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わからないからかえって気になる"大人の"絵本作家・エドワード・ゴーリーの素顔

一癖も二癖も三癖もある絵本作家、エドワード・ゴーリー(1925-2000)が気になってしかたがない。
彼の絵本を読んでいると、うんともすんとも反応しない、黒い鉄の玉が思い浮かぶ。そこには希望のかけらさえなく、読者の解釈をいっさい寄せ付けないかたくなさがある。
いったいこの人は何のために作品を作ったのだろう? 

自分の愉しみのため?
それにしてはどの絵本も暗い。むしろ苦しみのために作っているのでは、とさえ考えたくなる。

お金のため? それはそうだろう。
でも、それにしては1ページに注がれる労力が半端ではない。

考えれば考えるほどにわからなくなってくる。そして忘れることができなくなる。あるいはこれこそ、エドワード・ゴーリーの戦略だったのだろうか。

インタビューから見えてくるゴーリー

具体的な作品については別の機会に触れるとしてーーというか、作品といっしょに論じようと思ったのだけれど、インタビューを読めば読むほど、エドワード・ゴーリーその人への興味が肥大化してきた。

なので、ゴーリーという人は人で、ひとつのテキストにまとめておきたいと思った次第だ。網羅的にまとめるつもりはなく、Wikipedia情報にもあえて頼らない。インタビュー集を読んで印象に残ったことをいくつか記しておきたい。

本記事の目的は、私自身があの一筋縄ではいかない絵本たちをもっといろいろな角度から愉しむための手がかりを得たいと思ってまとめたものだ。

おそらく、ゴーリー作品を前に途方に暮れている、同じ思いを抱いているみなさんにも活用していただける情報だと思う。

ゴーリーの奇妙な身なり

まず、彼のトレード・マークといえば、ジーンズに、スニーカーに、毛皮のコートに、手指にはまっているいくつもの指輪、そして立派な顎ヒゲ
なぜそんな格好をしているのか、インタビューではついにその理由はわからなかった。

ゴーリーの奇妙な習慣

生前、ニューヨークに住んでいた頃は、絵本作家としてより、大のバレエ好きとして知られていたようだ。上のような奇妙な身なりで劇場に通い、何をしている人なのか判然としないが劇場によくいる奇妙な男、ということでも地元では知られていた。

ともあれ、その「好き方」が半端ではない。彼が贔屓にしていたのは「ニューヨーク・シティ・バレエ」というバレエ団だ。なんと、ゴーリーは彼ら彼女らの公演を1日も欠かさずに観に通っていたというのだ。さらにはリハーサルの見学にまで出かけてもいる!

ええ、たしかにすべての公演を見ています。だって、忘れられないような名演がいつ現れるとも限りませんから、ガラガラの土曜日のマチネなんかで、ダンサーたちが夢のように踊っていることだってある。

『インタビュー集成』p.28

他にも、1日に3本というペースで映画を観続ける日々があったり、出かけるたびに本やレコードをしこたま買い込んだり、といった習慣もあったようだ。フリーマーケット通いも愉しみにしていたようだ。

このように、何をするにも凝り性で、過剰にならざるをえないゴーリー傾向はひとまず無視できないだろう。

ゴーリーの好きな本・映画・その他

シカゴ出身のゴーリーは、1946年1月に軍を除隊になった後、ハーヴァード大学フランス文学を学んだ。

そもそも彼がみずから読書の習慣を身につけたのは、3歳半の頃だったという。その読書遍歴の最初期に読んだ作品として彼は、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(のちに舞台化に関わっている)、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を挙げている。あと、A・A・ミルンの『くまのプーさん』も。

そんな彼が生涯なんども再読し、暗記したほどの愛読書がいくつかある。

ひとつは『自負と偏見』などで知られるジェイン・オースティンの作品すべてだ(「神のような存在です」、とまで語っている)。そして、紫式部の『源氏物語』(ウェイリー訳)。

アガサ・クリスティの推理小説もぜんぶ。「実録犯罪もの」にも非常に関心があった。彼は子どもが残酷な目に遭う絵本を何冊か書いている(『おぞましい夫婦』)。一時期は、死んだ赤ん坊を写したポストカードを集めている、とみずから平然と語っている。とはいえ、いわゆるその種の倒錯があったわけではなさそうだ。

エドワード・ゴーリー『音叉』より

ムージル特性のない男』、ボルヘスベケットなどもよく読んでいる。
ちなみに、ゴーリーが、嫌いだと公言している作家のひとりに、『ねじの回転』などで知られるヘンリー・ジェイムズがいる。理由は、読者が想像する余地すらないほどに書き込むからだそう。

19世紀の偉大な長い小説が大好きなんですよ。19世紀の版画は、もちろん大きな影響がありました。わたしの作品はどうも19世紀版画のようには見えないけど、根っこにそれがあることは明らかです。

