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第112話「ポール・サイモンの ONE TRICK PONY ①」
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2019年9月19日
スナックふかよみ
さて…
念願だった「魂の故郷」を訪れたポール・サイモンは、「次なる夢」を実現するために行動に出る…
次なる夢?
子供の頃から憧れていた存在…
「イエス・キリスト」を演じることね…
パイみたいに…
ええっ!?
ポール・サイモンは、その「夢」の実現のために、S&G時代から長年在籍した CBS Columbia(コロムビア・レコード)を離れ、 Warner(ワーナー)へ電撃移籍する。
初めての「故郷」イスラエル訪問を経て、書き上げた脚本『ONE TRICK PONY』を自身の主演で映画化するために…
Paul Simon『ONE TRICK PONY』
ポール・サイモンの脚本&主演映画?
こんな映画あったんだ。知らなかったわ。
知らなくても当然です…
世界中で大コケして、日本では劇場公開すらされなかったのですから…
マジで?
S&Gファンの多い日本で劇場公開が見送られたって、よっぽどね。
だけど、この映画が大コケしなかったら、1981年のサイモン&ガーファンクルの再結成、そして1982年の日本初公演も無かっただろう…
どゆこと?
この映画の赤字とサントラ・アルバムの不発で、ポール・サイモンは、ワーナーに大きな借りが出来てしまった…
鳴り物入りで移籍して、本来なら大ヒットを飛ばさないといけないはずだったから…
確かに、ただでさえ大物アーティストの移籍は注目されるもの…
しかも音楽界の世界No.1アーティストの初主演映画の大コケですから、ワーナー幹部は顔面蒼白だったでしょうね。
だからワーナー主導で11年ぶりのS&G再結成、セントラルパーク50万人コンサートが開催されるに至ったんだよ。
ライブ・アルバムのリリースや有料放送・ビデオ販売で、ワーナーはしっかり元を取った。
日本のS&Gファンは、ポール・サイモンの脚本&主演映画を観ることはできなかった…
なぜなら世界中で大コケしていたから…
だけどそのお陰でS&Gは再結成し、念願の初来日コンサートを拝めることができた…
皮肉なものね。
ですが、そんなに酷い映画だったのですか?『ONE TRICK PONY』という映画は…
先ほどの予告編というか冒頭シーンを見る限りでは、自分自身をモデルにした自伝映画っぽい感じでしたが…
ていうか、そもそも「ワン・トリック・ポニー」って何?
直訳すると「1つしか芸のないポニー」…
日本語で言う「馬鹿のひとつ覚え」という意味です…
馬じゃなくて、小型の「ポニー」ってことは…
また身長の自虐ネタ?
深代ママ。そっちじゃなくて、こっち。
うふふ…
英語の「ONE TRICK PONY」という言葉は、こんな人に使われるの…
昔ウケたネタ、過去の栄光だけで、メシを食べてるような人に…
一発屋ってこと?
そうね。
何年、何十年…
いえ、何百年、何千年も、同じネタでメシを…
何百年、何千年は大袈裟だわ。
そんな人、この世にいないでしょ?
同じ話は何度してもいい…
同じネタは、使い続けていい…
え?
なぜアントニオ猪木が…
いつも同じ「赤いマフラー」を首から垂れ下げているのか、わかりますか?
燃える闘魂だからじゃないの?
あの赤いマフラーに何か特別な理由でもあるの?
シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』で有名なマルクス・アントニウスが「赤いマント」をつけていたからです。
そうなの?
嘘です。
何よそれ!ふざけないでヒロノブさん!
しかしなぜポール・サイモンは「ONE TRICK PONY」なんてタイトルにしたのでしょう?
ポール・サイモン自身は、全然「一発屋」じゃないのに…
うふふ…
言ったでしょ?
ポール・サイモンは、少年時代から憧れていた「キリスト」を演じたかった、って。
え?
「ONE TRICK PONY」とは、イエス・キリストのことよ。
二千年もの間、ずっと「同じ話」だけをしているでしょ?
あ…
ポール・サイモンが『ONE TRICK PONY』という物語を書いたのは、彼なりの「キリスト像」を描きたかったからなんだよ。
少年時代から、ずっと気になる存在だったキリストの物語をね…
映画『ONE TRICK PONY』とは、ポール・サイモンの「自伝風」を装った、イエス・キリストの物語なんだ。
「自伝」を装った「イエス・キリストの物語」って…
『ライフ・オブ・パイ』と同じじゃないですか…
YES。
『ライフ・オブ・パイ』のコンセプト「聴いた人が神を信じるようになる話」は、この『ONE TRICK PONY』が元ネタだ。
何なのよコレ…
にわかには信じ難いわ…
にわかで、いいんです。
・・・・・
さあさあ。ボーっとしてないで。
サクッと解説して頂戴。ダラダラしてると夜が明けちゃう(笑)
あ、はい…
では改めてもう一度『ONE TRICK PONY』の冒頭シーンを見てもらいましょう…
降下してくる飛行機をバックに、ポール・サイモン演じる主人公が、自身の半生を振り返る…
まず、おもちゃのピアノを弾く幼少時代ね…
そして、友達とアカペラの練習をしている少年時代…
ポールの向かいにいる背の高い金髪の少年は、アート・ガーファンクルがモデルだろう…
ちなみに、小学6年生の時に仲良くなったポールとアートが、コンビを組んで一緒に歌い始めたのは13歳から…
そして16歳の時、凸凹デュオの「TOM&JERRY」という芸名でレコード・デビューする…
そんでもって、次はコンサートで歌う姿…
時代を感じさせる、ヒッピー風というか、カリスマ・ミュージシャンって感じの風貌よね。
なんかさ…
イエス・キリストっぽくない?
