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地域で楽しく過ごすためのゼミ 22年1月

2022年1月24日、地域で楽しく過ごすためのゼミが開かれました。

今回の課題図書は『地方創生のファクターX』(製作:島原万丈(LIFULL HOME'S総研) 2021年)です。なお本書はWEB上にて全文閲覧可能です。
担当は渡辺です。
この文章では、実際にゼミで使用した要約文章を掲載します。

〈以下要約〉

本の選定理由

本書はLIFULL HOME’S総研が年に一回程度発刊している住まい方に関する研究レポートで、2021年に発刊されたものである。これまでのレポートの中で、地方創生を中心的テーマとして取り上げたのは今回が初めてであったので、このゼミで取り上げてみようと思った次第である。

本の主な主題

 本書は、これまで地方創生の議論において見落とされてきたファクターXを検証するというものであり、そのファクターXとは日本のあちこちに偏在している不寛容な空気であるというものである。その仮定を元に全国的なアンケート調査を行い、その仮説を検証していくのが本書の主な筋書きである。

※全文の要約を行うとあまりに膨大になるため、本書の中心的と思われる部分だけを要約しました。その他の部分については本文をご覧ください。

Intro 室生犀星の上京 ―地方を考えるための東京論として(島原万丈)

ふるさとへの決別

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの

『抒情小曲集』(室生犀星 1918)

 この詩は、金沢生まれの詩人で作家の室生犀星の詩「小景異情(その2)」の2行である。この詩を作ったとされる1909年には、彼はまだ上京しておらず、小旅行を除き一度も金沢を出たことはなかった。つまりこれは、いつかふるさとを捨てる決意を読んだ詩なのである。そしてその決意は「たとえ、落ちぶれて見知らぬ土地で乞食になったとしても」と言うほど強い。

室生犀星のふるさと

 室生犀星は、1889年加賀藩の足軽組頭だった小畠弥左衛門吉種と女中との婚外子として生まれ、私生児を恥じる父により、雨宝院の住職・室生真乗の内縁の妻ハツの養子に出される。義母ハツは気性が荒く、子どもに対して虐待まがいの厳しい折檻をした。このような生い立ちのせいで、犀星の金沢時代は、劣等感に苛まれ暗く孤独なものであった。周囲とうまく合わせることが出来ず学校や職場になじめなかった犀星は文学にのめりこんでいく。

東京での青年時代

 1910年、犀星は21歳で上京する。上京後の下積み時代を書いた『或る少女の死まで』(1919)には、金沢時代と違い、他者との親密な交流の中で生きる青年期が描かれている。特に下宿先に住む母子世帯の9歳の娘ふじ子との交流は、犀星の心の救いだった。物語の終わり、ふじ子の訃報を受け取った犀星が読んだ詩は、人を愛する事を知らずに育った人間とは思えない深い愛情に満ちている。犀星を変えた東京とはいったいどんな街だったのだろう。

異土の乞食になるとても

 犀星が初めて上京した当日の事は『洋灯は暗いか明るいか』(1972)に記されている。上京初日に言われた友人の言葉から、犀星は東京の基本原則が自己責任であり自助であることを学んだ。ただ、それは自由な個人主義の裏返しでもある。他人の過去など誰も気にしない自由な空気が、犀星の劣等感を取り去った。一人でうらぶれる自由がある街、それが犀星にとっての東京であり、現代の地方出身者にとっても変わることのない評価かもしれない。

問題意識と仮説 ―不寛容な空気が地方を滅ぼす(島原万丈)

Part.1/コロナ禍があぶり出した日本社会の悪癖

0.本研究の出発点

 本報告書はコロナ禍の騒動に端を発する。自粛警察を代表とする不寛容な同調圧力は、コロナ禍に限らず社会に偏在しており、当事者の息苦しさの原因になっているのではないかというものである。本研究は地方創生の議論に寛容性という論点を付け加えようとするものである。その基本的なアイデアは、若者の価値観に対して不寛容な地域からは若者は流出して戻らず、寛容な地域は多様性を生み出し、その住人を幸福にするという仮説である。

