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「お花を少々…」と言いたくて

最近、弓道を体験した。
高校生の頃、犬夜叉に憧れて弓道部に入った友達Tが、久しぶりに弓を引きたいというのだ。
何も万年合唱部を誘わんでも…とは思いつつ、ノリと勢いで生きている私は、秒で「行く!」と返事をしてしまっていた。
弓道なんて高校の授業でちょっと齧ったくらいだ。薄れかけた記憶を辿ると、その時もTにいろいろ教わったような気がする。内容は綺麗さっぱり忘れてしまったが。

アクセスの悪い綺麗な室内の弓道場で、母校の年季が入った弓道場を思い出しながら、袴に着替える。
Tは初心者の私に、道具の扱い方や弓を引くまでの手順を教えたり、姿勢を微調整したり、褒めちぎったり、何かと世話を焼いてくれた。
そんな彼女が合間を縫って的を射る姿は、それはそれは見事なものだった。


「いや~、道を究めるってかっこいいっすねぇ…!」
後日、Tとも共通の知り合いである先輩に報告をしたところ、
「なんか究めてぇよなぁ、道…!」
という返答があった。話が早い。
(ちなみにその先輩はこちらのnoteに登場している↓)

「侍好きからすると剣道は憧れますね。でも元・剣道部の子がとにかく臭ぇから二度とやんないって(笑)」
「武道はちょっとハードルが高いよね、我々は万年合唱部だから…」
「そうなんですよねぇ。あ、うちの母はお菓子食べたさに茶道部に入ってたみたいです」
「お菓子か…それは動機として強いよなぁ」
食い気が勝つ私たちはすぐ茶道に揺らぎかけたが、どうせ今からやるなら日々に活かせるものがいいと一旦冷静になり、思いつく限りの”道”を出し合った。
究めるべきは一体どの道か…

そこでふと思い出したのが、華道だった。
私はコンサートに出演する機会があるのだが、その度に花束をくださるお客様のなんと多いことか…!チケット代だけで充分なのに、そのご厚意には頭が上がらない。
さて、どんな花も特別なオンリーワンであるのは承知した上で言わせていただこう。その中にひときわ目を引くオシャレな花束があった。
贈り主を確認すると、華道(小原流)を嗜む母のご友人の名前が書かれていた。もともと花屋さんに並んでいたアレンジではなく、ご自身がこだわって選んだという花束は異彩を放っていた。
オンリーワンの花束の中で、あれは間違いなくナンバーワンの花束だった。

「へぇ、華道ってそういうところでも活かせるんだね」
「もっと堅苦しいものだと思ってたので、びっくりしました。
普段からお花を家に飾る習慣があったら素敵だな、ちょっとした丁寧な暮らしって感じで」
いけしゃあしゃあと何を言うてんねん。
花を家に飾るどころの問題ではない、学校の課題で育てさせられたアサガオやトマトはすぐに枯らしてきたという前科がある。
「確かに、活かせる場面が多そう!気づいたらインテリアとかファッションまでオシャレになってるんじゃない?」
先輩は随分とノリ気だ。
「それに私たち、外見はだいぶ磨いてきたんで、次磨くとしたらセンスかなって…」
「違いない。ますます輝いてしまうな」
「罪なオンナだわ…」
盛り上がる盛り上がる。お互いにアリかも?と思い始めたところに、先輩は決め手となる一言を放った。
「それにさ、趣味は?って聞かれたときに、お花を少々…って言ってみたくない?」
満場一致の大賛成である。

この二人がやる気になったらあとは行動に移すだけだ。
そこからなんやかんや調べて、翌月には予定を合わせて華道教室の体験へ行っていた。
華道にはいろいろ流派があるが、その教室は流派を越えて都合のいい時間に開講しているクラスを転々とできる気軽さが魅力だった。
確か体験は、草月流クラスだったはずだ。


