深読み バック・トゥ・ザ・フューチャーvol.10（『深読み LIFE OF PI＆読み書け』第177話）
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2019年9月19日
スナックふかよみ
マジですか… 信じられない…
では簡単に解説するとしようか。
ＢＴＴＦの原型ともいえる『It happened in Ｂrooklyn』に仕掛けられたトリックの数々を…
気になったことは、こちらのインターネット・アーカイブで確認するといい…
INTERNET ARCHIVE
『It Happened In Brooklyn』
冒頭シーンは１９４５年、ドイツ降伏後のイギリスのどこか…
アメリカへの引き上げ船を待つ米軍の部隊が、とある英国貴族の城でパーティーをしているシーンから始まります…
ちなみにここが「イギリス本土」とは限らない。
当時は世界各地に「イギリス領」があったからね。
インドも、そして…
パレスチナも…
その通り。
そして、いきなり「ヨハネ」が登場している。
は？ どこに？
門の下にある看板に「DUNSTABLE CASTLE」と書かれているだろう？
あっ、確かに…
しかしダンスタブル城とヨハネに何の関係が？
「ダンスタブル」といえば「ジョン」と決まっている。
John Dunstable は15世紀前半に英仏で活躍した作曲家で、数多くのミサ曲を遺し、ルネサンス音楽の礎を築いた人物。
代表曲は『Veni Sancte Spiritus（来たれ聖霊）』や『Veni Creator（来たれ創造主）』だ…
なるほど…
そしてフランク・シナトラ演じる主人公ダニー・ミラーが映し出される。
彼は、部屋の窓から外のダンス・パーティーを眺め、憂鬱そうな顔をしていた。
すると突然、金髪美女のナースが部屋に入ってくる…
金髪ナースはダニーの包帯を外し、「彼に友達がいないこと」を心配する。
ダニーはダンスタブル城で誰とも仲良くなろうとしていなかったから。
彼女の心配に対しダニーは「僕にも大切な存在はいる」と言い、故郷の「ブルックリン橋」の写真を見せた。
ＢＴＴＦでは、マーティが1955年のドクに「1985年のヒル・バレーから来たこと」を証明するため、兄妹と一緒に映った写真を見せました…
３本の柱、３人の人間…
どちらも「磔刑図」を表していたわ…
『磔刑図』
アンドレア・マンテーニャ
３本の柱によって作られる「２つの空間」をメインに見た場合、イースト・リバーの上に立つブルックリン橋は、「ヨハネによるイエスの洗礼」シーンにも見えます…
『ヨルダン川での洗礼』
ミケランジェロ
そうだね。ブルックリン橋の写真は「磔刑図」にも「受洗」にも見える。
さて、ブルックリン橋の写真を見た金髪ナースは、自分もブルックリン出身だと告げる。
そしてダニーの社交性の無さを嘆き、「ブルックリンから来たなんてありえない。ブルックリンの人間にそんな人はいない」と突き放す。
それでもダニーが「ブルックリンから来た」と言い張るので、彼女は質問をした。
ブルックリン出身の人間しか答えられない質問を…
ドクも質問しましたね…
1985年のアメリカ大統領の名前を…
誰の名前を出しても証明しようがないのに、なぜドクはあんな質問をしたのかしら？
未来から来たことなど信じていなかったから、思い付きで口にしたのでしょう。
違う。
ドクが「アメリカ大統領」というワードを出したことは『It happened in Brooklyn』に関係する。
え？なんで？
この映画にジェイミー役で出演しているPeter Lawford（ピーター・ローフォード）は、ジョン・F・ケネディやロバート・ケネディの妹パトリシアと結婚した。
つまり、第35代アメリカ大統領ＪＦＫの義弟？
その通り。
ローフォードは義兄であるケネディ兄弟に親友シナトラを紹介する。
しかしケネディ兄弟は、シナトラの「マフィアとの黒い交際」を問題視し、ローフォードにも距離を置くことを勧めた。
この件で、シナトラとローフォードは絶縁状態になるんだ…
大統領ネタは、ここから来ていたのね…
さらに言うと…
