名探偵 登場『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
でも、そんなことありえない…
ありえないわ…
なぜ「ありえない」の?
だって…
その人は今頃…
海の上だから…
海の上?
それって、もしかして…
そう…
岡江ッチよ。
・・・・・
あの舞いを完璧に踊れるのは、この世でノブくんと岡江ッチだけ…
つまり…
どちらかが本物のノブくんで…
どちらかが岡江ッチ…
ちょ、ちょ、ちょっと待って!
「旅に出る」ってメールは嘘だったってことなの!?
岡江クンがヒロノブさんに変装して、今ここに座ってるってこと!?
おそらくね…
だって岡江ッチは曲がりなりにも名探偵よ。誰かになりすますことくらい朝飯前でしょ?
アンタ、天知茂の明智小五郎シリーズ見てなかったの?
そりゃ子供の頃、ドキドキしながら見てたわよ…
だけど、なぜ…?
あたしに嘘をついてまで、こんなことを…
そんなのアタシが知るわけないでしょ!
本人に聞いてみたら!?
・・・・・
本人に聞けって言われても…
そっくり過ぎて、どっちがどっちなのか全然わかんない…
まるでコピーよ…
どうやって見分けたらいいの…?
カランカラン♫
(ドアの開く音)
すみません!遅くなりました!
え?あなた誰?
「遅くなりました」って何のこと?
今夜は岡江教官の誕生日会ですよね?
そうだけど…
いえ、そのはずだったんだけど…
あなたは?
申し遅れました。
私は大林少年というものです。
花笠先輩が長期不在のため、今月から臨時の助手として岡江教官の探偵事務所で働いています。
岡江クンの臨時の助手? 大林少年?
あなた子供なの?
いえ、「少年」というのは教官がつけた愛称…
「名探偵の助手は〇〇少年に限る」という教官のたっての希望で…
というかアンタ女でしょ?
よく見れば、いちおう胸もあるみたいだし。
いかにも。生物学的には女ですが中身は男です。
なんか昔そういう映画があったわよね。
俺があいつで、あいつが俺で… みたいな。
またややこしいのが増えたわね。
良介山ママほどじゃないでしょ。あなたが一番ややこしいと思うわ。
あれ?教官?
まだ変装したままなんですか?
メリメリメリ…ってしなかったんですか?
・・・・・
ねえ、大林少年さん…
あなた、どっちが岡江クンかわかるの?
もちろんですとも。これでも深読み探偵学校では首席ですから。
この二人のうち岡江教官が変装してるのは…
ちょっと待って!
はい?
あたしに当てさせて!
あたしのプライドにかけて、どっちが岡江クンか当ててみせる!
・・・・・
このアタシでさえノブくんを見分けられなかったのに、どんくさいアンタがどうやって岡江ッチを見分けるというのよ。
パイよ…
は?
今ここでパイを見せれば…
岡江クンは絶対に反応する…
・・・・・
ちょ、ちょっとアンタ…
やめなよ…
自分が何言ってるのかわかってるの?
五十路女がフラれた男の誕生日にヤケクソで垂れパイさらすなんて展開がキツ過ぎる…
良介山ママこそ何言ってるのよ。
「おっぱい」じゃなくて『ライフ・オブ・パイ』のこと。
ライフ・オブ・オッパイ?
「オッパイ人生」じゃなくて「パイの人生」。映画の題名よ。
岡江クンね、最近すっごくハマってるらしくて、ツイッターでもパイパイパイパイ言ってるの。
あまりにもハマり過ぎて、原作の小説まで読んじゃったらしいのよ。
しかも英語版と日本語版の両方を読むほどの熱の入れよう…
確かにここ三日間ほど、事務所で仕事もせずにずっと読んでました。
少し読んではビデオで映画をチェックして、また少し読んでは映画をチェックしての繰り返し…
そうかと思うと、いきなり全然関係ない映画を観はじめたり、突然歌い出したりもして…
いきなり関係のない映画を? なにそれ?
イングマール・ベルイマンの『処女の泉』と、黒沢明の『羅生門』…
そしてカズオ・イシグロの『日の名残り』と、イサク・ディネセンの『バベットの晩餐会』も…
たしかに全然関係なさそうね。
そんなことはいいから、早くそのパイを出しちゃいなよ!
あ、そうだった。
ちょっと待ってね… 今モニターにつなぐから…
よし、準備完了!
