見出し画像

借金発覚 第20話「そこは、九階建てのビルだった」


0〜19話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は貧乏暮らしに転落する。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎになるが、「もうすぐ大金が入るから」と父は自己破産を拒否。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、三男は母との再会を果たす。その折、次男は実家で父の怪しい投資ビジネスの書類を押収するが、詐欺色の強い書類の山に呆れ返る。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

株の仲介ビジネスの詳細

父との話し合いの前に、どうしても調べておきたい事があった。それは、父が現在取り組んでいると言っていた株の仲介ビジネスの詳細だ。

断片的だが、父がこちらに提供していた情報をまとめると以下のようになる。

・元商社の人と組んで、R社株の仲介をしている(この元商社の人が非常に怪しい)。
・一年前に父が大金が入ると言っていた話からすると、大きな取引が近日中にまとまる予定(しかし、延期を繰り返している模様)。
・取引の証拠として、名刺も契約書、本籍入り住民票、パスポートのコピーなどが父の手元にあるが、家族に見せることは拒否。

この案件が以前の海外投資案件と異なるのは、ビジネスの舞台が一気に国内のみに移ったことと、案件に関わるプレーヤーの地理条件が手に届く範囲に収まっている点だ。

正直、海外投資案件資料に登場してきたインドネシアの怪しい王族や、怪しげなドルや円の札束を紹介してきたと思われる海外のファイナンシャルコンサルタントとの真偽は客観的に証明しようがない。

しかし、R社株の仲介については、完全に日本国内の案件であるため、何らかの具体的な情報を掴めば、比較的簡単に詐欺案件であることの証拠を掴めるような気がする。

過去案件と今回の案件で唯一変わっていないのが、億単位と言うぶっ飛んだ金額ということだけだ。そこは悲しいくらい、過去の案件からブレていない。

僕は同居している次女にメッセージを送った。
すまんが、R社関係の資料があったら、写真に取って送ってくれないか。どうしても現在進行形の案件の詳細を理解しておきたいんだ
そうだよね。でも、今の案件の資料はパパの鞄の中にいつも入ってるからハードル高いよ
そうだろな。無理しないでいいよ。でも可能ならお願い
僕は期待せずに待つことにした。

***

それから数日後、次女から
やったー! ゲットしたよ!
との返事と共に、LINEで僕宛に大量の写真が送られてきた。父は週に二日しか実家に帰宅しないのだが、父が帰宅し、近所に出かけた隙に鞄の中にある書類の写真を撮ることに成功したのだ。

次女が送ってきてくれた書類はまず三つの案件に別れていた。

・R社の株の仲介についての書類
・父が僕を勧誘したネットワークビジネス関連の書類
・黄金の申し込みについての書類

ネットワークビジネスはさておき、黄金案件がまだ現在進行形であることに驚いたが、この中で最も多かったのがR社の株の仲介資料だった。ビンゴだ。

R社の株の仲介資料は、父の手帳、手書きのメモ、株の申し込みに関する書類、そして数人の免許証やパスポートのコピーがあった。

手帳の画像を見ると、昨年の十二月から今年の十一月までのカレンダーがあった。カレンダーには、人の名前と共に株の数と取引の金額が書かれている。

例えば、今年の十月を見るとM氏の名前と共に、面接、契約、入金などスケジュールが書き込んであり、それに合わせて百万、二百万という仲介する株の株数、そして九十億とか九十七億とか言う取引金額が書き込まれている。ただ、同時に後で書き込まれたと思われる「出来ず」という文字も数回出てくる。どうやら、M氏にR社の株を仲介しようとしているのだが、何度も契約がずれ込んでいるようだ。

株の申し込みに関する書類は、数人分のコピーがあった。例えばS氏という人が申し込んだ購入趣意書には、今年の三月に一千万株を一株三千九百円で購入したことが書かれている。この三千九百円の内訳は、三百円はコンサルティングの手数料、残りの三千六百円が株の代金になっている。

つまり、このS氏は、購入が成立すれば個人で三百九十億円を支払い、一千万株のR社株を保有していることになる。個人で三百九十億円も支払える人間が果たしてどれだけいるのだろうか? あまりに胡散臭い。