ドクが「副大統領は誰だ？ジェリー・ルイスか？」と言ったのも『It happened in Brooklyn』が元ネタだ…
え？ ジェリー・ルイスも？
おそらく、本当は…
「Jerry Lewis？」ではなく…
「Jerry Lee Lewis？」と言いたかったはず…
ジェリー・リー・ルイス？
『Great Balls of Fire（火の玉ロック）』の？
だけど、ジェリー・リー・ルイスが世に出るのは１９５６年のこと…
１９５５年のドクが名前を出してしまうとタイムパラドックスになってしまう…
だから「ジェリー・ルイス？」と言ったんだよ…
まさか… ホントなの？
ああ。確かめたわけではないが、間違いないだろう。
『It happened in Brooklyn』でピーター・ローフォード演じるジェイミーは、レコード・ショップで客寄せのために、ノリノリの曲を歌わされる。
最初は椅子に座って普通にピアノを弾いていたんだけど、だんだん興奮してきて演奏が激しくなり、途中からは腰を浮かせ、中腰の姿勢で鍵盤を叩きながら、シャウトして歌うんだ。
映画の１時間２２分あたりからだね…
た、確かに、このスタイルはまさしく…
ジェリー・リー・ルイスそのものじゃん…
そういうこと。
あのドクの名言は、ジェリー・リー・ルイスよりも１０年早くあのスタイルをやってみせたピーター・ローフォードのことを指していたんだ。
なんてこった…
確かにドクのセリフをよく聴くと「Jerry Lee Lewis？」と言ってるような気がしないでもないような…
もしかしたら、こっそり早口で言ってるかもしれない。
信じられない…
火の玉ロック・スタイルの元祖は、この映画のピーター・ローフォードだったのね…
ジェリー・リー・ルイスより、１０年も早く…
「魅惑の深海パーティー」でマーティが演奏したチャック・ベリーの『Johnny B. Goode』どころの騒ぎじゃない。
あっちは、たかだか３年程度早かっただけだ。
しかしピーター・ローフォードがあのスタイルで演奏した１９４７年当時、ジェリー・リー・ルイスはまだ１１歳の子供だった…
もしかしたら、あのシーンを映画館で観ていたかもしれないわね…
かもしれない。
さて、金髪ナースはダニーに「ブルックリンから来た人間であること」を証明しろと迫る。
証明方法は「誰かと仲良くなる」こと…
ブルックリンの人間ならすぐに友達を作れるはずだと彼女は言うんだね。
そしてダニーを娯楽室へ向かわせる。２分１５秒からだ。
場に慣れないダニーがウロウロしながら人とぶつかるのは、１９５５年のヒル・バレーの街に驚きながら歩くマーティそっくりです…
そしてダニーは娯楽室へ入る。
そこではジェイミーが米兵たちを前にして、しっとりとした美しい曲を弾いていた。
後にダニーが歌詞をつけることになる名曲『TIME AFTER TIME』のクラシック・バージョンだ。
これじゃない方の『タイム・アフター・タイム』ですね。
そう。
この映画のために作られた曲で、のちにチェット・ベイカーのカバーで有名になった『TIME AFTER TIME』の方だ。
この映画の曲は、サミー・カーン（サミー・コーエン）によって書かれました…
アカデミー音楽賞にノミネート27回、４度の受賞を誇る、偉大な作詞家…
代表曲には、クリスマスソング『Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow』や、ディズニー映画『ピーターパン』の劇中歌など…
だからこの映画は名曲揃いなのね。
ダニーは、ジェイミーのピアノを聴いている兵士に話しかけるが、まったく相手にしてもらえない。
諦めて部屋に帰ろうとすると、金髪美女が出口を塞いでいた。
完全にダニーを目的地へ「導いている」感じですよね。
まずジェイミーに会わせ、次に中庭にいる公爵のところへ向かわせるための…
その通り。それが天使である彼女の役割だから。
さて、ジェイミーが『TIME AFTER TIME』を弾き終わると、一番前で退屈そうにしていた米兵が『WHOSE BABY ARE YOU？』を知ってるかと聞く。
ジェイミーは「ごめん。その歌は知らないんだ」と答えた。
すると米兵は「やれやれ」という感じの悪い態度で去って行ってしまう。