記念すべき初作品。


華道って、数学なんだ。
基本となる3本柱の角度や長さの説明を受けながら、頭を抱えた。
この角度に倒した時に長さが3分の2に見えるように、だと?じゃあ実際は何分の何だ?正解がわからない。
まず基礎を教わってから好きなお花を選び、教科書とにらめっこしながら花と向き合う。
花選びの段階で「素敵ですね、紫と黄色は反対色なので相性がいいんですよ」と褒めてくださった先生の顔色を窺いつつ、私は最初の1本の位置すら決めかねていた。
「あ~、ちょっと短かったかも」
そんな私の横で、先輩は花を切りすぎてピンチに陥っていた。

「花の持つ”生命力”を表現したいのよね」と、先生は言った。
主軸となる真ん中の1本の向きを正され、「この方が枝が伸びあがっている感じが出ます」と解説される。
なるほど!とは思うものの、私の知る花の正面からすると斜め45度くらいズレている。花にもキメ顔があるらしい。
これを自分で見極めるのはなかなか至難の業だ。
最終的に先生の手でなんとか作品として昇華させていただき、体験はあっという間に終わった。

当日中に入会すると”入会金無料”というありきたりなキャンペーンを前に、先輩と腹を探り合う。
正直1mmも手応えを感じない。思った以上に数学だったし、己の空間把握能力のなさを痛感した。
あとはお任せします、先輩…!!

「どうする?持ち帰り検討してもいいけど、入会金分であと1回やれると思ったら悩むよね」
「それな。月1のコースにしたら無理なく通えますかね?私たち、どうせ月1以上逢ってますし」
「確かに」
とは言うものの、先輩の表情は読めない。決め手に欠けていて迷っているとみた。
「まぁ、合わなかったらやめればいいし…やっちゃう?」
「やっちゃいますか!」
先輩の「Let’s…?」の問い掛けには、もちろん「GO!」である。
腹を探り合った結果、私たちは華道教室に入会することにした。

帰り道の本音トークで、実は先輩も全然手応えを感じていなかったというから笑ってしまった。
現時点では向いていないけど、いやまだわかんねぇからな…!と、負けん気も相まっての「やっちゃう?」発言だったのが、いかにも先輩らしい。
でも誰かと習い事をするなんて初めてで、わくわくしている。

歌、ピアノ、イタリア語、英語、ダンスを経験している私は、習い事は練習必須で、あっという間に1週間が経つしんどいものというイメージがあった。
その点、華道は月一というスローペースで、空いた時間を選んで通えて、家での練習がいらないのが気楽だった。
しかも月1以上は絶対逢っているおもしれぇ女と一緒に、だ。
都心だから、おいしいご飯もあればショッピングもできる。
花を活けるくらいなら、植物をすぐ枯らし、虫が大の苦手な私でも、ちょうどいい距離感で花に触れられる。
おまけに感性も磨かれると思うと、すべてが我々にとって都合がよかった。

それに、部屋に花が飾ってあるのってなんかいい。QOLが爆上がりだ。

反対色の次は赤一色で。色で遊ぶの楽しい。
儚い。可憐。柔い。すぐ枯れた。
カラフルな花の中で、無彩色なトゲトゲとうねうねに惹かれる私の天邪鬼さよ。


「お花を少々…って言うために、実際にやっちゃうのが私たちのスゴいとこだよね」
「まさか華道をやることになるとは!でもなんやかんや動機が不純な方が長続きしたりするんですよ」
と、華道終わりのティータイムで自画自賛。
念願の「お花を少々…」を言うために、お互いに自己紹介の練習をすることになった。
「私、香椎 玻澄(かしい はずみ)と申します。京都出身の湘南育ち、音楽大学では声楽を専門に学びました。現在は本に関する仕事をしながら、演奏活動をしています。趣味は、お花を少々…」
我ながらなんとも鼻につくプロフィールだ。
先輩も同じように感じたようで、「どこのお嬢様だよ」と大笑いしていた。
せっかく言えるようになった「お花を少々…」を実践する機会は、そう多くはなさそうだ。無念。

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