1.同調圧力が招いた悲劇の歴史

1-1.壮絶な差別を生んだ無らい県運動

 同調圧力が招いた深刻な人権被害案件として、日本人が忘れてならないのがハンセン病への差別である。ハンセン病は、特効薬や治療薬が確立し、感染力も弱いと解明されていたにも関わらず、近隣住民だけでなく、国家レベルでの不当な差別が合法的に行われていたというものである。ハンセン病を苦にした一家心中事件も起こっており、最も新しいもので1983年に起きている。隔離施設を用いた隔離政策は1996年まで続いた。

   

1-2.メディアと大衆があおった太平洋戦争

 日本史上、同調圧力が生んだ最悪の事例は、戦前の全体主義ナショナリズムである。日本を戦争に導いたのは軍の暴走であるというのが一般的な認識であるが、その原因は国民の熱狂とその世論を煽ったメディア、特に新聞である。また、世論の熱狂の中で市民は相互監視を強化し自ら全体主義を強化していった。そしてこの市民の行動は、法律を根拠に政府が強制したものはなく、一般市民の自発的な行動によるものであった。

2.空気に支配されやすい日本社会

 この2例に共通するのは、空気によって社会全体が自らおかしな方向に向かってしまった事である。一部の専門家の主張と、それを客観的中立的分析なしに報道するメディア、そしてそれに煽られる世論により空気が醸成される。一旦そうなると、日本人の協調性は同調圧力に転化する。厄介なのは、誰にも悪意はなく、自ら空気に飲まれていったことである。コロナ禍が終息した暁には、この騒動についての冷静な振り返りを期待したい。

3.空気はわきまえる事を求める

 空気の支配から逃れる方法は、科学的根拠や対立概念で空気を相対化することである。データや論理を重視する理性的態度と、自分の意見を表明できる自由と公平、異論に対する寛容さが必要なのである。例えば東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員長の森氏の発言により露呈した、「下の者」は「上の者」の意見に従うべきという価値観や規範は、日本社会全体に空気のように広く一定の濃度で漂っているものではないだろうか。

Part.2/空気から地方創生を考える

1.東京一極集中問題

 地方創生は、地方の人口減少に歯止めをかけ、地方を活性化し日本の活力を維持することが目的であり、中心課題は東京一極集中の是正である。遡ると、この一極集中は江戸時代より発生しており、当時から課題として認識されていた。高度経済成長とともにこの傾向は加速し、今では就職・進学に多くの地方出身者が東京に移動するようになっている。東京は教育、雇用、消費、文化のすべての面で地方の若者を惹き付けている。

2.全総に見る東京一極集中の是正政策の歴史

 政治における東京一極集中の是正の歴史を、国土庁による全国総合開発(以下全総)をベースに見る。1962年の第一次計画の時点で、地域間の均衡ある発展が打ち出されているが、東京圏への転入超過に歯止めがかかったのは景気後退期のみである。近年地方の人口減少が本格化し、東日本大震災からの復興という文脈にも合致し、また巨額の予算が投じられることによる経済界からの注目もあり、地方創生がブームの様相を呈することとなった。

3.東京に出てきた若者が地方に戻らない理由

 地方活性化には、新たな技術や知識を学んだ人材が必要となる。地域を担う若者は広い世界を経験すべきだとすると、問題は転出の多さではなく戻ってこないこと、もしくは出生地に関わらず自分の能力を発揮する場所として地域が選ばれないことにある。複数のアンケートから確認できるのは、Uターンや地方移住の阻害要因には、求める仕事のなさ、所得の低下、生活利便性の低下があげられ、それらの充足が移住の条件となっている。

4.地方創生のファクターX

 国立社会保険・人口問題研究所の2016年の調査によると、県外移動者のUターン率が最も高いのは沖縄の70%で、全国平均の43.7%を大きく上回る。しかし、沖縄の雇用や所得は全国ワーストであり、全国幸福度ランキング2020年版でも45位である。この例のように、先に挙げた阻害要因だけでは説明のつかない事は多い。つまり、これまでの議論では見落とされていた「地方創生のファクターX」なるものが存在するのではないだろうか。