そして、それを見たダニーは「俺、知ってるよ。こんな歌だ」と助け舟を出す。
ダニーが気合を入れて演奏し始めると、米兵たちが一斉に部屋から出て行ってしまい、演奏は中断してしまいます…
ＢＴＴＦでも、マーティが最初に演奏するシーンでは、同じような結果になりました…
確かに（笑）
それにしても、シナトラといいピーター・ローフォードといい、みんなピアノが上手いわよね。
歌手だからピアノくらいお手のものなのかもしれないけど。
この映画で実際にピアノを弾いているのは、別の人間だ。
え？そうなの？
ピアノを弾いていたのは、当時16歳か17歳くらいだったアンドレ・プレヴィン。
アンドレ・プレヴィン？
NHK交響楽団でも指揮をしてて、最近亡くなった人のこと？
ロシア系ユダヤ人としてベルリンで生まれ、幼い頃から神童と騒がれていたプレヴィンは、ナチスドイツの迫害を逃れてアメリカへ亡命し、高校生の時にMGMと契約すると、『It happened in Brooklyn』をはじめ、さまざまな映画のピアノシーンを「演奏」した。
この作品が彼の音楽家としてのキャリアの始まり。
じゃあ、映画のラストの演奏会シーンで披露される、天才少年によるピアノソナタも？
ショパンかラフマニノフかわかんないけど、すっごくパワフルで速弾き技術が必要な難しい曲だったわ…
映画のクライマックスともいえる演奏シーンで、16歳半の少年が信じられない演奏をして、この日のために集まった観客を圧倒する…
あれがＢＴＴＦの「魅惑の深海パーティー」におけるチャック・ベリーやベンチャーズ、ジミヘン、ピート・タウンゼント、そしてエディ・ヴァン・ヘイレンになったんですね…
そういうこと。
ちなみに天才少年を演じた子役 William Roy も、後にミュージシャンとして活躍するんだけど、あのピアノソナタはどう聴いてもアンドレ・プレヴィンの演奏だ。
演奏シーンのカット割りからも、それがわかる。
確かに、演奏している手とレオ君の顔は、同時には映りませんでした。
そもそも「16歳半の天才少年レオ」自体が、当時のアンドレ・プレヴィンをモデルにしたキャラクターとしか考えられない。
レオの家庭はハンガリー系ユダヤ人の移民で生活が苦しく、働くために音楽をやめようか悩むという設定だから。
なるほど…
なんて話は置いといて、本題に戻ろうか…
映画的に重要なのは『WHOSE BABY ARE YOU？』という曲だ。
この曲、ジェイミーは後のシーンでも歌わされるわよね？
「またこれか」みたいな表情をしてたわ。
その通り。
ジェイミーは劇中で二度もこの歌をリクエストされる。
それには理由があるんだ。
理由？
なぜなら、この映画におけるジェイミーの存在は…
マリアの夫「ヨセフ」の役割だから。
は？ どゆこと？
『WHOSE BABY ARE YOU？』という曲の歌詞は、表向きの意味では「君は誰の恋人なんだい？」という他愛もない内容なんだけど、実はダブルミーニングになっている…
ダブルミーニング？
「誰の子なんだ？」という意味に。
あっ…
ヨセフは最初に婚約者マリアが「他の男の子供」を妊娠したと聞いた時、離縁しようと考えた。そして律法に従い、石打ちの刑で殺そうかと…
だけど最後はマリアの話す「受胎告知」を信じて、お腹の子の父親になることを決意する。
だからジェイミーはいつも『WHOSE BABY ARE YOU？』をリクエストされるというわけ。
なるほど… そういうジョークだったのね…
そして中庭へと導かれたダニーは公爵と出会い、ある役割を果たしてほしいとお願いされる。
公爵の母の故郷ブルックリンの地において、真面目でシャイなジェイミーが彼女を作るための手助けをしてほしいと…
つまり、ジェイミーとブルックリンの女を「くっつける」というミッションが言い渡されるわけだ。
マーティの使命、ジョージとロレインを「くっつける」ですね。
そして公爵の部屋のシーンへ移る。
壁にデカデカと飾られていた肖像画を見たダニーは、それまで馴れ馴れしく「お父ちゃん」と呼んでいた老人がこの城の主であることを知り、気が動転して部屋から飛び出していく…
