対話で人と人は分かり合えるのか?

「話し合えば人は人と分かり合うことができる。だから対話は大切だ。」という主張をよく耳にする。

しかし、これは本当だろうか?

私は人と人は真には分かり合えないと思っている。無論、対話によってある程度お互いが納得し、分かり合える場合があることは否定しない。

私が否定したいのは、すべての事柄において、対話をすれば人は分かり合えるという固定観念である。対話で全て分かり合うことができるなら、領土問題、戦争は地球上から無くなっているはずだ。

私が推奨するのは、分かり合えなかったからといって、その人が対話を怠ったと考えるのはもうやめにしようということだ。

人にはその人特有の一生涯かけて築いた価値観があり、それに基づいて色々な事柄を判断、決定している。それを他人の言葉を以って覆すことは容易ではないのだ。

対話をすることは大切だが、対話が全てを解決するわけではないし、どうしても意見が合わない人間とは、互いに攻撃するわけではなく距離を置くことが大切ではないだろうか?


なにが「話し合おう」だよ……答えの無い議論なんてどうせ口の上手い奴が勝つんじゃねーか……


これは漫画「おやすみプンプン」の一節である。

現代社会では話し合いというものが重宝されがちだが、結局、話し合いで導かれる答えというものは、口が上手い人間の誘導した答えや、権力を持った者の発言内容に左右され、真の意味での正解が出されるわけでは無いのだ。

対話でお互いに分かり合えなくてもいい。ただお互いの価値観が異なるという事実を認容した上で、妥協したり、距離を取る。これが大人の処世術ではなかろうか。

そして幸運にも、対話によって自分と分かり合える人間が現れたら、その人のことを大切にしよう。お互いの価値観に共感しあえる人間なんてそうそういないのだから。


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