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小説:Limit ~無限の彼方に~  第一章 殺人は柚子の香り 第16話

~~あらすじ 第15話までの内容を忘れた、ココから読み始める方へ~~

藍雛らんじゅは敵組織『ソドム復活委員会』のメンバーであるレイカを追跡する任務に就いていた。レイカ達は、他の時代や空間への行き来ができる『時の回廊』を飛んでいた。藍雛の予想に反して、レイカは4歳児の姿になって藍雛の幼馴染みである洋希ようきが2歳である22年前の世界に降り立ち、彼を柚子アレルギーに見せかけて暗殺しようとする。藍雛は他の時間軸の世界に降りることはタブーだと聞いていたので、レイカの行動に驚くも、時の回廊内から、新型ブラスターで、レイカを始末しようと考える。だが、洋希を巻き添えにすることにためらう藍雛。彼女の脳裏には、洋希と過ごした夜の出来事が思い浮かぶ。思い出から我にかえった藍雛は、今度は、狙いを洋希の治療へと切り替え、二発の薬剤混入ブラスター弾を発射する。浴室内は発煙し、浴室から脱出して拳銃を構えるレイカ。洋希は症状が改善して立ち上がり、浴室の向こうから誰かが助けに来ることを予感する。その時洋希の幼稚園の同級生、一ノ関いちのせき耀馬ようまエリオットが洋希の家に向かっていた。向かう途中、その日幼稚園で洋希と会ったことを思い出していた。耀馬は洋希が教具を使用するのを手伝った後、自分が使っていた教具を他の子に持っていかれて激怒し、感情が押えられなくなり暴れだした。その時、上半身の筋肉が巨大化し、壁を破壊する。彼の感情の波を鎮めたのは洋希だった。

     ~~本編~~

 教室が静寂を取り戻した頃、ガラガラとガラスのサッシが開いた。教室の園児たちの視線を浴びていることを意識しているかのように、ゆったりとした調子で入って来たのは、部屋にいるほとんどの二歳児よりもずっと大きな女の子、レイカだった。彼女は、私服で仕事をしている他の二歳児とは違って、年少児以上の子が指定されている薄いブルーの丸い襟付きブラウスとスカートという出で立ちで、手にはクレヨンや折り畳んだ模造紙を持っている。彼女は洋希を見つけると、目を輝かせて手を振った。彼もこの女の子を何度も見かけた記憶があったので手を振り返した。


 レイカは教室内を見渡し紫色の先生を見つけると、所かまわず走る二歳児たちとは格の違いを見せつけるように、年上の余裕で大股にゆったりとした動作で先生に近づき、おかっぱ頭を下げた。


「先生こんにちは。レイカ、ここでお仕事してもいいですか?」
 先生は、小さなこの園でよく見知っている幼児に許可を与えた。


 原則、園では他の園児の仕事を妨害せず、教具の使用順序さえ守れば、どの教室で何の仕事をしてもいいことになっている。レイカは気分によって普段出入りしている教室の他に、図書室、他のクラスの部屋など、様々な場所に教具を持ち込んでいた。


 彼女は教室の隅のまだ何の教具も広げられていないテーブルを見つけると、そこに模造紙を広げ、一方の端をクレヨンの箱で、反対側の丸みを手でしっかりと押さえた。そこに描かれているのは、ユーラシア大陸の西端と島々――ヨーロッパの地図だった。黒マジックで大陸と周辺の島々を地図を見ながら輪郭をかたどっており、輪郭に囲まれた国を一か国ずつ、内側をクレヨンで塗り潰していく作業の途中だった。


 椅子に座って模造紙を眺め、どの国から色を塗ろうかと思案していると、模造紙の左隅にある大きな島、グリーンランドが目に入った。今度はどの色のクレヨンを使用しようかとまた思案し、口に指を入れる。昨日、グリーンランドの赤と白の旗を見たばかりなので、彼女はどちらかの色にしようと決めかける。だが、赤と白の絵具を混ぜるとピンクになると、先生に教わった知識が顔をもたげた。結局、彼女はおもむろにピンクのクレヨンを取り出し、模造紙を手前に引き寄せ、北極に近い場所から丹念に一定の方向にクレヨンを紙に擦りつける。黒マジックで囲まれた部分がきれいなピンクの斜線の群れで覆われていくのを見ているうちに、彼女は恍惚の表情で、塗りの隙間を作らないように集中して、握ったクレヨンを左右に動かしていく。


 その真剣な表情と、二歳児にとっては珍しい地図製作を目の当たりにする機会に洋希は好奇心を刺激され、型はめの教具をその辺のテーブルに置くと、レイカの机に近づいて、仕事の様子を観察するようになった。彼女は洋希の視線に気づくことなく、ひたすら楓の葉のような形状の島をピンク一色に染め上げることに専心している。
「あー、あー」
 洋希は例かを指差して声を発した。彼女は夢から醒めたようにはっと顔を上げ、洋希と目が合うとにっこりと微笑んだ。


「洋ちゃんだ。レイカねえ、ヨーロッパの色を塗っているの。ここはグリーンランドっていうのよ」
 レイカは得意げに彼にピンク色の地域を指してみせた。

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