価格についても、ネットで調べてみるとR社の株価は三月時点では二千五百円前後であり、三千九百円というのは大層なプレミア価格である。僕は株の売買を趣味でやっているが、僕の知る限り、ある企業を一気に買収したいときなどは、プレミア価格で大量の株式を購入することがあるが、それにしては一千万株という株数は中途半端すぎる。これはR社が発行している全株式のうち、一パーセントにも満たない。

用紙のフォーマットも気になる。購入趣意書は安っぽいテンプレートで、数字の部分だけ手書きで書き込めるようになっている。巨額の取引だというのに、こんな安っぽいフォーマットの文書を使うだろうか。

父が真っ当な取引の証拠として挙げていた免許証や住民票、パスポートのコピーなどは四人分があった。特に免許証は住所が記載されている。名前を検索エンジンで調べてみると、このうち三名は上場企業の創業者や社長、地方企業の社長であるきとが分かった。これならば、ある程度の資産を持っているというストーリーは成立する。しかし問題は、これらが本当に本物かどうかだ。

僕は仕事帰りに本郷に住所があるそのうちの一つに足を運んでみることにした。情報が正しければ、上場企業の社長宅のはずだ。

夜七時過ぎ、僕は本郷の駅に降り立った。地下鉄から地上に上がると、東大生と思われる学生たちが多く見える。僕は改札を出て、地図アプリのナビに従って右側に進んだ。地図が指し示す場所は駅から数分場所だった。横断歩道を渡り、免許証の住所に辿り着いた僕は顔を見上げた。

そこは、九階建てのビルだった

本郷の大通りに面していて、一階がメガバンクの支店になっている。もしかして、ビルのあるフロアが住居になっている可能性もあると思い、ビルの入り口にあるテナントのプレートも確認してみた。しかし、全てのフロアはメガバンクとその他テナントで埋まっており、そこに住居なるものはなかった。偽物だ。

恐らくは、父のパートナーである人物が、父を信じさせるために用意したものだろう。

そもそも住所が記載されている免許証など、最も簡単に真偽を確認できるものだ。パートナーがそれを父に渡したということは、父が渡された書類の真偽など確かめもしないことを前提としている。舐められたものだ。

しかし、元商社の人間と、警備員としてパート勤務する七十歳のお爺さんが提供する株の仲介コンサルティングとは一体何なのだろう。僕は、株式の仲介業務について、インターネットでもう少し調べてみることにした。

すると、鍵となる情報はすぐに見つかった。ある弁護士が株の仲介業務について解説している。

『株式の取引は、それが上場株式であろうと未公開株式(未上場株式)であろうと、 また、間に入る業者が売買の形ではいるのか仲介の形で入るのかを問わず、 その業者が営業として行うためには、金融商品取引業者としての登録を必要とします。
したがって、未登録の業者が未公開株式を含む売買・仲介などの株式の取引を行うことは、 金融商品取引法29条に違反することになります。
そして、この違反については、同法198条1号により3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金刑、 またはこの両方の法定刑(法律が定める刑罰)が定められています。

金融商品取引法
29条:金融商品取引業は、内閣総理大臣の登録を受けた者でなければ、行うことができない。
198条1号:次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役若しくは300円以下の罰金に処し、 又はこれを併科する。
1 第29条の規定に違反して内閣総理大臣の登録を受けないで金融商品取引業を行った者』

つまり、株の仲介業務は登録制で未登録業者が株の売買・仲介などの株式の取引を行うことは、 法律違反なのだ。この法律のことを父は知っているのだろうか。それともコンサルティングなのだから大丈夫だと思っているのだろうか。

もちろん父が登録業者の傘の下で営業活動をしている可能性はゼロではない。もしかするとパートナーが登録されているのかもしれない。もっとも、その可能性限りなくゼロに近いのだが。

幸い、登録されている業者の一覧は簡単金融庁のサイトから見つけることができた。長いリストから法人を除くと、二十名ほどの個人名が残った。僕はこの二十名のリストを近日中に開かれる父との話し合い資料に追加した。

21話につづく

この記事が参加している募集

サポートしていただけると本当に助かります。サポートしていただいたお金は母の入院費に当てる予定です。