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借金発覚 第21話「お願いだから、この件から逃げないで」

0〜20話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は貧乏暮らしに転落する。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎになるが、「もうすぐ大金が入るから」と父は自己破産を拒否。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、三男は母との再会を果たす。その折、次男は実家で父の怪しい投資ビジネスの書類を押収するが、詐欺色の強い書類の山に呆れ返る。

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

お願いだから、この件から逃げないで

着信を入れ続けてもずっと連絡が取れなかった長男から連絡が来たのは、平日の夜だった。LINEでメッセージが入っていた。
入れ違いでスマン!今日は出張になるため、夜九時過ぎに連絡します。今年から町内会の会計担当で秋はイベントが多く、毎週末かなり忙しい状況です

九時過ぎに電話をすると長男が出た。
もしもし
僕は前置きなしに一気に核心に入った。
で、どうするの?
何が
何がじゃないよ。父ちゃんとの話し合い、どうするの?
僕は傍観者を貫いていた長男にいささか腹を立てていた。
俺の考えはメッセージで送った通り、直接会える人間がやるべきだと思う
僕は抑えていた感情が一気に爆発した。
会える人間って、自分は関係ないとでも言うの?
じゃあ聞くが、俺が行っても解決するのか。わざわざ五人で話しに行く必要性を、俺は感じない
「長男除いた四人で行ったって、話し合いなんか成立しないよ。僕じゃ喧嘩になるし、三男は父ちゃん刺すとか物騒なこと言ってる。長女じゃ丸め込まれるし、次女は論が立たない
もしそうなら、もう解決は諦めるしかないな
そんな無責任なことできるとでも思ってるの? 父ちゃんの言う通り相続放棄を選んだら、状況によっては従兄弟たちに被害が広がるんだよ。さらに、今父ちゃんがやってる上場企業の株の仲介だって、金融商品取引法違反の可能性がすごい高いんだから
最後は哀願になった。
お願いだから、この件から逃げないで、一緒に向き合ってよ
長男は電話越しに僕の話を聞いて、少し間を置いてから一言言った。
分かった。父ちゃんには俺からアポ取りの連絡するよ。俺も新幹線で行く
僕は安堵した。これで、兄弟五人が久方ぶりに揃って父と対峙することが可能になる。最後に全員が揃ったのは僕の結婚式の時、十五年前だ。

日程調整は十二月の上旬の平日、僕と長男が有給を取って参加することにした。シフト制の父とスーパーで働く三男の休日が同じ曜日というのは本当に運がいい。

母の参加についても長男と相談したが、精神的に脆い母は参加させない方が良いだろう、という結論になった。

***

父と約束が取れたと連絡が入ったのは数日後だった。それに返信する形で両親と一緒に住んでいる次女からメッセージが入った。
お母さんに聞いてみたよ。家族全員いるけど、どうするー?って。迷ってるみたいだけど、すごい乗り気には見えなかった
それはそうだろう。
あとね、話し合いは兄弟の誰が計画立ててるのかしつこく聞かれた。みんなって伝えておいたけど・・
みんなで計画しているというのは紛れも無い事実なのだが、普通に考えて、母に疑われているのは僕だろう。昔から正論を言って嫌われるのは僕の役割だ。

数時間後、次女から追加のメッセージが届いた。
寝室から二人の声が聞こえたんだけど。お母さんとお父さんは子供達が陰でコソコソしてるのすごくすごく不愉快だって。私が借金のこと話したのも直接お父さんに聞かないで兄弟に話したのもご立腹。

借金も相続放棄すればいいのに何が不満なのか、まったく理解できない。そして、三男に借金のこと話したのもすごく嫌だったみたい。直接言われてないけど、こんな感じの話し合いを延々としてるっぽくて。一応、ご報告。

でもなんだか、二人とも一般から感覚が違う感じ。今まで色々ありすぎたからかな。相続放棄すればすべて解決と思っているらしくて

ここが父の思考回路の一つの特徴ではないかと思う。悪い意味で楽観的というか、自分の都合のいい事実しか認知しないのだ。甥姪の代襲相続リスクはメッセージで父に伝えたはずだが、
父の兄たちが亡くなったら大変なことになる」と考える僕ら兄弟たちに対し、父の頭の中では「父の兄たちが亡くならない限り大丈夫」という解釈になっているのだ。
また頭の片隅では、「今度こそ大金が入って逆転できるはず」という希望的観測もあるはずだ。この危険な希望的観測があるが故に、どうせ僕ら子供たちに隠してきたように、自分の兄弟たちにも、借金のことは秘密にしていることだろう。