5.地方創生の前提を問い直す

 地方創生政策は、出生率回復とUターン移住等の増加により人口減少幅の縮小がビジョンとして掲げられている。しかし団塊ジュニア世代が45歳を超えた今、人口は既に回復不能点を過ぎてしまっているのだから、人口の維持は既に不可能である。そもそも地方の未来にとって重要なのは、そこに生きる人々が幸せな人生をおくることであり、それこそが自治体の掲げるべき目標ではなかろうか。人口規模は結果であって目的ではない。

6.地方創生における多様性の本質

 幸福な暮らしのためには、公的サービスを維持できるような地元経済の生産性向上が求められる。そのためにはイノベーションによる生産性向上が必要である。都市の創造性に関する二人の論者の主張(※)を総合すると、地域にイノベーションを起こすためには、多様な創造的人材の集積と、その人材が集まりやすい開放的で寛容な気風が求められる。この寛容さこそが地方創生のファクターXではないかというのが本研究の提示する仮説である。

※チャールズ・ランドリー『創造的都市 都市再生のための道具箱』
 リチャード・フロリダ『クリエイティブ資本論 新たな経済階級の台頭』

本報告書の内容について

 本報告書は、地方創生に関する議論に新たな論点として「寛容」と「幸福」を追加する事を提案する。住民の幸福増大こそが地方創生であり、寛容性が地方創生の重大な課題であるというのが本研究の基本スタンスである。本報告書では独自のアンケート調査のデータ分析、学術的な知見を踏まえ、現場の実践例の取材調査により全体の議論を補強する。そして最後に各パートの議論を総括したうえで、地方創生政策に対する提案をまとめる。

[寄稿]地方創生のための寛容性と幸福の分析(有馬雄祐)

1日本の幸福度と幸福観

1.1幸福度とは?

 幸福度は一般的に、欲求充足等と関わりの深い「へドニア」と、「本当の自己」等に従って生きる善い人生と関わりの深い「エウダイモニア」の二つに分類される。人生評価(※)は、ヘドニアに属している。人生評価とエウダイモニアを調査した本研究は、幸福度を異なる二つの側面から調査したといえる。本研究では更に、幸福に対する価値観や追及する幸福の志向性を表す幸福観の調査も行った。幸福実態の理解の手掛かりとなるだろう。

※人生評価─あり得る最高の人生と最低の人生を想像し、最高を10点、最低を0点とした場合の点数。

1.2日本の幸福度

 県毎の人生評価にはそれなりのバラつきが存在するが、出生率や出身都道府県毎のUターン意向の相関値はそれぞれ0.5前後と小さくない値を示しており、その地域で暮らす人々の生活の豊かさの総合的な指標としては有効なものと言える。エウダイモニアも人生評価と正の相関を持つが、就業形態や県毎で見た場合に、人生評価とエウダイモニアの評価の差が大きい場合があり、幸福には異なる側面が確かに存在しているようである。

1.3幸福観

 本研究は以下の2つの幸福観を調査した。

・ヘドニック志向 ─今の楽しみに最大の関心を寄せる享楽的な幸福観
・エウダイモニック志向 ─自己成長や人生の意味に重きを置く幸福観

 それぞれの幸福観の平均値はヘドニック志向の方がやや高い。また、両者の相関値は0.477と小さくない。両者は異なった幸福観であるが、相反する幸福観ではない。幸福度と幸福観についても正の相関があり、幸福観が高ければ幸福度も高い傾向がある。

1.4都道府県の幸福

 都道府県の幸福を階層型クラスター分析すると5つのクラスターが得られた。

・都市型─人生評価は高くなく、エウダイモニアやヘドニック志向は高い
・高ヘドニック型─幸福度と幸福観いずれも高い
・東北・首都近郊型─幸福度と幸福観いずれも低い
・地方型─いずれの幸福も中程度だが、人生評価がやや高い
・低ヘドニック型─人生評価が高いが、ヘドニック志向は低い