あ、確かに…
ちょうど額の高さに映る飛行機の光が、まるで「いばらの冠」みたいです…
「ぽい」とか「みたい」じゃなくて、これは「狙った」もの…
あと…
テレビモニターに映るコンサート会場のステージには「McCARTHY(マッカーシー)を大統領に」っていう横断幕があった。
マッカーシーって、あの「赤狩り」の?
「McCARTHY」とは「McGOVERN(マクガヴァン)」のことだね。
「反戦・平和主義」を唱え、ベトナム戦争即時撤退を公約に掲げ、LOVE&PEACE を志向する若者たちからの支持を得て1972年の大統領選挙に出馬した人物だ。
多くのミュージシャンがマクガヴァン支持を表明したんだけど、中でもポール・サイモンは、熱烈なマクガヴァン信奉者で有名だった。
一緒にメディアの前に現れ、政治集会を兼ねた大規模コンサートも行ったんだ。まさにあの映像のように…
だけどポール・サイモンの力も及ばず、マクガヴァンは現実路線の共和党候補ニクソンに大差で敗れてしまった。
なるほど…
かつて「愛と平和」をスローガンに大観衆を熱狂させたけれど、あっけなく「現実」に敗れてしまった…
ナザレのイエスと重なるものがありますね…
そして「過去の栄光」の回想は終わり、着陸した飛行機から楽器ケースが次々と運び出される…
軽くネタバレしちゃってもいいかな?
どうぞ。どうせ止めても言うんでしょ。
この映画では「楽器ケース」が重要な役割を果たす。
単刀直入に言うと、この「楽器ケース」には「契約の箱」が投影されているんだよね…
映画終盤で「楽器ケース」の中に、ある「大切なもの」を入れて、こっそり運び出すんだ…
カルロス・ゴーンか!
へ? なんでゴーンさん?
え?アタシったら何言ってるのかしら…
自分でわけわかめだわ…
そして、飛行機から降りて空港内を歩く主人公と、彼のバンドメンバーが映し出される。
このバンド、かなり豪華です…
ドラムのスティーヴ・ガッド、ギターのエリック・ゲイル、キーボードのリチャード・ティーは、伝説的グループだった「STUFF」のメンバーで…
ベースのトニー・レヴィンは、ジョン・レノンの遺作『ダブル・ファンタジー』でベースを弾いていました…
その後はピンク・フロイドやキング・クリムゾンにも参加している超大物ベーシストです…
名だたる凄腕ミュージシャンばかりじゃん。
そしてポール・サイモン演じる主人公は、かつて一世を風靡したロックスター。
だけど今は落ちぶれて、昔なじみのバックバンドと共にドサ周りをしながら、昔のヒット曲で食いつないでいるという設定だ。
その他にも映画には、多くの有名ミュージシャンが登場する。
ルー・リード、サム&デイブ、The B-52's、デヴィッド・サンボーンなど…
なんだか『ブルース・ブラザーズ』みたいね。
あっちも同じ1980年公開じゃなかった?
その通り。
そういえば『ブルース・ブラザーズ』には、キャリー・フィッシャーが出てたわね。
ポール・サイモンとキャリー・フィッシャーが結婚するのは1983年でしょ?
まだ出会う前ってことね。
いや。二人はすでに出会っていて、密かに交際していたらしい…
え?そうなの?
ブルース・ブラザーズ』は、テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』の人気音楽コーナーが映画化されたもの…
SNLといえば、ポール・サイモンは準レギュラーみたいな存在だった…
つまり同じSNL関係者が、同じ年に音楽映画を公開したということ…
だけど、ポール・サイモンの映画は大コケ…
かたや、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドと恋人キャリー・フィッシャーの映画は、世界的に大ヒット…
ポール・サイモンとしては複雑ね…
そう。いろんな意味で複雑だった。
いろんな意味?
そういえば、あの地下通路のシーンですが…
何?
どこかで見たような気がするのですが、気のせいでしょうか?
何の映画だったかなあ…
他の映画で?
はい… そっくりなシーンがあったような…
まさかァ。
これでしょ?
ああっ!そうです!
コーエン兄弟の『バートン・フィンク』だ!
えー、いわゆるひとつの…
考え過ぎじゃない?
ぜ、絶対に似てますよ!
コーエン兄弟とか言うと岡江クンがまためんどくさい話を始めるから、やめてくれないかしら…
ポール・サイモンとは何の関係もないでしょ?
はい… わかりました…
『ONE TRICK PONY』でポール・サイモンは、自分自身の役を演じているの?