『インタビュー集成』p.57

とも語る。ゴーリーはヴィクトリア朝を偏愛し、作品にもそれは色濃く反映されている。

小説以外では、精神分析C.G.ユング比較宗教学ミルチア・エリアーデを読み漁っていた時期もあるようだ。

ゴーリーはまた、サイレント映画への偏愛も語っている。他方で、しばしばトーキー映画をけなしてもいる。
彼がもっとも影響を受けたと公言しているのが、フランスの映画監督ルイ・フイヤード(1873- 1925)。代表作として『ファントマ』がある。

さらには、成瀬巳喜男監督。代表作は『浮雲』『流れる』『乱れる』など。

実は、わたしがもっとも尊敬している存在のひとりに、成瀬という日本の映画監督がいて、わたしは彼をフイヤードと並ぶ存在だと考えています(フイヤードのように、わたしにとてつもない影響を与えたわけではありませんが)。(……)たいていは、戸外・室内と説明的ショットがあり、カメラはほとんど動かないし、派手な演出はなにひとつない。映像は美しいけれども、自己主張したりはしない。

『インタビュー集成』P.188

まるでゴーリー自身の美学について語っているかのようだ。

最後に、なんといっても彼にとって崇拝の対象となっているのが、バレエ振り付け家のジョージ・バランシン。ゴーリーは実際に会ったこともあり、彼の人間性についてはそれほど買っていなかったようだが、バランシンの才能はもう、神のごとく崇めている。そんなこともあるのだな。

そして何より、共に暮らしていた猫たち

『インタビュー集成』の挿絵

ゴーリーを読むために "見立て”による愉しみ

ゴーリーは本、絵画、バレエなどからあらゆることを吸収し、作品に詰め込んでいること(すぐに詰め込みたくなること)をインタビューで何度も口にしている。いわば、ブッキッシュな引用の織物としても読めることがわかってきた。

一方で、彼は作品を作るさいに、作為を好まなかった。というより、そもそも、それではうまくいかない、「腰をおろして本の内容を組み立てにかかる、なんてことはできなかった」。

ゴーリーには、「取りうる道はあまたあるが、選択という行為はない……」ではじまる、パトリック・ホワイトによるお気に入りの言葉がある。それについてのコメントを、少し長くなるが引用したい。

なにかある状況が起こったとして、人はああするかもしれないし、こうもするかもしれないし、第三の可能性だってあるかもしれない。だけど、わたしたちは結局「選んで」はいないわけです。実際には、なにも選び取ってはいないんですよ。すべてが向こうから目の前にやってきて、それが選択肢になるわけです。たとえば、作品の主題を選ぶわけにはいかない。恋する相手を選ぶわけにはいかない。これまでわたしが猛烈に、無分別に触れ込んだ相手を思い返してみると、じつのところ、どれもひとつの同じ人間なんですよ。決して変わることのない経験の領域、というのは誰にでもあると思います。人は同じことを何度も繰り返してしまうんです。

『インタビュー集成』p.120

彼は、かぎりなく無意識の領域で作品を創造していた節がうかがえる。だから、"それ"が彼自身にとって何を意味するのか、さらには読者にとって何を意味するのかなど考えもしないという。

彼の一連のナンセンス絵本は、意図的に意味を排したわけではなく、結果的にナンセンスになった、というほうが正確かもしれない。というのも、物語らしきものがある作品が皆無というわけでもないからだ。

あの不穏で不気味な絵本たちをただ怖いものみたさで愉しむのもひとつだが、ゴーリーが偏愛する人・もの・時代などをプリズムとして作品を読みなおすと、まったくちがった相貌で見えてくる。

上で紹介したように、例えば、

①ヴィクトリア朝の風俗・衣装
②バレエ
③サイレント映画

といった形式による見立てでゴーリー作品を眺めてみるだけでも、ずいぶんと見え方が変わるし、いろいろな発見がありそうだ。
つまり、ヴィクトリア朝の時代劇。バレエの舞台。サイレント映画作品……として読んでみるのだ。

例えばバレエの見立てで読むだけでも……

バレエを直接主題にした本は2冊書いているものの、
ゴーリー作品に登場する人物たちの立つ姿勢や身振りなどはどれも、バレエダンサーのそれに酷似していることが見えてくる。

そうした形式による見立てが、ミルフィーユのように複層的に積み重なって作られているのが、ゴーリー絵本の大きな魅力であることがわかった。

そういえば、日本の能楽との類似を指摘しているインタビュアーが1人だけいた。なるほど、これもまた、見立てによるミニマリズムの極致だ。これはたいへん鋭い指摘だ。

これらを踏まえ、今後ゴーリーの再読を愉しみたいと思う。みなさんもぜひお試しあれ。


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