平均所得、高齢者率、平均寿命、寛容性はクラスター間で差があった。

1.5まとめと分析の方針

これまでの分析で、日本の幸福の実態について以下の知見が得られた。

・都道府県の幸福度は何らかの社会の良好さを反映しており、出生率やUターン意向と正の相関がある。
・都道府県を幸福度・幸福観でクラスター分析した結果5種類に分けられる。
・エウダイモニアと共にヘドニック志向も高い都道府県(都市型、高ヘドニック型)で寛容性は高い。

以下、幸福や離脱意向、寛容性の要因、寛容性の離脱意向への影響を分析する。

2幸福を決める要因

2-1分析手法

 幸福は人生における多様な要因が関係する複合的な問題であるため、本分析ではマルチレベル回帰分析を使用して幸福の決定要因を分析した。分析対象となる幸福度は人生評価とエウダイモニアとし、複数の回帰分析の結果を基に、幸福度を左右する要因を考察する。

2-2都道府県レベルの幸福の差異

 都道府県レベルでの幸福の差異が、都道府県レベルの要因か個人レベルの要因によるものかを調査するため、級内相関係数(ICC)を調査する。結果、人生評価においては都道府県レベルの要因の影響が認められるが、ICCは小さく、エウダイモニアと幸福観ではICCは統計的に有意でないことから、日本国内における幸福は基本的に個人レベルの要因で決まっていると考えられる。個人レベルでは説明のつかない一部の都道府県については後述する。

2-3個人の属性と幸福度

 個人の属性と幸福度の関係性を分析する。性別では、女性は男性より人生評価は高いが、エウダイモニアは男性の方が高い。年齢では、30,40,50歳代の幸福度はいずれも低い。既婚者は幸福度が高く、人生評価において顕著である。子供のいる人の幸福度も高い。所得の向上、学歴の上昇も幸福度を高める。就業形態では、正社員、経営者、自営業、学生は幸福度が高い。専業主フはエウダイモニアが低い。また、移住歴のある人の幸福度はやや低い。

2-4生活の領域満足と幸福度

 「仕事・余暇・住居・人間関係・健康・文化」の生活6領域の満足度と幸福度の関係性を分析する。人生評価は仕事と人間関係の影響が強く、余暇や健康が続く。エウダイモニアは仕事の影響が特に強い。他領域の影響を考慮すると、住居はエウダイモニアに影響を与えない事や、所得自体は幸福度を高めない事、移動歴自体は幸福度を下げない事がわかる。所得はそれ自体ではなく、それによる生活の質が影響を与えていると推察される。

2-5まとめと都道府県レベルの補足

 幸福は個人レベルの影響が大きく、都道府県レベルの影響は小さい。しかし一部都道府県は個人レベルの要因では説明が難しい。幸福度と相関性の高い出生率と平均寿命は、都道府県レベルの幸福度のバラつきに有意な説明力がある。社会の良好さを表す指標は都道府県レベルの幸福度と関係があるようである。寛容性の高さは幸福度を上げる事がわかっているが、都道府県レベルだと相関関係は小さく、それぞれは独立した要因と推察される。

3離脱意向と幸福及び寛容性

3-1分析手法

 個々人の離脱意向(今の都道府県から出たいと思っている程度を7段階評価)を左右する要因は、個人から都道府県レベルまで様々な要因があると推察される。そこでそれらが離脱意向に与える影響を分析するため、マルチレベル回帰分析を実施する。ICCを調査すると、離脱意向には都道府県レベルの要因からの有意な影響があることがわかる。以下の節に分析結果を記載する。

