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間奏 『千粒怪談 雑穢』

神沼三平太『千粒怪談 雑穢』竹書房怪談文庫 2022

あなたを呪詛にかけて、何処か遠いところにまで連れて行こうと思う。

前掲書

 前書きにいきなり痺れる。
 怪談本というと、中に書かれている怪談がメインで、それさえ面白ければよいと思っていないだろうか。もちろん、中身が面白くないというのは問題外だが、あなたがもしも前書きを読み飛ばしてしまっているのであれば、怪談本の醍醐味に触れぬまま読書を終えてしまっている可能性がある。前書きと後書きのある怪談本は、それらを必ず読んだ方が良い。これは怪談本読書の鉄則だ。
 特に、前書きにはコンセプトが書かれていることが多い。それはつまり本の著者自らが、読者に向けて、当該本の楽しみ方やセールスポイントを語ってくれているということだ。読者はここで読書に一つの筋道を与えられることとなる。もちろん、そんなの余計なお世話だ、自分は好きなように読み、好きなように感じる読書がしたいという意見があることはわかる。そういう方は一度目は自由に読めばよい。だが、せっかくなら1冊で色々な読書体験をする方がお得ではなかろうか。その本の著者が何を考え、何を伝えたいかを明確化してくれているなら、それを意識して読むことで、あなたが読書から得られる報酬はただ漫然と読むよりも、何倍か何十倍かになって返ってくるだろう。これを私はconcept based readingと呼んでいる(実は今考えました)。
 わずか3行、10秒以内で読める怪談が全部で千話収録されている。これは尋常な書物ではない。一人で百物語を10回分やっているのだ。百物語を終えるごとに、幽霊が出るというのだから、神沼氏は少なくとも10回は怪奇現象を身に受けていることとなる。そうまでして、氏が伝えたいこととは何か。1日1怪として、私たちを2年8ヶ月も楽しませるためか。それも、当然あるだろう。だが、もうひとつ、この本には明確なコンセプトが存在する。話はここで冒頭の一文へ戻る。
 冒頭の宣言における、何処か遠いところに連れて行くとは、蓋をしていた記憶を開くということだ。

あなたには、百物語十回分の呪詛を掛ける。読んでいるうちに、閉ざされている記憶の蓋が開く。(中略)今度はあなたの怪異体験の記憶が、別の人の記憶の扉を開くのだ。

前掲書

 そう。この本は記憶の扉を開くための本なのである。しかもそれを連鎖させるという意図を持っている。一度でも、怪談会を見たり聞いたりした人ならわかると思うが、怪談師が「今の話を聞いていて思い出したんですけど」と言うのを頻繁に耳にする。怪談だけに限らないが、対話というのは人の記憶の蓋をこじ開ける、呼び水のような役割を持っている。日常生活でもそのような体験は誰にでもあるはずだ。だから、対話というものは必ず取り留めもない方向に発散していく運命にある。会議の場面でも、議題とは全く違った話で盛り上がってしまい、誰からともなく軌道修正が入るのはそういうわけからである。会議ならば、無軌道に発散するのは褒められることではないだろう。だが、怪談は違う。
 怪談は増殖することを望んでいる。ある人が怪談を語るとき、それは誰かを怖がらせると同時に、新たな怪談を誕生させてもいる。そうして、怪談は怪談を呼び、無限の連鎖で未来永劫繋がっていくこととなる。
 神沼三平太『千粒怪談 雑穢』は怪談ブレインストーミングの書である。私も本書を読むうちに記憶の蓋が開かれて、これまで封印されていたいくつかの奇妙な話を思い出した。そのうちのほとんどはtwitter https://twitter.com/@oitakwaidanに書いたが、まだいくつか話が残っているので、まとめてここに掲載しておく。これが誰かの記憶の蓋を開け、怪談の増殖に少しでも貢献できるのだとしたら、こんなに幸福なことはない。

1
 友人宅の天井に顔が浮き出たという。数人で見物したが、実に微妙な代物だった。むしろ、柱に多数かけてある不気味な笑顔のお面が気になったので、指摘すると「変な冗談言うな。怖いだろ」と皆見えていない様子だった。その後ずっと、クスクス笑う声が聞こえていた。

