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【創作】 青の森-0

 澄んだ深い青色に、金色のきらめきが星のように散らばっている。

 目の前にある紺碧の空は舞台の幕のような重厚さを醸し出していた。しかし、手で触れようとするとそこには何もない。届いている気がするのに景色は何も変わらない。ぬるい風を切るように感じたが、やはり「何もない」の方が正しい気もした。きっとどこまでも青が広がっている、と直感でわかる。それは何度手を往復させようと変わらなかった。

 星以外何もない青い空間で、手をひらひらさせる自分の光景を思ってふ、と笑う。ぐるりと一周して見渡しても、繋ぎ目一つなかった。プラネタリウムの半球よりもなめらかな世界が自分を包んでいた。自分の夢にしては、出来過ぎているくらいの光景だった。

 ふいに足元で何かが光った。見下ろせば、古ぼけた木の看板に光で矢印が浮かび上がっている。急に生えてきたように感じた看板はしゃがんだ自分の膝丈より小さかった。丁寧にやすりがかかっているのか、断面にささくれはない。板が着いた枝の方はゴツゴツとしていて加工されていないようだった。小さいながらオシャレさを感じるつくりをしていた。キノコ型の間接照明が下から照らし出しているのも、演出に一役買っているように思う。キノコの白い傘にそっと指先で触れると、無機物とは思えないほどやわらかい。ぽんと指ではじくと、傘の下から粉が降ってきた。その胞子のような粉はしずかな乳白色をしていて、地面の凹凸に沿ってうっすらと積もった。それを指ですくえば、一本の筋が生まれる。指先に乗った白粉を親指で擦ると、さらりと消えた。

 ぼんやりとそれを眺めていて、はたと疑問が浮かんだ。

 さっきまで、地面、あったっけ。

 無かったはずだと、答えが出て弾かれたように立ち上がる。数分前に自分を包んでいたのは広大な星空だったはずだ。しかし、その時足元はどうなっていたのか思い出せない。あったはずの記憶が立ちくらみと共にとけていくような感覚だった。描けたはずの光景が曖昧になっていく。その心もとなさに目を瞑って足を踏みしめた。支えが欲しくて手を伸ばせば、丁度良い高さにあった何かに手がぶつかった。掴んでみてわかったが、それはなめらかな木材だった。

 おそるおそる目を開けた。瞬きをして、ひどい立ちくらみを乗り切ったことを確かめた。自分の足と、横にある木の幹、そして根元を照らすきのこが見える。今度は違う意味で瞬きをする。支えになってくれた木材をぎゅ、っと掴みなおした。撫でつづけたくなるなめらかさ。隣にはふわりと白い粉を舞わせながら、当たりを照らすきのこ。まるで先ほど見た光景の中に入ったようだった。

 何が起きているんだ。

 訳が分からなくなって天を仰いだら、うっそうと生い茂る木々が空を覆い隠していた。遥か彼方に、瞬く星が見える。空とまじりそうな青緑の木々は美しいが、畏怖を感じざるを得なかった。

 ここ、どこなんだろう。

 様々な混乱にぼうっとする頭でそんなことを考えた。暗い色ばかりだった視界に光が通った。その残像を凝視していたら、鼻の先に蝶が止まっている。

「ヒッ!」

 喉からひきつった声がでた。おもわず鼻をおおって後ずさる。焦る自分をよそにひらりと飛んだ蝶は看板に止まった。よく見たら羽の形も模様も歪だった。

「ココは、アオノモリ。」

 その蝶のような生物が笑いかけるように、羽を揺らした。

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