映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』感想

この記事はネタバレを含みます。敬称略

監督:ロン・ハワード、録音:クリストファー・ジェンキンズ

天賦の美声と明るい人柄で世界中から愛された世紀のテノール、ルチアーノ・パヴァロッティのドキュメンタリー。

冒頭、これが初公開というプライベート映像。コンサートでブラジルを訪れたパヴァロッティは、アマゾンの奥地マナウスにあるアマゾナス劇場をアポなし訪問する。「カルーソーが歌った舞台で俺も歌ってみたい」という、単なる思いつき。計画性がなく気まぐれでワガママな彼に周りはいつも振り回されっぱなし。しかしそこで歌われたトスティの「かわいい口元」の、なんと小粋で愛らしいことか。その場に居合わせた人々は幸せだったに違いない。

アマチュアのテノールだった父親の才能を受け継ぎオペラ歌手のキャリアをスタートさせたパヴァロッティ。コヴェント・ガーデンでのディ・ステファノの代役(『ラ・ボエーム』のロドルフォ)で頭角を現しデッカと契約。サザーランドの相手役に抜擢され(彼女のお腹を触って横隔膜の動きから呼吸法を学んだという!)、METで成功して後にここを活動拠点とし「キング・オブ・ハイC」の異名を轟かせる。敏腕マネージャーのハーバート・ブレスリンと組んでコンサートにも進出(ハンカチを持つスタイルはこの男の発案らしい)。後年パートナーをテリ・ロブソンに替えオペラからコンサートに比重を移しロックスター並のポピュラリティーを獲得、三大テノール世界ツアーやチャリティーと活動範囲を拡大し続け、レコードも飛ぶように売れた。いっぽう一部のオペラファンからは「堕落した」と烙印を押され、再婚騒動ではカトリックの中心地である母国で非難囂々…と波乱万丈の人生が彼のさまざまな歌唱映像と共に綴られる。歌の素晴らしさについては多言を要すまい。「オ・ソレ・ミオ」「冷たい手を」「人知れぬ涙」「女心の歌」「衣装をつけろ」「誰も寝てはならぬ」……。

ところでパヴァロッティ晩年の歌唱についてはどう考えたらよいか。METにてオペラ復帰を果たすも、スピント系を歌いすぎて全盛期の高音の輝きが失われた彼の声に対し否定的な意見を述べる観客達(僕自身もよく聴くのは70年代のドニゼッティの録音だったり)。いっぽう友人であったボノの「連中は歌をわかっていない」「有名な曲を歌うとき歌手は何を差し出す? 唯一差し出せるものは自分の人生だ」という話もわかる気がする。最後のオペラ出演(指揮はドミンゴ)となった『トスカ』の「星は光りぬ」は『ラ・ボエーム』のミミではないが、沈みゆく太陽のような美しさを思わせた。今は、亡くなったばかりのミレッラ・フレーニと天国でデュエットでもしてるんですかね。

(9/4、シネ・リーブル神戸にて鑑賞)

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