出会ってはいけなかった」と言っただろう…

私のことをググってみれば、その意味がわかるはず。

もし君たちが言うように、過去の私が「俺のジブリ美術館計画」を実行しなかったら、私の作品に変化が現れているはずだ…

よっしゃ。

早速ウィキをチェックや!

どれどれ…


1997年、エマ・トーマスと結婚…

よかった!

エマさんと『何も言えなくて...夏』にならなかったんだ!

せやな。

あのカセットテープが誤解を生まんかったようや。

そんで…

1998年『フォロウィング』で長編映画デビュー…

2000年『メメント』で注目を集め…

2008年『ダークナイト』が記録的大ヒット…

2010年『インセプション』を発表…

律儀に同じもん撮ってるやんけ、クリ坊…

問題は、その内容やけどな…

『インセプション』をタップして…と…


・・・・・


どうした、ナンボク?

上映時間…

148分…

変わってない!

怒濤のオマージュとか余計なことを盛り込まないって約束したのに…

ナンボク!

あらすじは!?

一緒や…

フィッシャー父子の確執と、後継ぎ息子への「自分の道を進め」というインセプション、そして帝国の崩壊の成功…

雪山の要塞も爆破される…

何もかも変わってへん…

どういうことだ?

変わっていないのではない…

むしろ、悪化してるのだ…

悪化!?

この画像を見てくれ…

『インセプション』の要塞内のシーンのものだ…

宮崎吾朗氏の投影であった跡継ぎ息子ロバート・フィッシャーが、病身の父のいる塔の最上階近くの部屋に通風孔から侵入するシーンですね…

ロバート役の俳優も吾朗氏似のキリアン・マーフィーのままだ…

何も変わっていない…

「悪化」とは、どういうことですか?

通風孔の文字だよ!

「AUTHORIZED PERSONNEL ONLY」?

「権限を与えられた者のみ入れる」ってことやろ?

通風孔は危険やさかいな…

でもこの建物は「ジブリ美術館」の投影だったんだよ…

細部にわたって、宮崎アニメのオマージュが施されている…

たとえば通風孔に入るシーン…

『カリオストロの城』と全く同じだ…

そして通風孔と水路は酷似していた…

『カリオストロの城』でも『インセプション』でも、男二人で潜入するが、一人は途中までしか行けない。

そして上の部屋では、天井に穴があいており、人が出入りする…

そして物語で重要な、親子の絆を再確認させるアイテム…

『インセプション』に登場するフィッシャー親子の思い出の品「紙で作られた風車」は、『となりのトトロ』のトウモロコシだった…

よく見て欲しい…

紙で出来た風車の羽は、トウモロコシの皮の形そっくりなんだ。先っぽが折れ曲がっているところまで…

そして羽にはいろいろな落書きが描かれていた。

トウモロコシのヒゲみたいなものも描かれてるし、黄色いコーン部分もある。

そして、一番下にある「緑色の丸」は、トウモロコシの芯のことですよね…


・・・・・

そして、レオナルド・ディカプリオ演じるドム・コブとアリアドネのコンビは、『となりのトトロ』のメイとサツキが投影されていた…

そして、二人が覗いてたことがバレてしまうところも一緒だ。

ぜひ後ろの壁に注目してほしい…

ヒ、ヒマワリのカレンダーが!

つまり「雪山の要塞=ジブリ」として見た場合、ロバートが通って来た通風孔の上に書かれる「AUTHORIZED PERSONNEL ONLY」の意味は…

「特別扱い」ってことや…

他のもんはどんなに頑張っても息子には勝てへんで…っちゅう宮崎父子への強烈な皮肉やな…

それだけではない…

両サイドの文字も見てくれ…

両サイド?

「STAND CLEAR OF VENT」?

「STAND CLEAR OF ~」は「離れろ・立ち去れ」っちゅう意味や。

「VENT」は通風孔のことやろ?

ああ!そうか!

わかったぞ!

「VENT」とはラテン語で「風」だ!

そして「ジブリ(GHIBLI)」とは「熱風」のこと…

つまり「STAND CLEAR OF VENT」とは…


「ジブリから離れろ!」って意味なんだ!


どひゃあ!

これは全て、あなたから吾朗氏へのメッセージなんですね…

僕が前に観た時は、こんな文字は描かれてなかった…

さっきのタイムスリップのせいで歴史が変わってしまったということなんですか?

そうなんだよ…

しかしなぜ…?

19歳のあなたは未来における「俺のジブリ美術館計画」の破棄を心に誓ったはず…

それがなぜこんな事態に?

こじらせ度が依然より悪化してしまっている…

だから私は止めに来たんだ…

あの時の私を…

あの時のタイムスリップのタイミングを少しでもずらすことが出来れば、こんなことにはならなかったのだ…

でもさっきの話だと、むしろ良い方向に向かっていたような気もするんだけど…

もしかして友情とか芽生えちゃったりしてさ…

せやで。

二人でずいぶんと盛り上がっとったやんけ。

そんな単純な話だったら、どれだけ私の人生も楽だったことか…

何やら、あの後いろいろあったようですね…

よかったら話していただけませんか?

僕らで力になれることがあるかもしれません…

うむ…


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1989年・夏

<シトロエン2CV車中>


『…それではラジオネームとんぼさんからのリクエスト、懐かしのディスコソング、ノーランズの I'm In the Mood for Dancingです…』


ひっ!?

どうしたクリス君?

しゃっくりかい?

い、いえ…

ボ、ボク…こういう軽薄な曲が苦手で…

アレルギーみたいなんです…

ほう。

私もデスコソングが苦手でね。

ラジオを消そうか。風の音でも聴こう。最高のBGMですよ。

はい!


ポチっ


ふう…

あと10分ほど走ったら小さな村に着きます。

私はそこの農協スーパーで買い出しをしなければなりません。

クリス君、君はどうしますか?

ボクは特に急ぐ用事もないので…

車に乗せて頂いたお礼と言っては何ですが、ぜひ買い物の手伝いをさせてください。

君は実に気持ちのいい青年ですねえ。

ではぜひとも農協スーパーで私の買い出しを手伝ってください。

そういえば…

このシトロエン2CVはそもそも、田舎に住む農民の買い出しなど、ちょっとしたお出かけ用に作られたんでしたよね…

まさに農協スーパーへ買い出しに行くにはピッタリの車だと思います。

うわっはっは!そいつは違いない!

一本とられたな!

アハハハハ!


ーー第3話へ続く――


INCEPTION

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カリオストロの城

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