見出し画像

借金発覚 第18話「行方不明だった三男が、ついに母親と再会」

0〜17話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。それから十八年後のある日、父の隠していた借金が発覚し、兄弟たちで大騒ぎに。兄弟たちは証拠を持って父に詰め寄り、父は借金の存在を認める。しかし父は自己破産を拒否し「もうすぐ大金が入るから時間をくれ」と主張する。そんな中、十四年間失踪していた三男が見つかり、実家に連れて行くことになるのだが・・

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。


三男と母の再会。 そして僕はスパイ活動

母が運転する車が到着したのは、この会話の五分後くらいだった。運転席から手を振る母を見ると車に近寄って、三男は助手席に、僕は後部座席に乗り込んだ。
いやあ、久しぶりですね
三男は僕と再会した時のように、実に軽いノリで母親に話しかけた。
本当に、無事で何より。嬉しいわ
母は涙を流して喜ぶのかと思いきや、母も意外に落ち着いていた。
お父さんは今日時間が折合わなくて、今日居ないんだけれど、また来てよ。外国にいる訳じゃないんだから
そうですね、考えておきます

***

車を十分ほど走らせると、両親が住んでいるアパートに到着した。両親が住んでいるアパートは鉄筋コンクリートでできた三階建てのアパートで、間取りは2LDKだった。ここに両親と次女が三人で暮らしている。

アパートに入ると、僕は父親の寝室となっている和室にすぐに入った。そう、僕が実家に来たもう一つの理由のためだ。予め、次女から教えてもらっていた怪文書が入っているというバインダーを本棚から見つけると、僕は手早く自分の鞄の中に押し込んだ。このバインダーの書類を見れば、父がどんな投資ビジネスに携わってきたのか、もう少し全貌が分かるはずだ。しかし、実の父親に対してこんなスパイめいたことをしなければならないとは、何とも情けない。

ファイルの他にもう一つ見ておきたいと思ったのが名刺だ。名刺の束は同じ本棚の横に置いてあった。僕は名刺の束を掴むと、トイレに駆け込んだ。まさか母親の目の前で名刺を見るわけにもいかない。しかし、トイレなら安全だ。

トイレに入って、名刺の束を手に取って、一枚ずつ見ていく。見つけたかったのは、有名企業や金融機関や国の役人の名刺だ。そういった大きな企業や組織の人と父が出会っているのだとしたら、それらの人たちは語り、つまり偽物なのではないかと思ったのだ。

しかし残念ながら、名刺に出てくるのは、聞いたこともないような企業や団体の名刺ばかり。空振りだ。少し気になったのは、社長の肩書きの名刺が多いことだ。どうやったら、こんなに色々な会社や団体の上層部の人と出会えるものなのだろう。

僕は仕方なく、トイレから出て、名刺を元の場所に戻し、リビングに入った。

リビングに入ると、母が十四年ぶりに再会を果たした三男との会話を楽しんでいた。ちょっと夕食には早い時間帯だったが、母は鍋を準備すると、すでに切ってあった具材をコタツの上に並べ、調理を始めた。
キムチ鍋だけど、いいかしら
具材の中に、母が自分ではほとんど食べないであろう肉を見て、母にできる精一杯の三男へのもてなしの心を感じた。グツグツと煮える赤色の鍋を三人でつつきながら、他愛もない話に花を咲かせた。

鍋を食べ終わると、三男は実家のパソコンに電源を入れて、自宅から持ってきたUSBメモリを取り出した。中には三男の唯一の趣味とも言える、登山の写真が収められていた。富士登山御殿場ルート、北アルプス奥穂高岳、そして馬の背ジャンダルム。登山といったら、数年前に初めて挑戦した富士登山くらいしか経験のなかった僕は、雄大な雲海や、悠々と連なる山脈、見たこともない高原植物や昆虫など、三男が撮った写真の数々に目を奪われた。

「ジャンダルム制覇」と書かれたフォルダには、頂上近くの動画も収められていた。ジャンダルムは、標高3,163 m、奥穂高岳の西南西にあるドーム型の岩稜で、国内最難関の一般ルートと呼ばれている。再生するといつも淡々とした三男らしからぬ、興奮した様子の姿が写っていた。
えー、これからいよいよジャンダルムに挑戦します!
ジャンダルムに登頂する直前の動画では、三男の後ろに険しいジャンダルムへの最後のルートが見えている。その次の動画では、そのルートを超えた先のジャンダルムの頂上にいる三男。
やりました! ジャンダルムを制覇しました! 嬉しいです!
そこには、僕も含めた家族が誰も知らない三男の姿があった。母は、三男の解説を嬉しそうに聞いている。

「すごいね、これ。誰と行ったの?」
「全部一人ですよ。昔は登山部の仲間と行ってたんですが、皆んな、結婚したり、太ったりして登山やらなくなって、数年前から一人で行くようになりました」

「危なくないの?」
「危ないですよ。さっきのジャンダルムとか、毎年誰か滑落して死傷してますし」
「あら、気をつけてね」
心配そうな母。
「まあ、自分はいつ死んでもいいと思ってるんで」
「そういうこと言うなよ。母ちゃん悲しむぞ」

三男の発言は時々きわどい。

結局、実家には二時間ほど滞在して、僕と三男は帰宅することにした。実家から三男の家までは電車に乗っている時間だけでも三時間以上かかる。毎朝朝の七時から働いている三男は、早めに帰宅したがったのだ。

ちゃんと栄養あるもの食べて、よく休んで、体を大事にしてね
帰り際、母は名残惜しそうに、何度も三男の体を気遣った。
お父さんとも会って欲しいんだけど、また日程を調整しなくちゃね
再び母に駅まで車で送ってもらい、僕と三男は手を振って母に別れを告げた。短い時間だったが、本当によかったと思う。

19話につづく

この記事が参加している募集

サポートしていただけると本当に助かります。サポートしていただいたお金は母の入院費に当てる予定です。