3-2個人の属性と離脱意向

 個人の属性と離脱意向の関係性を分析する。性別は離脱意向に対する影響はない。年齢が上がるほど離脱意向は下がる。既婚者や子供がいる人も離脱意向が下がる。就業形態では学生の離脱意向が高い。学歴も離脱意向を強める。また移動歴も離脱意向を強める。離脱意向は移住意向の意味もありネガティブとは言えないが、移住者が地域に留まりたいと思える特性を育む事が地方創生の重要課題である。移動歴と離脱意向の詳細は後述する。

3-3生活の領域満足と離脱意向

 生活の領域満足が離脱意向に与える影響を分析する。地域の文化水準と住居の満足は離脱意向を弱める効果がある。住居は場所とのかかわりが強いため他領域と比較して影響が大きくなったと考えられる。健康や余暇の満足は離脱意向を強める効果が見られるが、元気で時間に余裕のある人ほどポジティブな意味合いでの移住意向が強まるためと考えられる。

3-4寛容性と離脱意向

 寛容性の離脱意向に対する影響を検証する。寛容性は個人レベルと集団レベル双方で離脱意向を弱める傾向がある。移動歴は離脱意向を強める効果はあるが、東京都の様な一部都道府県では逆転している。この相違の要因を探るため、寛容性と移動歴の関係を分析すると、移動歴による離脱傾向の上昇は、寛容性により緩和される効果が認められた。寛容性は離脱意向を弱める効果があり、特に移住者にとって重要と考えられる。

3-5幸福と離脱意向

 幸福が離脱意向に与える影響を分析すると、人生評価は離脱意向を弱める効果がある事が確認できる。人生に満足している人ほど暮らす場所を変える必要性がないと考えられる。幸福観の離脱意向に対する影響は小さいが、エウダイモニック志向が強い人は離脱意向も高い傾向にある。これはエウダイモニック志向がポジティブな意味での「移住意向」とも関係しているためと考えられる。

3-6まとめと都道府県レベルの補足

 離脱意向は年齢や移動歴など個人の属性とのかかわりが大きく、幸福や寛容性とも関係性がある事が確認された。都道府県レベルでは生活の領域満足のうち文化と住居の相関が強い。寛容性は移住者に限り離脱意向を抑える。都道府県レベルでのエウダイモニック志向と離脱意向は、個人とは逆に負の相関を持つ。エウダイモニック志向は、寛容性のような地域の魅力に関わる特性と関連があり負の相関があると考えられる。

4寛容性を育む要因

4-1分析手法

 寛容性を左右する要因を考察する。本調査における寛容性は「女性の生き方・家族の在り方・若者信頼・少数派包摂・個人主義・変化の受容」で構成される。地域に対する寛容性の評価は、個人の属性から都道府県の特性まで多様な次元の要因から影響を受けていると推察される。そこで本分析ではマルチレベル回帰分析で各要因が寛容性に与える影響を分析する。またICCの値から寛容性は都道府県レベルの要因からの影響があるとわかった。

4-2個人の属性と寛容性

 個人の属性と寛容性の関係性を分析する。女性は男性に比べて寛容性を低く評価している。年齢が上昇するほど、寛容性の評価は下がる。学歴の高い人、特に大卒・大学院卒は寛容性を低く評価する。年齢の上昇が寛容性を下げるのは、年齢の高い人たちの寛容性の低い価値観に由来している可能性が高く、学歴の高さが寛容性の評価を下げるのは、寛容性に対する高い基準に由来しているものと推察される。

4-3地域の身近な特性と寛容性

 地域の身近な特性が寛容性に与える影響を分析する。交通の便や面白そうな仕事の豊富さなど、「都市的」と言える要素が豊富に認知されている地域で寛容性の評価は高く、自然を楽しむ機会が多く住宅のコストや広さが良いなど「田舎的」と言える要素などが認知されている地域で、寛容性の評価は低い傾向にある。因果関係は不明だが、「都市的な要素」が寛容性にとって重要である可能性が示唆されている。

