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外山滋比古『思考の整理学』

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今日は久しぶりに外山滋比古先生の名著『思考の整理学』を取り上げます。いくつか印象に残っている章がありますが、「寝させる」はその一つです。

外山滋比古『思考の整理学』

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寝ている間や朝起きたときに、世紀の大発見をしたという逸話は、古来よりいくつも伝わっています。例えばガウスはある大発見をした記録の表紙に「1835年1月23日、朝7時、起床前に発見」と書き残しています。


外山先生によると、英語にはsleep overという表現があり、これは「一晩寝て考える」という意味だということですが、念のため調べてみたら今では「外泊する」というニュアンスで使われているようです。

Cambridge Dictionaryより

初唐の詩人で、優れた書家としても有名な欧陽詢は、文章を作るときに優れた考えが浮かぶ場所として、「馬上、枕上、厠上」の3つを挙げました。「枕上」を床についてからの時間ではなく、朝目を覚まして起き上がるまでの時間と解釈するならば、起床時に大発見をしてきた偉人たちはまさしく「枕上の実践家」ということになります。

外山先生はこう続けます。

だいたい、夜寝る前にあまり深刻なことを考えるのはよくない。寝つきを妨げる。眠ろうとすると、却ってあとからあとからいろんなことが頭に浮かんでくる。こういうときに、妙案があらわれるのは難しい。

『思考の整理学』p.37

寝る前に面白い本を読むのも、夜遅くなってコーヒーや紅茶を飲むのも、頭に刺激を与えて寝付きを悪くするので、よくありません。

頭を騒がせすぎないことだ。そして、朝を待つ。(中略)いやしくも、ものを考えようとするのであれば、目を覚ましてから床を離れるまでの時間は聖なる思いに心を凝らすことを心がけるべきであろう。

『思考の整理学』pp.37-38

とはいうものの、普段からぼんやりしていては、何も生まれません。考え事があるからこそ、着想が生まれるのです。

外山先生は、一晩寝たらいい考えが浮かぶのではなく、問題から答えが出てくるまでには時間がかかるというのが実態ではないかと指摘しています。

ずっと考え続けていては、かえってよろしくない。しばらくそっとしておく。すると、考えが凝縮する。それには夜寝ている時間がよいのであろう。

『思考の整理学』p.38

外国に「見つめる鍋は煮えない」ということわざがあります。調べてみたら、"A watched pot never boils."という英語のことわざを指しているようです。

早く煮えないか、早く煮えないか、とたえずナベのフタをとっていては、つまでたっても煮えない。あまり注意しすぎては、かえって結果がよろしくない、しばらくは放っておく時間が必要だということを教えたものである。

『思考の整理学』p.39

ことと次第によっては、一晩では足りないこともあるでしょう。問題が大きくなるほど、長い間心の中であたためておかないと、形をなしません。他の問題関心を経由しながら、時間をかけて少しずつ思いを形に捏ね上げていく作業が求められます。

ひとつの小さな特殊問題を専心研究するという篤学の人が意外と大成しにくいのは、「ナベを見つめすぎるから」。このあたりは丸山眞男の「ササラ文化とタコツボ文化」の考察を彷彿とさせますね。


大きな問題ほど答えを見いだすまでに時間がかかるならば、幼少期にどれだけすぐれた素材に出会っているかが重要になってきます。長い間、心の中で寝かせていた「ぼんやりとした光景や経験」が、ある日突然、稲妻がほとばしるように「意味をなす」ことがあります。

寝かしていたテーマは、目を覚ますと、たいへんな活動をする。なにごともむやみと急いではいけない。人間には意志の力だけではどうにもならないことがある。それは時間が自然のうちに、意識を超えたところで、おちつくところへおちつかせてくれるのである。

『思考の整理学』p.40

どんなに努力をしても、どうしても成就できないことがあります。それには時間を味方につけるしかありません。

幸運は寝て待つのが賢明である。ときとして、一夜漬けのようにさっとできあがることもあれば、何十年という沈潜ののちに、はじめて形をととのえるということもある。いずれにしても、こういう無意識の時間を使って答えを生み出すというところに、我々はもっと関心を抱くべきである。

『思考の整理学』p.41

このような考え方は、若い頃にはどうしても理解できない部分があるでしょう。なぜなら中学受験、高校受験、大学受験や学校の定期考査など、ありとあらゆる試験の成績は、本人の重ねた努力に比例するという根強い信仰・信念が教育現場で機能しているからです。

大抵の試験には制限時間が設けられています。特に入学試験など、受験生に順位をつけて選抜する試験の場合は、いかに短い時間で正しい答えに辿り着くかの能力が問われます。つまり「ナベをどれだけ熱心に見つめ続けてきたか」がモノをいうわけです。

しかし、世の中は努力だけではどうしようもならないことの方が多いという残酷な事実を、多くの人は大人になって何度も思い知らされることになります。そんなときは、「見つめる鍋は煮えない」を思い出すべきです。



私も『思考の整理学』のこの章を読んでから、目の前の努力ではどうしようもならない問題にぶち当たったときは、夜通し悩み続けるのはやめて、とにかく一回寝て頭を冷やすようにしました。

朝になると、うまい解決策がひらめいたりして、案外なんとかなっているものです。

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