借金発覚 第16話「違う星に住んでいる父との窓口を誰が担当するのか」
0〜15話までのあらすじ
五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は郊外に引っ越し貧乏生活を始め、十八年が流れる。そんなある日、実家に同居している次女が父の借金を発見し、兄弟たちで大騒ぎに。兄弟たちは証拠を持って父に詰め寄り、ついに父は借金の存在を認めるのだが、父は自己破産をすることを拒否。「もうすぐ大金が入るから時間をくれ」と主張する。しかし、入金期限は相変わらず伸びてばかり。そして、十四年間失踪していた三男が見つかり、兄弟たちと再会を果たす。
主な登場人物
父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。
お父さんは違う星に住んでいる人
長女は父とちょこちょことメールを送り出したのだが、日程調整が思うように進まない。僕は電話をするように勧めた。
長女から連絡があったのは、長女が父と電話で話した後だった。長女の様子がちょっとおかしい。
「あのね、お父さんと話したんだけど、お父さんは本当に家族のことを第一に考えてるのよ」
あれ? 長女の態度が以前よりもずっと軟化している。
「ほら、北風と太陽の話があるでしょ。北風ばっかり当てても、お父さんは心を閉ざすだけで、前に進めないと思うのよ」
さらに父に対して攻撃的な僕の姿勢をやんわりと非難する。電話では、長女が優しく父に話すと、思った以上にいろいろな心の内を吐露してくれたようだ。
僕は長女に反論した。
「それは正論だけど、太陽だけ当てて今回の件が解決できると思うか。耳触りの良いことだけ言って、対決を避けるっていうのは今までの二十年間の繰り返しなんじゃないか」
長女は言葉に詰まった。
「僕は今までの父ちゃんとのお金についてのトラウマが大きすぎて、今更太陽にはなれない。三男も性格上無理だろう。だから、お前と次女は太陽よりで良いじゃないか。で、長男ちゃんに真ん中でいてもらう。要するに、兄弟五人でバランスを取って父ちゃんと向き合うのが正解なんかないのかな」
長女は納得してくれたようだった。
「そっか、兄弟五人でバランスね。それがいいわね。私、すぐに影響されちゃうから」
話題は父との会話内容に移った。
「お父さんと話して再認識したんだけど、自分がやっているビジネス、完全にシロだって信じ切ってたよ。で、俺は家族のために頑張ってるんだって言ってた」
僕がメッセンジャーでやりとりしていたのと同じだ。
「もうね、違う星に住んでいる人みたい。話が全然通じない感じ」
「だな。まずは同じ星に着陸しないと、話し合いにならないよなあ」
「どうしたら同じ星に降りることができるのかな」
「そりゃあ、今自分がいる星がデタラメ惑星だって、気づかないとダメなんじゃないか」
「どうやって気づかせるのよ」
「そこなんだよなあ。やっぱり、動かぬ証拠を突きつけるしかないな」
やはり、父が携わってきた投資ビジネスの内容を、もっと具体的に知る必要がある。ただ、父は問い正してもまた煙に巻いて逃げようとするだろう。どうしたらいいのか、もう少し考える必要があった。
***
窓口変更
「あとね、ちょっと私これから一ヶ月くらい、お父さんとの調整窓口がきつくて、誰かに代わって欲しいんだよね。引っ越しの準備が思った以上に大変で」
長女の家族は一カ月後に引っ越しを控えていて、その準備で忙しくなっていっていた。
「そうだよなあ。でも、こっちはしばらく父ちゃんとは直接連絡取りたくない。ここは長男ちゃんに頼んでみたらいいんじゃないか」
「そうだよね、頼んでみる」
長男への連絡はLINE上で流された。
「長男、お父さんとの窓口業務も引越し終わるまで頼めないかな。年内だけでいいから。
年内は転校手続きで引っ越し先に行かねばならないし、引越ししてもしばらくは色々バタバタするかと。年末入るし」
窓口といっても、話し合いの日程調整が主な役割だ。このくらいなら、地方にいる長男でも引き受けてくれるのではないかと思った。
ところが、長男からの返信は僕と長女の期待を裏切るものだった。
「お父さんとの調整はLINEや電話では無理。俺が東京に行けないし、特にあの年代は会って話す必要があるので会える人が調整をすべきだと思う。お父さんがあまり協力的ではないのなら、なおさらこちらの思いを伝えるためには必ず会って話さないといけないです。
逆のことを言うと会って話すことに勝機があり、LINEを通じて向き合うのではなく、実際に会って向き合い、心から話せばこちらの思いは伝わります。投資系の話も会って話を聞いてしまったから悪い情報も伝わってしまったのだと思っています。お父さんとのコミュニケーションだけに関わらず、どうしたら『伝えた』ではなく『伝わった』になるのか考えていくことが大事なポイントです」
要するに、長男が言いたことは「自分は直接会えないから、父の窓口は実家に近く会える人間がやれ」ということだった。しかし、長男が勘違いをしていると思ったのは、誰も父をLINEや電話で説得しようなどとは思っておらず、直接会うためのアポ取りをして欲しいだけだ。僕は長男の評論家のような態度に頭が来てしまった。評論家ぶって偉そうにコメントしながら、自分は何もしていないではないか。
「言いたいことじゃわかるけど、地方にいても全員の日程調整くらいできるでしょう。長男だって電話で参加するべきなんだし。僕は前回のミーティングから、任されたことをやって来たと認識してます。で、もうしばらくは父ちゃんとは直接連絡取りたくありません。前回のTさんだって、直接会った方がいいからって僕が連絡しましたが、結局電話で十分でした。お願いだから、イニシアチブを取って貰えませんか。僕も長女も限界です。もっと言うなら、新幹線代くらい喜んで出すから、またこっちに来て欲しい。長男だって三男に会った方がいいでしょう」
長女も返信した。
「私の引越し前後だけでも、.本当にシンプルな日程調整だけでいいので。お父さんのこの件は知れば知る程、楽に解決できる問題じゃない。長男の力が必要だし、話し合いについては、一番お父さんと話し合えるのは長男だと思う。私じゃ、お父さんに同調しちゃうし。
長男、仕事が毎日遅くまで大変だと思うし、週末も多忙だとは思う。でも皆んなそれぞれの立場で同じだと思うし、その中でやれる事をやってきたと思うの。窓口は私はまた落ち着いたらやるので、引越し前後を今だけお願い出来ないかな。特にコアの話し合い...お父さんへの対応については、一番長男が上手に出来ると思うの」
しかし、長男からの返事はそこで途絶えてしまった。これ以上は直接話すべきと思い電話もしたが、電話にも出てくれなかった。どう考えても、長男は父の件から距離を置こうとしている。一体、何がそうさせているのだろうか。僕は頭を抱えてしまった。
(17話につづく)
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