4-4生活の領域満足と寛容性

 生活の領域満足と寛容性の関係性を分析する。文化の満足は寛容性の評価を上げる効果があり、文化と寛容性の密接な関係性が示唆されている。仕事の満足が寛容性の評価を上げる効果などが確認されるが、文化と比べるとその効果は小さく、個人の属性同様解釈も難しい。寛容性の構成概念に文化の問題は含まれていないが、文化の満足と寛容性の評価に強い正の相関があるのは興味深い。

4-5地域の雰囲気(開放性と凝集性)と寛容性

 地域の雰囲気が寛容性に与える影響を分析する。個人レベルと都道府県レベルの両方で「開放性」は寛容性の評価を上げ、「凝集性」は寛容性の評価を下げる効果がある。「凝集性」が寛容性を下げる効果がある事実は、寛容性という地域の特性を考えるうえで示唆的である。「凝集性」は必ずしもネガティブな地域の雰囲気であるとは言えないが、地域の寛容性を育む要因にはならないようだ。

4-6まとめと都道府県レベルの補足

 幸福と寛容性はいずれも離脱意向を下げる効果があるが、都道府県レベルでの両者の相関はそれほど強くない。「凝集性」との相反する関係性にも象徴されているように、幸福と寛容性の間には複雑な関係性があるらしい。地方創生の課題に取り組むうえでは、その地域で暮らす一人一人の幸福と、地域の寛容性の両方の視座を持つ必要があるようだ。

Well-beingな地方創生を目指して(島原万丈)

1章/地方の人口定着力

1.上京した若者のUターン意向

 地方から東京へ出てきた若者のUターン意向を出身地域毎に調査した。最も意向が高いのは沖縄県でUターン意向率(必ず戻る/いつかは戻りたい/戻ることも選択肢として考えている)は70.8%、強いUターン意向(必ず戻る/いつかは戻りたい)は31.9%で、最低ランクの鳥取の13.6%の倍以上となっている。また、男女で意向に大きな差(片方が上位にランクし、もう片方が下位にランクする)のある都道府県が存在していることもわかる。

2.ふるさととの関係人口意向

 関係人口は、定住人口でも交流人口でもない新しい人口の概念である。東京圏在住の地方出身の若者に対する、関係人口としての出身地への関わり方の意向調査では、全項目で30%以上の関与意向が見られる。関係人口としての関わり方とUターン意向との関係を確認すると「二拠点生活」「ワーケーション」との相関が強く、その他は弱い事から、関係人口をUターン促進戦略として用いるなら、地元での暮らしを伴う方法の提案がよさそうである。

3.在住者の離脱意向

 各都道府県の在住者の離脱意向を確認すると、離脱意向は男女差が小さく、年代が上がると小さくなることがわかる。離脱意向の高い山梨(32.5%)と低い静岡(16.5%)では2倍近い開きがある。地方創生の主要ターゲットで、流動性の高い30代以下の若年層では、首都圏、関西圏の離脱意向が高い。離脱意向とUターン意向との関連性を見ると、弱い負の相関があることから、都道府県レベルで人口を維持しようとする要因の存在が示唆される。

2章/ファクターXとしての寛容

1.地方創生のファクターX

 先述の通り、Uターン意向や離脱意向の傾向は、雇用や所得などの経済的指標のみでは説明できない。Uターン意向の高い都道府県は沖縄をはじめ雇用や所得の面で最低クラスである。また幸福度ランキングで4回連続トップを誇る福井県も、女性のUターン意向で見れば、全国最低クラスであり、離脱意向はトップクラスである。このように経済指標だけで示せない隠れた人口流出の要因を本研究では地方創生のファクターXと呼ぶ。

2.地方の空気を測る

 本研究では、地方創生のファクターXを、父権主義的な性格の強い保守的な規範や狭い人間関係による同調圧力など、地方の不寛容な空気の存在であると仮定した。そこで47都道府県在住者に対し、寛容性の調査として、全6分野、それぞれに自由主義的項目4つ、保守主義的項目4つの計48項目について、地域社会や自分の周囲の人たちを評価してもらった。これは地域の実情を問うものであり、地域の空気を可視化する試みと言える。