名前はポール?
いや。ポール・サイモンによく似てるけど架空の人物だ。
名前を「ジョナ・レヴィン」という。
そうなんだ。
だけどなぜポール・サイモンは、あんな何の変哲もない「ただの赤い帽子」を被ってたのかしら。
このポスターなんて、もはやアヤシイおじさんじゃん。
なんだか不審者みたいですね。
あれは、ただの「赤い帽子」ではない…
え?
この映画において…
いや、ポール・サイモンの人生において「赤い帽子」は「阪神タイガースの帽子」と同じくらい重要な意味をもっている…
「阪神タイガースの帽子」を被らなくなった90年代以降は、2つの帽子が合体したような「赤い帽子」を被っているくらいだ…
何このマーク!? 阪神タイガースの「HT」マークっぽい!
赤い帽子には意味がある?
いったいどういう意味なのでしょうか?
シェイクスピア…
はい?
『ヴェニスの商人』だよ…
あっ…
かつてイタリアのヴェネツィアでは…
ユダヤ人が居住区ゲットーから外に出る際は「赤い帽子」の着用が義務付けられていた…
それ以来、ヨーロッパで「目立つ赤」はユダヤ人のしるしとして使われるようになる…
大富豪で知られる「Rothschild(ロスチャイルド)」という苗字はドイツ語で「赤い盾」という意味で、家の玄関に「ユダヤ人の家」であることがよくわかるように目立つ赤板が掲げられていたから、そう呼ばれるようになったもの…
そしてスティーヴン・スピルバーグ監督の名作『シンドラーのリスト』でも、ゲットーから連行されるユダヤ人少女は、赤く強調されていた…
なるほど…
ポール・サイモンの赤い帽子は、そういう意味があったのか…
そういえば『ヴェニスの商人』も『ライフ・オブ・パイ』も…
たくさんの貨物を積んだ船が沈没して…
「血と肉」の問題が描かれる…
そして、それはキリスト教への「改宗」を暗喩していた…
小さなボートの中ではあれだけ肉食が行われるのに、なぜか血が流れていませんでしたよね…
普通なら、ボートは血まみれになるはずなのに…
あれはユダヤ商人シャイロックに課せられた難題「血を一滴も流さずに肉を切り取る」へのオマージュだったわけね…
映画『ONE TRICK PONY』で、ポール・サイモン演じる主人公ジョナ・レヴィンが「赤い帽子」を被っているのは、ユダヤ系であることを示すため…
そして名前「ジョナ・レヴィン」の「ジョナ(Jonah)」は、嵐の海へ放り出され、その後は灼熱の太陽に焼かれることで有名な『ヨナ書』の主人公Jonah(ヨナ)のこと…
そして苗字の「レヴィン(Levin)」とは、モーセやアロン、洗礼者ヨハネなど、数々の預言者を輩出した祭司階級レヴィ族のこと…
イエスは自身をヨナに重ねていましたよね…
『マタイによる福音書』
12:38 そのとき、律法学者、パリサイ人のうちのある人々がイエスにむかって言った、「先生、わたしたちはあなたから、しるしを見せていただきとうございます」
12:39 すると、彼らに答えて言われた、「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。
12:40 すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう」
そして、モーセの預言は自分のことだと…
『ヨハネによる福音書』
5:46 「もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである。
5:47 しかし、モーセの書いたものを信じないならば、どうしてわたしの言葉を信じるだろうか」
「赤い帽子」と「ジョナ・レヴィン」という名前で、ポール・サイモンは「すべて」を語っているといっていい…
ポール・サイモンは、ユダヤ教徒として育てられながらキリストに憧れていた少年時代の夢を、そのまま映画にしたんだ…
なるほど…
あの変な男は何者?
変な男?
バンドメンバーやポール・サイモンに、しつこく絡んでいた男がいたでしょ?
ただの勧誘じゃない? あやしいセミナーの勧誘とかの。
いるじゃん、ああいう人って。
彼は非常に重要な人物だ…
『ライフ・オブ・パイ』にも大きな影響を与えた…
え?
続きのシーンを見ればわかる。
何、この人? クリシュナって言ってるの?
そう。彼の名は、Hare Krishna(ハレ・クリシュナ)…
悩めるポール・サイモンに、クリシュナ信仰を勧める謎の男…
映画の冒頭でポール・サイモンに対し「神を信じることの重要さ」を説き…
「いつかクリシュナの存在がヒントになる」と本を渡す…
クリシュナは、人間が知覚できない全宇宙そのものである神ヴィシュヌが、人間でも理解できるように人の姿となって地上に降り立った存在…
『ライフ・オブ・パイ』では、この「ヴィシュヌとクリシュナ」を「ヤハウェとイエス」の関係に重ねていました…
だからパイは、イエス・キリストに出会えた喜びを、父なる神ヤハウェではなくヴィシュヌに感謝していた…
何だか、いろいろ繋がってきたわね…
まだまだ序の口だよ、ポール・サイモンと『ライフ・オブ・パイ』の関係は…
それでは次に、映画『ONE TRICK PONY』で歌われるポール・サイモンの曲を見ていこう…
つづく
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