岡江クンなら絶対に反応するはず…
抑えきれない深読みの情念が込み上げて来て、居ても立っても居られなくなるはず…
・・・・・
再生!
なによ、この癒し系映像は?
アンタの垂れパイといい勝負ね。こんなんじゃ起つわけないじゃん。
これで大興奮してたら真性の変態よ。
見て!
・・・・・
あ…
ハァ…ハァ…
こ、興奮してるわ…
こ…このオープニング・シーンは…
け、決して…癒し映像などでは…ない…
そうよね…
決して「癒し映像」ではない…
監督のアン・リーは…
ここに…恐ろしいほどの…情報を詰め込んだ…
でしょうね…
アン・リーといえば『ライフ・オブ・パイ』を含めてアカデミー監督賞を2度も受賞した天才監督よ…
単なる癒し映像みたいな無駄なものを冒頭に使うわけがない…
そ、その通り…
きっと深い意味があるはずよね…
それはきっと『ライフ・オブ・パイ』という物語における…
ら、『ライフ・オブ・パイ』という物語に…おける…
ゴクリ…
核心…
・・・・・
それじゃあ聴かせてくれないかしら、その核心とやらを。
ねえ、深読み名探偵さん。
メリ…
・・・・・
メリメリメリ…
いらっしゃいませ、岡江クン。
ごめん…
ちょっと驚かそうと思っただけなんだ…
誕生日をドタキャンされたと思い込んだ深代ママに哀しい歌を一曲歌わせといて「実は僕でした~」とドッキリをやるはずが…
運悪く、本物の私が登場…
そして正体を明かすタイミングを逸した…
その通りです。
しかも深代ママは偶然にも『会いたい』を歌いました…
歌詞には「声をかける人をつい見つめる。彼があなただったら、あなただったなら」という部分が…
あのタイミングで僕がマスクをはいでいたら、まさに「歌うことで現実を変える」の預言が成就していたんです…
なるほど。確かにそうですね。
とんだタイミングで入って来てしまった。申し訳ない。
いえいえ、謝らないでください。そもそも悪いのは僕なんですから。
すみませんでしたヒロノブさん。すっかり便乗しちゃって。
教官、ジャケット持ってきました。
ああ、ありがとう。大林少年。
何考えてるのよ。まったく人騒がせなんだから。
あたしの気持も知らないで…
ほんとゴメン。
なんか毎年ここで誕生日を祝ってもらってばかりで悪いから、少し趣向を凝らそうかと…
そんな趣向は要らないの。
それじゃあ乾杯しましょ。今夜は全部岡江クンの奢りだからね。
ドンペリ開けます。
どうぞ…
はい、ヒロノブさん、良介山ママ。岡江クンの奢りよ。
ごち~
これはどうも。
はい、大林少年も。ボスの奢りよ。
あ、彼女にはオレンジジュースを。いちおう「少年」なので。
あら、そう。
じゃあ乾杯しましょ。
岡江クン誕生日おめでと~
皆さん、本当にお騒がせしました…
で、さっきの「核心」って何なの?
気になるから早く教えて。
アタシ、店を放り出して来てるから、あまり長居できないのよ。
そうだったわね。岡江クン、簡潔にお願い。
あのオープニング映像に隠された『ライフ・オブ・パイ』という物語の神髄を解説して。
深読みしたくてウズウズしてたんでしょ?
うん。まかしといて。
まずお馴染みの20世紀フォックスのファンファーレが鳴り響き、タミル語の主題歌と共に動物園の風景が映し出される。
最初は左端のキリンしか見えないんだけど、右手の茂みからキツネがゆっくりと出てくるんだ。
そして「Fox 2000 Pictures」のクレジットが浮かび上がってくるんだよね。
ここで早速クスっとするでしょ?
うふふ。「FOX」だから「キツネ」ですね。
さすがアカデミー監督賞2度の巨匠アン・リー。
ちょっとォ。
「FOXの映画だからキツネです」って、すべりまくりじゃない?
映画のしょっぱなで巨匠がそんなことする?
巨匠や名人と呼ばれる人ほど、すべるのがスキーなんですよ。
は?
アン・リーは「しょっぱな」だから「やった」んです。
この映画が「どんな映画なのか」を示すために…
どうゆうこと?
『ライフ・オブ・パイ』という作品は…
最初から最後まで「駄洒落」と「ジョーク」で出来ているんです…
それを暗に伝えるための「FOX&キツネ」なんですよ…
マジで?
つづく
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