3.47都道府県寛容性ランキング

 各分野の回答を得点化し、ばらつきを偏差値化、6分野の平均偏差値で寛容性を順位付けした。総合指標ランキングでは、東京圏がトップ5に入り、人口100万人超の政令指定都市が上位に顔を揃える。しかし沖縄9位高知12位など、順位が人口に従うわけではない。また6分野は互いに相関が高く、総合順位が高いと、各分野も順位は高くなるが、一部例外も存在する。下位ランクにおいては、東北5県、北陸3県、甲信越3県が名を連ねる。

4.寛容性は地方創生のファクターXなのか

 寛容性とUターン意向の相関係数は0.447、離脱意向との相関係数-0.281となった。寛容性はUターン意向と十分な相関関係にある。離脱意向の相関係数は小さいが、寛容性が離脱意向を下げる効果は有意である事が確認出来ている。また都道府県在住者の中から別の都道府県出身者を抽出した結果、寛容性と離脱意向は-0.577と負の相関が強い事が確認された。以上から、寛容性は地方創生のファクターXと言って問題ないだろう。

3章/Well-beingな地方創生

1.幸福を測る

 地方創生が目指すべき究極の価値は地域住民の幸福であるというのが本プロジェクトの基本スタンスである。今回の調査ではWell-beingという概念により主観的幸福を測定した。具体的な指標として、快楽的・欲求充足的な満足度を反映する人生評価と、自己実現的な生きがいに近い概念を重視したエウダイモニアを用いた。両者の相関は高いものの、異なる幸福の概念であり、人による幸福の感じ方の違いを反映しうるものである。

2.47都道府県Well-beingランキング

 この2つの幸福度の得点を都道府県別に加重平均値を算出し、両スコアの合計値を総合幸福度として順位付けした。全国1位は沖縄で、人生評価と生きがいどちらも1位を獲得した。両指標の相関は高いものの微妙な不一致もある。地方創生のメインターゲットである若年層に限ると、全体ランキングで入らなかったいくつかの県が上位に入るなど、年代や性別により幸福度が異なる都道府県が存在している。

3.Well-beingは地方創生の目標となりうるか

 総合幸福度とUターン意向の相関係数は0.514と強い相関を持つ。離脱意向との相関係数は-0.287と弱いが、回帰分析すると人生評価には離脱意向を下げる効果が認められる。また総合幸福度と出生率も0.573と強い相関関係を持つ事実は注目に値する。地方創生戦略として住民の幸福度の最大化を掲げることが、地方創生が取り組んできた人口減少対策と矛盾しないことを意味する。住民の幸福の最大化は長期的かつ根本的な戦略としても効果的であろう。

4.Well-being政策の重点領域

 生活領域に対する満足度が、人生評価やエウダイモニアへの影響度を調査する。仕事と人間関係は双方に強く影響を与える。つまり地方創生政策において雇用を重視するのは妥当と言える。余暇や文化水準も幸福度への貢献度が小さくない。地方創生政策において娯楽や文化に着目する地域は少ないので、より注意を払うべきであろう。生活領域の満足度が高い地域は、総合幸福度もUターン意向も高い傾向であることが確認される。

5.幸福と寛容の地方創生

 総合幸福度と寛容性評価の相関係数は0.354で弱い正の相関関係にある。本プロジェクトの寛容性はリベラルで個人主義的な価値観と定義されるため、保守的な人の幸福度には寄与しない可能性はある。ただ寛容性はそういった価値観も尊重し共存するものである。寛容性と幸福度は緩やかな関係を保ち、東京へ出た若者のUターン意向を促し、在住者の離脱意向を減らす。また、寛容は移住者定着の重要指標であり、幸福な地域は出生率も高い。

4章/Well-beingから考える地方創生

1.ゼロサムゲームの地方創生

 東京都以外の自治体は、似たり寄ったりの総合戦略を策定し、同じ戦い方で東京圏から人口を奪い合うゲームをしているというのが地方創生の実態である。総人口の減少が避けられない未来に、全国の自治体が目先のKPIを設定し人口規模を追い求めることは、かえって地方創生政策に対する熱意を失わせることになるかもしれない。人にとって住む場所とは目的ではなく手段なのである。人口とは選ばれた結果に過ぎない。

