借金発覚 第19話「儲け話の怪文書と父の夢」
0〜18話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は貧乏暮らしに転落する。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎになるが、「もうすぐ大金が入るから」と父は自己破産を拒否。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、次男は三男を実家に連れて行き、母との再会を果たす。その折、次男は父の怪しい投資ビジネスの書類を押収し、中身を確認することに・・
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
怪文書ご開帳!
電車に乗り込んで、座席を確保した僕と三男は、早速鞄を開けて父の部屋から回収した資料を一枚ずつ確認し始めた。本当なら電車の中などで見たくなかったが、三男と一緒に実際の資料を見れるのは、この機会が最初で最後だと思ったのだ。
二人で並んで座って、僕が一枚めくって内容を確認した後、三男に渡して二人で確認する。これをずっと繰り返した。
結論から言うと、五百枚ほどの様々な怪文書は、途中で見るのが馬鹿らしくなるような内容ばかりだった。
まず出てきたのがインドネシアの黄金案件。この案件の資料が最も多かった。王族で莫大な黄金をスイスに管理しているらしいAなる人物の写真があったが、この男が実に怪しい。そのビジネスとは、何とも優しいことに、このA氏は破格の値段で、彼が管理している黄金を譲ってくれるのだという。そして、購入者はそれを海外に持ち出して売却、差額で儲ける、というモデルのようだ。
しかし、持ち出しの際に必要な手続きや注意点をやり取りするメールがあったものの、黄金が売却できた、といった資料は皆無。その中には、どうやったら航空会社のX線調査をくぐり抜けられるか、のような犯罪まがいの内容もあった。
このインドネシア案件で驚いたのは、父が知人に声をかけて数百万円投資させた契約書が出てきたことだ。ただ、取引がうまくいかなかった場合は、父が全額返金するといった内容になっていた。契約書の中には、その知人が出資したお金を使って、父のインドネシア行きの渡航費や宿泊費、王族との晩餐会の費用を賄う、と書かれていたことだ。何とも貧乏な仲介人だ。
さらに、その返金の原資として、企業年金として受け取る予定の退職金の半額の一部を当てることが書かれていた。老後の数少ない収入源の一部がまた無駄に失われていったのだ。
呆れたのは、この黄金絡みで会社を設立したような資料だ。日本法人の出資者の欄に父の名前があり、その横に出資金額が並んでいる。その金額、何とUS$170,000,000。一ドル百円だとして日本円で百七十億円だ。百七十億円も出資できる人間が、郊外の築四十年の賃貸アパート住まいとは、何とも倹約家なお金持ちである。いずれにせよ、この資料は言い逃れできないくらいブラックだ。百七十億円など存在していないのだから。よくもこんな資料を使って営業活動をしておいて、自分は真っ当なことをしていると言えるものだ。
他にも、シルバーコイン、米国債券、銀行債券、海外FX、米国歴史的政策ドル、郵政株の新株切り換え案件、果てはミスターMのアフィリエイト起業法など、出るわ出るわ。地理的にも、香港、台湾、シンガポール、米国など様々な国が登場してくる。
資料の中に、金塊を始め、怪しげなドルや円の札束の写真などもあったが、見たこともない札ばかり。桁を見ると、ドルは一億ドル。つまり百億円札だ。日本円の札も、一億円札があった。
一緒に見ていた三男は、あまりにも嘘っぽい資料の数々に失笑している。
「やばいですね。こういうの、父は本当に信じてるんでしょうか。こんなに頭がおかしい人でしたっけ」
父の金銭問題から一番距離があり、かつ十四年間失踪していた三男の中にあった父のイメージは、大手生保でバリバリと働く姿で、胡散臭い投資ビジネスを追いかけ続ける姿とまだ整合性が取れないようだった。
「しかし、このお札の写真、なかなかうまくやっていますね。ブラシまでかけてあって、よく加工されてます」
写真の撮影と加工をadobeのソフトウェアでやってきた三男は、百億円札や一億円札がパソコンを使った画像加工の産物であることを確信していた。
どの投資系の資料にも共通していたのが、父にお金が入った形跡がまるでないことだった。
***
夢の実現ステップ
一つだけ、投資系ではない資料もあったが、それは父の夢が書かれた手書きの紙だった。そこには夢の実現ステップが書かれていた。
一、資金調達
二、資金運用
三、香港に財団を設立、財団として資金を運用
四、現地に良い資源があれば会社を設立し、日本に輸出
五、インドネシアに小学校設立
六、ベトナム、ラオスに学校設立
七、フィリピンに学校設立
八、子供の中から一人後継者を選び、事業を引き継いでもらう。自分は財団の理事長か会長になり第一線を退く
壮大なドリームである。父は本当に純粋な気持ちでこの夢を追いかけているに違いない。
しかし残念ながら、この夢はステップ1でずっと足踏みしている。資金が一向に調達できないのだから。少し気になったのは、後継者を子供の中から、というくだり。一体、誰を想定していたのだろう。
そもそも、途上国に学校を建設したいのであれば、そのような活動をしている団体は数多くあるので、それらの団体に寄付すれば良いと思うのだが、父はあくまで自分が物語の主人公でいたいのだろう。
僕と三男は資料を確認し終えると、怪文書の束を鞄にしまい、帰路についた。
***
しかし、あんなに怪しい投資ビジネスの数々を父はどこから仕入れてきたのだろうか。インドネシアの黄金案件は父が「先生」と呼ぶ知人から持ち込まれたことは知っていたが、海外投資ビジネスの出どころが分からない。投資やビジネスの内容があまりにも脈絡がなさすぎるのだ。
一緒に住んでいる次女が何か知っているかもしれないと思い、LINEで尋ねてみると、衝撃の返事が。
「なんかね、ある日突然海外からメールが来たみたいだよ」
ある日海外から突然送られてくるメール。それはいわゆるスパムメールではないか。金を騙し取ろうと、悪意に満ちた仕組みを作り上げ、ネット上で自動収集した大量のメールアドレスにランダムに送りつける。これがスパムメールだ。引っかかる人間がいるのかと常々思っていたが、ここにいたのだ。
これで、脈絡のない様々な海外を中心とした投資ビジネスがどこから舞い込んだのか、点と点が線で繋がった。
(20話につづく)
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