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E94: 「焼け野原」みたいな教室で1

「この教室『焼け野原』みたいやなぁ」
近くの席で、誰かがつぶやいた。
あれは誰が言ったんだろうか。もう忘れてしまった。

その表現がツボにはまって、授業中にもかかわらず、僕は声を上げて笑ってしまった。

定年直前の優しいおじいちゃん先生がこちらチラッと見たが、また、すぐ教科書に目を落とした。

高3の1学期、現代文の授業中のことである。

44人の男子クラス。そのうちなんと37人が机に突っ伏して寝ているのだ。その様子を「焼け野原」と表現したのである。

学校(と僕)の名誉のために申し上げておくが、他の時間は、もっとちゃんと授業が成立していた。みんな真面目に授業を受けていたし、冗談や笑顔だって飛び交った。

ただ、この現代文の時間だけは、
おじいちゃん先生が注意しないことを良いことに、誰もまともに授業を受けようとしなかった。

誰も立ち歩かず、誰も騒がず、無気力な静寂のなか
ひたすら、少年たちの寝息が響き渡る…。
皆がイメージする「学級崩壊」とは少し違うけれど
これはこれで、ある意味異様な光景ではあった。

僕は起きていたが、教科書を「読んでいた」だけのことである。それも、授業のところではなく、そこに載っていた宮本輝の小説をただ熱心に読んでいただけである。

『星々の悲しみ』
宮本輝の短編小説である。

これが教科書に載っていた。何気なく読み進めているうち、僕は物語の世界に夢中になった。

「源太、お前は、真面目か! 何を夢中で教科書読んでんねん?」
授業が終わると、親友のコースケが茶化してきた。

確かに、その通りだ。
傍目には、一生懸命教科書を読んでいる真面目な高校生、にしか見えない笑

「え?ちゃうねん。面白いでぇ、この小説」
僕はそう言ったが、コースケはその日、鼻で笑っただけだった。

ところが、次の現代文の時、ふと横目で見ると
コースケはなんと「真面目に教科書を読んで」いた!

その輪は、あっという間に広がり、
数日後、気がつくと、僕の周りで20人ほどが
「真面目に教科書を読んで」いた!

今までは寝ていた奴らが、1人、また1人と教科書を手にしてゆく…

先生の声と寝息しか聞こえなかった教室に、
ページをめくる音が、かすかに聞こえ始めた。

宮本輝、すげぇ…


鳥肌が立った。


学校ってなんだろう
授業ってなんだろう
言葉ってなんだろう
小説ってなんだろう
作家ってなんだろう


僕はまた、窓の外を眺めながら考え込んだ。
先生の声は、新緑の木々を揺らす風の音に紛れて聞こえなくなった…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【66日 の 9日目】

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