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家に帰るまでが遠足なら、裁判はどこまでが裁判?(窃盗) 傍聴小景 #12

「報連相」って仕事の基本ですけど、これってみなさんどこで叩き込まれるのでしょうか。
僕の場合、新卒1年目の会社では、そんなんいいから営業に走ってこーいという感じだったので、別の環境に身を置くまで「報連相」って都市伝説だと思っていました。

昨今では、テレワークも仕事の一つとして確立され、各種ツールによって遠隔でのコミュニケーションも可能になっています。
でも、いつでも連絡できるというのは人によっては逆に大事な連絡を後回しにしたり、やっぱ顔と顔を合わせてできることもある中、それがないがしろにされたりすることもあるので難しく感じます。


とまぁ、4月にもなったので、こんな書き出しから始めてみました。


はじめに

罪名:窃盗
被告人:20代の男性
傍聴席:平均3人

保釈をされているので、自宅からビシッとスーツで来た被告人。

スーツも、20代も決して珍しくはないですが、こと窃盗事件においては少し珍しい気がします。やっぱ窃盗となると、お金に困ってという印象が強いので、あまりスーツを着て、というのと結びつきにくいんです。

まぁ過去には、性別は違いますが、ビシッとスーツを着た、女性の下着泥ならいましたが、


事件の概要(起訴状の要約)

被告人は、スーパーでおにぎり、総菜、日本酒など計9点2,500円相当を自身のバッグに入れて、店外に持ち出す万引き行為を行った。

この内容は正直、意外でした。
先ほどの通り、スーツを着こなすタイプの若者が、普通の食材を求める万引き行為と結びつきにくいためです。
俄然、今後の展開に興味がわいてきます。

検察官からの証拠提示

・被告人は大学卒業まで佐賀県で生まれ育ち、就職で大阪に来た
・仕事や人間関係などがうまくいかず、1年目の8月に会社を退職
・しかし、実家に戻って親に会わせる顔がないなどし、大阪に滞在を続け
 再就職を目指すがうまくいかず、貯金を切り崩していくうちに毎日の
 食事代にも困るようになった

聞いてて辛くなります。どれだけの期間、人に真の相談ができず辛い日々を送ってきたのでしょうか。
傍聴席で聞いている母親も下を向いて震えています。

とはいえ、人に相談しにくいハードルは越えられなかったけど、罪を犯すというハードルを越してしまった以上、これはしっかり更生してもらわなければいけません。


傍聴席にいるその母親が証人として立ちました。


証人尋問(弁護人から)

「証人は、本日どちらからいらしたのですか?」
「……佐賀県から参りました」

「この裁判のためにいらしたということでいいですか」
「……はい、そうです」


お母さん、受け答えはしっかりしてるし、泣いてたりはしないんですが、なんかすっと答えてくれないんですよね。

「今回の事件を聞いてどう思いましたか」
「まさか……嘘ではないか……という思いと、
  ……でも、こんなときこそ……私がしっかりしなければ……と」

「信じられない思いだったということでいいですか」
「……はい」

こりゃ長くなりそうだなと思いつつ、こういうゆっくり話してもらう人だと、メモが捗るのです。

「被告人は、どんな性格ですか」
「とても、……やさしい子です」

「具体的なエピソードなどありますか」
「私が……病気で……入院したときのことです。……息子は言いました。
 「母さん……家のことは僕がやるから……大丈夫だよ」……と」

