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事実が先。解釈は後。もしくは要らない。第三者としての関わり方。

私は仕事柄人と人の間に立って両者の利害関係を調整する役割を担っています。

第三者的な立場で双方の意見を聞く立場でもあり、伝える立場でもあります。

このときに私が大事にしていることがあります。

それは双方に事実のみを伝えること。

私の解釈は後で求められれば答えるし、求められなければ答えない。

余計な色は付けません。

例えば、コップ一杯200mlに100mlの水が入っている状況を私が依頼者に伝える指示があった場合、私は「水が100ml入っています。」と伝えます。

間違っても「100ml【も】入っています。」とか「100ml【しか】入っていません。」とは言いません。

100ml「も」と伝えることで、相手に水が多く残っている印象を与え、本来水を継ぎ足す必要があるにも関わらず、継ぎ足しをしない結果に繋がる可能性があります。

逆もしかりで

100ml「しか」と伝えることで、相手に水が少なく残っている印象を与え、本来水を継ぎ足す必要がないにも関わらず、継ぎ足す結果に繋がる可能性があります。

こんな単純な例は普段の仕事の場面ではありませんが、ほんの僅かな表現の違いでも判断・結果が左右される可能性があるのです。

勿論事実のみを伝えることで不和が起きる可能性がある場合は、背景にある事情をよく話し合ってもらうように働きかけ、私を介してではなく、双方話し合いの場を設けます。

依頼者がやるかやらないかを決めるとき

トラブル(多くは人間関係、人為的ミスに付随するモノ)の解決を図るとき

利害関係の落としどころを探すとき

どの状況であれ、私はこの姿勢を徹底し、事実のみを伝えます。

第三者は判断材料をそのまま運ぶだけです。

余計な添加物を入れて、素材本来の味を無くしてはいけないのです。

もし私が解釈を伝えるときは二つの場合のみです。

一つは明らかに不正や事故、倫理的に反した結果に繋がると予測されるとき。

もう一つは「及川さんはどう思いますか?」と私自身の解釈を聞かれたとき。

この二つのことに当てはまらなければ解釈は伝えません。

第三者として依頼者の間に立つべき人間として学びの最中にいる私ですが、周りを観察していると第三者として関わる人の在り方が物事を良い方向に進める原因にもなり得るし、余計ないざこざや悪い結果を生む原因にも成り得ることがよく分かります。

第三者の立場に立つ人は判断・結果を左右しかねない立場であることを理解する必要があります。

また依頼者側に立った時、第三者を置く必要がある場合、事実と解釈を混同する人は第三者として間に入れないことです。

依頼者利益や全体利益(全体最適)を優先せず、個人の利益を追求する人も第三者の立場に入れてはいけません。

自己利益を確保するためにあたかも解釈を事実のように言ってくる事象が必ず現れます。

第三者の立場は依頼者利益、全体利益(全体最適)を優先することが当たり前だと思っている人、自己利益の追求に走らない人が適任です。

第三者の関わり方をしている人は第三者としての在り方の参考に、第三者を置く必要がある人は誰を第三者に置くべきかの参考になれば幸いです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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