水戸黄門を「越後のちりめん問屋の御隠居」だと思い込んで馴れ馴れしくしていた人が、その正体を知って大慌てするシーンとそっくりでしたよね。
そしてフラ・アンジェリコの『受胎告知』に描かれた「楽園を去るアダム」のポーズともクリソツ…
ちなみに公爵の名は「John Digby」だった…
また「ジョン」…
その通り。この物語の最重要キーワード「ヨハネ」の登場だね。
物語に公爵の名前なんか全く関係ないのに、なぜか意味有り気に映し出される…
また「DUNSTABLE CASTLE」の時みたく、何か秘密が隠されてるのかしら？
もちろん。
「ジョン・ディグビー」という名は、この物語の元ネタになった人物の名。
初代ブリストル伯爵ジョン・ディグビーから取られた名前だね…
何者？
ジョン・ディグビーは17世紀初頭に活躍した英国貴族で外交官…
英国王ジェームズ１世に寵愛され、３０前の若さで駐スペイン英国大使になった人物だ。
当時、世界各地で覇権を争っていた最大のライバル国スペインの大使に任命されるのだから、ジョン・ディグビーに寄せるジェームズ１世の信頼がどれほどのものだったかは想像できよう。
ジェームズ１世といえば…
格調高き名文として今なお世界中で愛されている『King James Version（欽定訳聖書）』、通称「ＫＪＶ」を編纂させた王ですね…
その通り。
ＢＴＴＦでは、ドクの「終末」が記録されている奇跡の機械「ＪＶＣ」に置き換えられていたわね。
イングランドとスコットランドの連合王国を生み出したジェームズ１世は、娘のエリザベスをドイツのフリードリヒ選帝侯に嫁がせると、次に息子のチャールズとスペイン国王フェリペ４世の妹マリアと結婚させようと考えた。
ルター派やカルバン派など大陸のプロテスタント勢力との関係改善に目途がついたので、今度はイギリス国内の宗教問題と海外覇権をめぐる争いの最大障壁であるカトリック勢力との関係改善を画策したわけだね。
そしてチャールズは、マリアのいるスペインへ向かう。
しかしマリアは全く見向きもしなかった…
なぜ？
そもそもスペイン王家は姫を宿敵イギリスに嫁がせるつもりはなかった…
そのうえチャールズは、堅物で面白みがなく、口下手で、しかも虚弱体質…
情熱的で力強い男性を好むスペイン女のマリアにとって、そもそも眼中になかったんだね。
それって…
自分に言い寄るジョージに見向きもせず、マーティに夢中になったロレインじゃん…
そして、ジェイミーに見向きもせず、ダニーを好きになってしまったアンです…
駐スペイン大使であるジョン・ディグビーは、この「無理ゲー」のために奔走した。
だけど結局ジョン・ディグビーの努力もむなしく、マリアは最後までチャールズを好きになることのないまま、このミッションは失敗に終わる。
そしてなぜかジョン・ディグビーが全ての責任を取らされ、ロンドン塔へ幽閉されることになってしまうんだ…
ＢＴＴＦや『It happened in Brooklyn』みたいに、「カップリング大作戦」ミッション・コンプリートとは行かなかったのね…
そう。残念ながら。
そしてこの「カップリング大作戦」のドタバタは、「Spanish match」として後世に語り継がれることになる。
そして、『It happened in Brooklyn』やＢＴＴＦの元ネタになった…
そういうこと。
さて、老人が公爵だと知ったダニーは、大慌てで部屋を出ていく。
その時、出口のカーテンの裏で「何か」にぶつかり、ガラスが割れるような大きな音がするんだ。
そして画面は突然ブルックリンに切り替わる。
確かに突然だったわね。
最初、何が起こったのかよくわからなかった…
つまり、あの衝撃音を境に「タイムスリップ」したように見えるんだよね…
もしくは、また頭を打って、意識を失い、夢でも見始めたか…
なるほど…
確かにそう考えると、いろんなモヤモヤがスッキリするような気がします。
主人公が頭を強打したことを境に「現実」から「夢」に移行している物語って結構ありますからね。
それでは、ブルックリンでの描写について、簡単に解説するとしようか…
隠されたキーワード「ヨハネ」を中心に…
つづく
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