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水深800メートルのシューベルト|第944話

 メリンダは、僕に罪を着せようと考えていたに違いないんだ。そのことを疑っていた気持ちを思い出すと、治りきっていない傷のかさぶたを強く引っ張られたような痛みを感じた。しかし、その分、彼女に同情しながらもどこかで彼女との間に存在していた薄い膜が溶けていくような感覚があった。
「僕は、全部許したよ」


 どこか偉そうな言葉だとは思ったが、これが彼女の求めていることで、僕が痛みの後から自然と湧いてきた思いだった。彼女は辛かったのだ。僕の記憶の中に、パパにベルトで打たれた痛みがよみがえる。彼女の告白によってもたらされた痛みは、肉体の痛みの記憶に変わった。パパが死んだ日の痛み。その前にも何度もたたかれた痛み……。しかし、メリンダは、体にも心にも痛みを追って生きてきたのだ。

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