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小説:Limit ~無限の彼方に~  第一章 殺人は柚子の香り 第14話

~~あらすじ 第13話までの内容を忘れた、ココから読み始める方へ~~

藍雛らんじゅは敵組織『ソドム復活委員会』のメンバーであるレイカを追跡する任務に就いていた。レイカ達は、他の時代や空間への行き来ができる『時の回廊』を飛んでいた。藍雛の予想に反して、レイカは4歳児の姿になって藍雛の幼馴染みである洋希ようきが2歳である22年前の世界に降り立ち、彼を柚子アレルギーに見せかけて暗殺しようとする。藍雛は他の時間軸の世界に降りることはタブーだと聞いていたので、レイカの行動に驚くも、時の回廊内から、新型ブラスターで、レイカを始末しようと考える。だが、洋希を巻き添えにすることにためらう藍雛。彼女の脳裏には、洋希と過ごした夜の出来事が思い浮かぶ。思い出から我にかえった藍雛は、今度は、狙いを洋希の治療へと切り替え、二発の薬剤混入ブラスター弾を発射する。浴室内は発煙し、浴室から脱出して拳銃を構えるレイカ。洋希は症状が改善して立ち上がり、浴室の向こうから誰かが助けに来ることを予感する。その時洋希の幼稚園の同級生、一ノ関いちのせき耀馬ようまエリオットが洋希の家に向かっていた。向かう途中、その日幼稚園で洋希と会ったことを思い出していた。耀馬は洋希が教具を使用するのを手伝うが、自分が使っていた教具、ハンマーが紛失したことに気づく。

     ~~本編~~

「うわあ。僕のハンマーが!」
 叫ぶ金髪の幼児はすぐに近くに、先ほどまで自分の所有物のように扱っていた教具を手にして仕事をする女の子に目をつけた。女の子の名は鏑木音かぶらぎおと。丸顔で笑う時は目と唇を細くする彼女は、落ちていた宝物を見つけたとばかりに、僥倖に浮き立っていた。


 耀馬はすぐに自分の火のような怒りに駆られ行動を起こした。
「それは僕のだ!」
 と、彼女の前に立ちはだかって、それをひったくった。すると音は、みるみるうちに顔を真っ赤にさせ、自分よりはるかに大きな耀馬エリオットに立ち向かった。その眼にただならぬものを感じた彼は、一旦保護者席へと退散することに決めた。だが、逃げても逃げても烈火の如く怒った女の子は追いかけてくる。耀馬はついに母メアリーの膝元にすがりつき、哀願するような目で母親を見た。


 一部始終を見ていたメアリーは、彼から渡された箱を追ってきた音に渡した。彼女の心は息子への愛情深さからくる慈悲と共に、彼へのしつけを正しく行わなければという使命感も持ち合わせていた。母親は子どもが右手に持つハンマーも取り上げようとした。だが彼は、手を引っ込めて自分の相棒を差し出すのを拒否した。


 マリアは、隣で花梨がどのように諭すのか参考にしようと観察していることを留意する様子も見せず、子どもの目の高さに自分の目を合わせて、強い調子で言った。
「その教具は、さっきまでは耀馬が使っていたもの。いい? でも、あなたは洋ちゃんに教えるために一旦それを手放したの。ここであなたが使う順番は終わったの、わかる? 手放したのを音ちゃんがつかっている。今度は音ちゃんの番なの。全て順番」


 イギリス人のメアリーは、内心、少し厳しい物言いではないかと思っていた。だが、この園では自主性とセットで規律や秩序を守ることを教育方針に掲げており、しいてはそれが子どもの将来のためになるのだと説いていた。園長から何度も教育理念を教わるうちに、彼女も時には幼児に対しても厳しくあらねばという気持ちがなかったとは言えない。彼女は冷たい仮面をかぶっている自分に戸惑いながらも、彼に言い聞かせてみようと口調を強めたのだ。


 だが、その厳しい口調に耀馬は反抗の意を強くしただけだった。彼と同じ青い眼を持つ母の「渡しなさい」と刺すような言葉に、彼は泣きながら徹底抗戦の意志を示した。
「いやだあ!」


 彼は、箱を失うのはやむを得ないにしても、ハンマーの引き渡しには断固拒否する決意を固めた。涙がぼろぼろと頬を伝わり、もはや母も味方にはなってくれないと覚悟を決めた幼児は、手を伸ばしてハンマーを取り上げようとする母から逃れるように飛びすさり、近くにいた音には目もくれず、教室の入口へとよたよたと走っていった。


 幼児が、例えばフォークでかぼちゃを上手に刺せないといった些細な理由で感情が昂って泣き出すのを見たことはないだろうか? この時の耀馬も、音に奪われた教具を諦めきれなかったという瑣末な出来事で、母や先生から教えられ身につけようとしている理性の鎧をあっさり捨て、自分では制御できない激情の波にもまれ溺れていた。近くにある腰板張りの壁を力任せにハンマーで叩きながら歩いた。先生がそれに気づくと「やめなさい」と言いながら彼の方に歩み寄る。それを見てメアリーは、浮かせた腰を椅子に戻し「教室内での子どもの行動に、親の方からはできるだけ介入しない」という園との約束を守れたことに安堵する。


 ドンドンとハンマーで叩きまわる耀馬は、炎のような感情と言う名のジャガーノートに乗って暴れているようなものであった。こんな教室どうなってもいい、壊れてしまえ、そう思いながら腰板に力を入れてハンマーを振る。

     第13話へ戻る 第15話へつづく

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