そりゃ家事くらいやるでしょうよ。
充分に、溜めて出てきたエピソードがこれかいなと、少し肩透かしです。

もう「……」つけるの飽きたので、これ以降は脳内補完をお願いします。

……

……

……

今、「……」なしで下書きしてみて気付いたんですが、抑揚つけないとホント普通のことをばかり言ってました。

とりあえず、ひとまずは実家に戻して、そのあとはまた社会に出て働かせるといった類のことを、延々と言っていました。


裁判って、一応時間が設定されているのですが、今回の裁判に関しては母親の長い長い話を聞いてたら、次が詰まっているとかで、そこで打ち止めになってしまいました。

途中、裁判官も

「弁護人、この質問あとどれくらい続きます?」

とやや呆れ気味に聞いていたのですが、たぶんここから巻いても予定しているとこまで進まないと踏んだのか、
もしくは、その裁判官の問いに対して証人が、

「裁判長様、この子はとてもやさしい子なんです。どうか、どうかそれだけはご理解ください」

と食い下がったので、じゃあもういいよってなったのか、他の裁判に比べても必要以上に長く母親の時間をとっていたかに思えます。

佐賀から、延々と自分語りに巻き込むパワーには脱帽です。


ここまでお読みいただいて、「息子のこと心配してる、いい母ちゃんじゃないか。なんで、そんな冷たい書き方するんだよ」と思うかもしれません。

そう、私、この証人には冷めているのです。


裁判の後の話です。

被告人は保釈をされているので、裁判が終わったら傍聴人などと同じ扉から普通に外に出ることができます。

そしてまさかの、法廷があるフロアから外に出るまでのエレベーターホールで、私と被告人と証人しかいないという事態に。

これは結構気まずいんです。


もし僕が、一番最後に並ぶんだとしたら、わざとゆっくり歩いたり、お手洗い行ったりでそのエレベーターを先に行かせるのですが、今回は僕がボタンを押して来るのを待っているんです。

いきなりポッケからスマホを取り出して、「あっ、もしもし~」って演技をしてその空間から抜け出してもいいのですが、この日はとどまることにしました。

すると、僕が傍聴人であることを知ってか知らずか、後ろの二人が会話をはじめました。


「いやぁ、たくさん話したから、私疲れちゃったわ。
  結構、緊張もしたしね」
息子「そ、そうだね」

「なんかお腹も空いてきちゃったし、何か食べて行かない?」
息子「う、うん..」

ここは母親の「……」を省いたわけでなく、原文ママです。

めっちゃ流暢に話すんです、この人。裁判を終えて息子を無理にでも元気になってもらうためにふるまっているというより、どう考えても裁判の態度の方が演技だったと思えるくらいには。

多分ですが、息子(被告人)は僕が傍聴人であることに気付いているのか、僕の方をチラチラ見ながら、母親があまり調子に乗り過ぎないよう、テンション低めでいる感じです。

「この辺って何か食べるところあるのかしら?」
息子「知らないけど」

「(小声で)じゃあ、前の人に聞いてみちゃおっか

俺を巻き込むな、俺を

すごいな、裁判終わって5分で、法廷があったフロアにいる人に「この辺でご飯食べるところあります~?」は聞けないよ。
これが母の強さなのだろうか…。


息子「いいよ、あとで俺が調べるからさ」

「別にいいじゃない、
  私たち何も後ろめたいことなんてないんだから

あるよ!後ろめたいこと!

別に俺だって、一度の犯罪でずっと後ろ指をさされていろなんて思わないけど、裁判所出るまでは、ちょっと静かにしててもいいんではないか?


裁判のときの印象と違って、なんかこの人緊張感無いなぁと思ったのですが、続きも気になるので次の裁判の日にも法廷に足を運びました。

すると法廷の前の長椅子で、弁護人と被告人と証人が打ち合わせをしていました。
実は、こういう姿は結構目にするのです。別にカギのかかった部屋とかでなく、普通にオープンな場で。

これも自分の居場所が微妙なので、嫌なんですけどね。


「緊張するとも思うけど、頑張ってね」
「はい、わかりました」

「検察官からもいろいろ言われると思うけど、犯行時の
  辛い精神状態とか正直に言ってもらうので構わないから」
「はい、わかりました」

母親「大丈夫よ、私だってどうにかなったんだから」

おい、あんたは黙ってろ!
あなたの巻き込み力基準で物事考えたら裁判は大混乱だよ。

「あとは、もう二度としないという思いが伝わるようにだけ
  心がけてくれたらいいから」
「わかりました」

母親「あと、ときどき「反省してます」って言ってみたりもね」

これ、本当に盛ってないですからね、僕

こんな軽い感じなのに、裁判始まったら下向いて、神妙な母親風を出せるんだから、そりゃあ多少この人に冷たくもなりますって。


被告人質問では、「お酒を我慢するのがきつくて、つい盗ってしまった」という、まぁまぁ心象が悪くなっちゃうことを言った以外は無難にこなしたイメージ。母親と違って、サクサク答えていたし。

その日の裁判が無事に終わり、法廷の外での母親のテンションも前回より絶好調。


母親「今夜は、焼肉よ~」

という宣言に、さすがについていけんと思い、私の根負けを認め違うエレベーターを使ってその親子に別れを告げました。



別に、僕もこの母親が超絶悪い人と言いたいわけじゃないけど、
これだけ明るいからこそ、被告人はどう相談したらいいかって迷っちゃったのかなぁとも思ったりしました。

被告人よ、君は報連相ができなかったかもしれないが、
社会人として「人を巻き込む力」ってのが成果を出す時もあるぞ。そういう意味では君の母ちゃんは一級品だ。

だから、母ちゃんのポジティブな部分は見習いつつだが、
関係ないお店の人を巻き込んだという行為だけはちゃんと反省するんだぞ。

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