借金発覚 第17話「彼女に一緒に死んでくれって頼まれて、自宅で首を吊ったんです」
0〜16話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎに。兄弟たちは証拠を持って父に詰め寄り、父は借金の存在を認める。しかし父は自己破産を拒否し「もうすぐ大金が入るから時間をくれ」と主張する。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、実家に連れて行くことになる・・
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
失踪していた三男を実家に連れて行く
長男からの反応がないので、仕方なく僕がまずは三男と両親の再会の調整をすることになった。三男にいつ休みが取れるのか確認したところ、金曜日なら休みが取れるとのこと。母に連絡すると、父は警備員の仕事で不在だが、自分は四時以降は自宅にいるので、是非会いたいとのこと。
当初は日程の調整だけして、三男だけ実家に行けば良いかと思っていたのだが、二つの理由から、僕も行った方が良いと思い直した。
まず、三男が一人で行くと何を口走るか分からない。三男は常識がちょっと通じないところがあるため、借金のことや父のことを母に勝手に話されるのはちょっと心配だった。
もう一つが、実家に行けば、父の投資ビジネスの情報が何か手に入るのではないかと思ったのだ。両親と同居している次女に尋ねてみると、怪しい怪文書がしまってありそうなバインダーの場所を写真で送ってくれた。
***
僕は金曜日の午後二時に都内で三男と落ち合い、電車で実家に向うことにした。地下鉄のホームで三男に合流した。三男は、ミリタリー色のジャケットを着て、リュックサックを背負って現れた。
「いやー、ちょっと緊張します」
家族に会いたくないと言っていたくせに、母親との再会を前にちょっとナーバスになっているようだった。道中、三男に念押しをする。
「お前、気軽に金払うとか言うなよ」
「え、現金持って来ちゃいましたよ」
「現金?」
「そうです。午前中に銀行に行って、百万円下ろしてきました。銀行で用途を色々聞かれて、すごい面倒でした」
三男は母親に百万円の現金を渡すつもりだった。
「ちょっと待て! 用途も考えずに百万円渡しても何にもならないぞ。父ちゃんに渡したら怪しい投資に流れて行きそうだし、母ちゃんに渡してもそのまま預金になるだけだよ。それよりも、別のアイデアがある」
僕のアイデアは、三男のお金で安い中古マンションを購入するというものだった。
現在の両親が住んでいる賃貸物件は月八万円くらい。年間にすると百万円くらいの支出になってしまっている。中古マンションをキャッシュで購入できれば、月の共益費と固定資産税だけになり、かなりキャッシュフローが楽になる。
三男は購入のメリットを聞くと、まんざらでも無いような反応だったが、次のような変化球のような意見を返してきた。
「でも、月八万円も家賃に払っているなんて、高過ぎませんか。借金があるんだったらもっとどん底の生活をしないと目が覚めないんじゃないですか」
「どん底って・・・父ちゃんは自業自得だとして、母ちゃんは可哀想だろう。これは母ちゃんのためだよ」
「なるほど、それは納得です」
***
首に(縄の)痕って残ってないですよね?
両親の住む駅に到着すると、母の好きな和菓子を購入してから母に連絡を入れた。すると母は車で迎えに.来てくれるという。母の迎えを二人で待ちながら三男の方を見ると、三男はちょっと落ち着かない雰囲気で、首の周りを触っている。
「どうした?」
「首に痕って残ってないですよね?」
「何もないけど、何の痕?」
「ロープの痕です。実は、彼女と住んでいた時に首を吊ったことがあるんです」
「ええっ!?」
三男のこの告白に僕は仰天した。
「な、何で!?」
「彼女に、一緒に死んでくれって頼まれて、自宅で首を吊ったんです」
一緒に死んでくれとは、とんでもない女だ。
「まじか。じゃあ、どうして今生きてるんだよ」
「私が最初に死ぬことになって、先に首を吊ったんですが、結局彼女が助けてくれたんです。なんか、踏ん切りがつかなかったみたいで。首を吊っていたのは三分くらいだったと思いますが、走馬灯って言うんですか、あれが見えました」
決して、経験したくない体験だ。しかし、三男が次に言ったことは、今度は良い意味で僕を驚かせた。
「でも、その時に見えた走馬灯って言うか、昔のいろんな思い出はすごくいいものばかりだったんです。あれは意外でした」
人間関係に色々と苦労したであろう三男の人生。でも、死線の手前で見えたのは、人々から愛された思い出だったのだ。
僕は三男が助かったのは母の思いが通じたのではないかと思っている。三男が失踪してから、両親、特に母が毎日三男の無事を願っていたことを僕は知っている。一緒に死のうと誘った彼女本人が、最後の最後で三男の命を救ったのは、母の強い思いがもたらした奇跡としか言いようがない。
「脳に数分間酸素がいかなくなって、記憶がちょっと飛んでたりしたので、脳障害が残ったかと焦りました。結局大丈夫だったみたいですけど」
「凄すぎる経験だな。でも、どうやって彼女と別れたんだよ」
「彼女にバレないように別のアパートを借りて、少しずつ生活の基盤を移していって、そのまま逃げました。あの時は家賃をダブルで払っていて本当に大変でした」
「そうか。彼女、今どうしてるのかな」
「正直、もう生きていないと思います。ずっと死にたがってましたから」
「そうか・・・可哀想な人生だね」
二人で相談し、この話は母には内緒にしよう、ということになった。もう終わったことだし、無駄な心配をかけたくないからだ。
(18話につづく)
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