「お母さんなんだけど、ここまできたら今度の話し合いに参加した方がいいと思う。お父さんとしかこの件話してないから完全に取り込まれちゃってる感じ。冷静にこちらの意見もお母さんに聞いて欲しいです」

母の参加が悩ましいのが、長女が参加するために、母が長女の子供を見てもらう予定になっていることだった。話し合いは二時に開始予定。しかし、小学生の息子たちは三時過ぎに帰宅するため、現状のプランでは、長女は時間通り参加し、母が三時前に長女の自宅に行くことになっていた。母が参加するということは、長女が参加できないということになる。

長女から返信が入った。
私もお母さんにLINEで話し合いについて送ったの。まずお母さんが参加したいかどうか。参加しないなら話し合いの報告を受けたいかどうか。それをお父さんか、もしくは私から聞きたいか。・・・だけにしたら良かったのかも知れないけど、追加で、色々送っちゃった。

・妻のお母さんが一番この件を理解出来てないよね? 
現状を知っておく必要があるんじゃないか?
何故子供らがここまで問題視しているのか? 
子供らが割って入って解決に向けているけど、それ本来は妻がまずやる仕事だよね? 
夫が正しい方向に進んでるかを意見する必要があるのでは? 

などなど。
お母さんがそこまで強気な発言をお父さんとするなら、是非参加して欲しいよね。となると私が参加出来なくなる。でもお母さん抜きの話し合いも限界あるよね。だから、私が不参加でもそろそろお母さんが入った方がいいのかもしれない。私個人は絶対的に自己破産推しだけど、全ての今後選べる処置のチョイスを並べて、両親に改めて考え貰うのが一番かと

長女からのメッセージは父の投資ビジネスに移った。
負債はともかく、今後お父さんの怪しいビジネスの舵取りがもっと難航するのではないかと。次の話し合いはそこはまだ切り込まないでしょう? お母さんも負債という氷山の一角しか見えてないから、魔法の杖で消えると思って まだ呑気だよね...表面消えても、その下が大きい。お父さん手を引くという方向に自分を変えられるかな...

僕は父の投資ビジネスに切り込む気満々である。借金のことだけ話すのでは間違いなく片手落ちだ。僕はネットで見つけた弁護士の解説を送った。
いや、当然切り込むでしょう。これも当日の資料に入れる予定。これ一緒に読んで、自分がやっていることの危険度を認識して欲しい

父は上場企業の株の仲介をしていると自分で言っているのだから、かなりの確率で法律に抵触しているはずだ。唯一不幸中の幸いは、次女から送られてきた資料を読む限り、取引がまるで上手く行っていない、ということだけだ。

今度の話し合いは具体的にどういう流れで話すのかな?
長女からの質問に僕が答えた。
話し合いは前半と後半。前半は借金をどうするか? 後半は投資ビジネスと父ちゃんの夢について。父ちゃんは家族の誰も必要としてないものを追いかけて、それが家族のためと思い込んでる
でも、お父さん、一族集まれる様な広い家とか、きっと昔家族で行った離島リゾートみたいなこととか、お母さんや家族が喜ぶことをやってあげたいという親心や心意気もあるんだと思うのよ。その気持ちも汲まないと、お父さん凄い傷つく様な気がする
傷ついて目を覚まして欲しいと思うけど
それは正しいと思うよ。ただ再起不能レベルまでやってしまうと、お父さんどうなるのか私は読めない...。お父さんがどんな人かをビジネス面では知らないし。お母さんがまた鬱になるのは予想出来るけど。

要は伝え方が凄い重要なのではと思うの。北風と太陽じゃないけど、北風では絶対お父さんは良い話し合い出来ないんじゃないかなと

長女が言っていることは僕も百も承知だ。しかし、繰り返しになるが僕は父とお金の件でのトラウマが大きすぎて、ネガティブな感情に歯止めが掛からない。だからこそ、中間を取れる長男に助けを求めているのだ。

だから今回五人で行ってバランスを取るんだと僕は理解してます。僕と三男では喧嘩になる。長女と次女では話は進まない。で、長男の出番」
「そうだね、長男がそこら辺は一番うまくできそうだね

確かに、兄弟が一人でも欠けたらバランス崩れてダメなような気がするね。やっぱり今度の話し合いはお姉ちゃんも参加した方が良さそうだね。ママに子供の面倒見て貰わなきゃね

十五年の時を経て、ついに揃うことになる五人の兄弟たち。まるでゴレンジャーのようだ。ゴレンジャーの最後の戦いの時は刻一刻と近づいている。

22話につづく

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