2
 幼少期深夜2時に目が覚めた。暗闇で身を固くしていると、外からカキーンという音の後に、空間が震えるほどの大歓声が轟いた。ナイターだ!とワクワクし、歓声を聞くうち,いつの間にか寝ていた。何回か同じ事があったが、今なら怖くて興奮どころではないだろう。

3
 授業中、同級生の女子が悲鳴をあげた。聞けば、突然青い着物の女が教室に入ってきて、窓際の彼女の席まで来ると、そのまま開いていた窓から外に出たという。4階である。女は空中をしばらく歩き、彼女を振り返り微笑むと、急降下して消えたそうだ。

4
 名前を知られると死ぬという地蔵がある。だから、一度試してみたとその子は言った。紙に書いた名前を地蔵に見せたという。「生きてるじゃないか」と反論したら、「知ってるでしょ、うち母子家庭」と返された。色々訊きたかったが、それ以上詮索するのはやめにした。

5
 彼女はその日生まれて初めて心霊スポットを訪れた。白い小さな光が見えたという。それはゆらゆらと近づいて来て、いきなりスッと彼女の下腹部に侵入し消えた。刹那、彼女を人生最大の便意が襲った。彼女はその日生まれて初めて草叢で便をひりだした。

6
 友人の話。階段を登っていたら、突如眼前に首から上のない緑のドレスを着た女が現れて、突き落とされた。幸い軽傷で済んだが、それから時々、首から上だけの女が現れるようになった。決まって耳元で「私はああやって殺されたの」と囁くという。

7
 地上345m の展望レストランで友人と食事をしていたら窓外に蝉が止まった。こんな高所に蝉?とびっくりしていたら、友人が「先頃亡くなったお婆ちゃんが会いにきた」と蝉を見て言った。蝉は鳴きもせず、食事中じっと窓外にいて、食事が終わるとそっと飛び去った。

8
 美容室でUFOの話をし始めたら、一瞬も違わずBGMが消えた。そして、話が終わると同時に一瞬も違わずBGMが再開した。思わず美容師と顔を見合わせた。彼の仕業ではないという。多分、メン・イン・ブラックが監視していたのだろうとの結論に至った。

9
 30年前、強力な尿意に目が覚めた。午前5時20分。なぜだか鮮明に時計が目に入った。だが、意に反し尿はわずかしか出ず一瞬で終わった。「早く準備しなさい!」トイレから出ると母が大層な剣幕で怒っていた。時計を見ると午前7時45分。遅刻確定だった。

10
 友人が夜中に峠をドライブしていた時のこと。「工事中」の看板があり、迂回路を進んだ。しばらくすると全く同じ看板と迂回路があった。同じ状況を5、6回繰り返すと流石に奇妙に思え、降りて確かめようとした。車を無数の狸が取り囲み、こちらをじっと見ていた。

11
 知らないおじいちゃんの漕ぐ自転車の後ろに跨って通天閣付近を縫い走る。その後、そのおじいちゃんの家でご飯を食べた。「おのれの茶碗はずっととってあるからな。いつでも来い」と言われた。幼少期の幸せな記憶。家族は誰も大阪に連れて行った覚えなどないという。

12
 その夜、彼は寝苦しくて目が覚めた。金縛りで体が動かない。大きな男がうつ伏せで上に乗っていたが、ちょうど男の股間に彼の顔が位置していた。何だか嫌な予感がしたという。ブホッという物凄い音がして、強力なメタン臭に彼は気を失った。気づくと朝だった。

13
 喉の奥がイガイガするという女性の咽頭を観察したら、小さな赤ちゃんが喉の奥からこちらを見てにっこりと微笑んだ。その後、呼吸音を聞こうと胸に聴診器を当てたら、赤ちゃんの喃語が聞こえた。女性に妊娠経験はないという。カルテには風邪と書いておいた。 

 神沼氏も言っていますが、みなさんもぜひTwitter #雑穢で思い出した話を呟いてみてくださいあなたの怪異が別の怪異の扉を開きます。

では、次回は0003 A-side 山の牧場です。

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