2.地方創生が目指すべきものとは

 人口減少の緩和を目的とする弊害は2つある。まず総合戦略の幅を狭める可能性である。人口を起点とし計画を検討した場合、人口対策と直接関係のない、娯楽や芸術などの課題が抜け落ちる可能性がある。もう一つが、競合ひしめくゼロサムゲームにリソースを割かれ、他の課題への対応が遅れてしまう可能性である。地方創生が目指すべきは、地域住民の幸福であり、人口減少の緩和はその先に得られるものと認識した方が良い。

3.Well-being政策への流れ

 2021年6月18日、日本の政策のKPIとしてWell-beingが採用された。これは、国家が究極的に実現すべきものは国民の幸福であるという戦略の主従関係が明確になったのである。幸福度を初めて政府が取り上げたのは2010年であった。一度は政権交代により立ち消えになったが、荒川区が幸福実感の向上政策を実行しており、現在89の自治体に広がっている。こうした経緯を経ながら2017年に再び国政レベルで幸福度を取り上げられ現在に至ったのである。

4.Well-beingシフトの注意点

 ただし、Well-beingを中心とした脱経済成長論には注意すべきである。余暇や芸術など、Well-beingに必要な要素は経済的余裕がなければ楽しむ機会が限られるし、教育や医療の充実にもお金は必要である。一方金銭的豊かさの追求で心をなくしたり、利己的な収奪により世界が壊れても意味がない。これはバランスの問題である。Well-beingはGDPにとって代わるものではなく、GDPで補足できない経済成長の質を測定するものと考えるべきであろう。

5章/寛容が育むもの、寛容を育むもの

1.地方の創造性と寛容

 Well-beingを高めるには経済成長も必要である。経済発展に欠かせないイノベーションは、既存の事物を新たに結合させる事であり、それは多種多様な産業と人材の集積によりもたらされるという説が有力である。そして多様な人材、特に創造性の高い人材を惹きつけるのは、美的センスのよい開放的環境と寛容性である。創造性は居心地の良い場所を求めるのである。

2.地域の気質と寛容

 本研究では、地域社会の気質に当てはまる項目を、凝集性と開放性のそれぞれ5つに定め、寛容性との関係性を調べた。結果、寛容性の高い地域ほど凝集性の項目が低くなり、開放性の項目が高くなった。凝集性の項目それ自体は決してネガティブな価値観ではないが、それが地域の規範や道徳として他者へも強く打ち出されると、地域住民の寛容性を下げ、結果としてUターン意向や離脱意向を低下させうることを自覚すべきであろう。

3.生活の中の文化芸術が寛容を高める

 生活6領域の内、寛容性とWell-beingに関係があった「仕事・余暇・人間関係・文化水準」の4分野と寛容性の関係を分析する。最も相関係数が高いの「文化水準」(0.674)であった。大都市圏ほど芸術文化を経験する機会が多い傾向にあり、その経験が地域の寛容性を高めることに特別な役割をはたしていると思われる。逆に人口規模の小さい地域では芸術文化の市場規模も制限され寛容性をはぐくむ土壌が肥えないのかもしれない。

4.地方創生としての文化芸術

 欧米諸都市は早くから文化芸術のもつ経済的価値に着目し、都市再生・活性化に取り組んできた。その過程で起こったのは、文化芸術が創造性を育て、その結果イノベーションが生まれたというものである。多くの地方自治体が取り組む産業への支援は、最終段階であり、基礎研究と同様に芸術文化への投資により地域の創造性の土壌を育てる方がまっとうではないだろうか。

終章/本研究プロジェクトのまとめと提言

【今回の調査研究プロジェクトで明らかになった事実】
1.寛容は地方創生のファクターXである
2.地域社会の凝集性は地域の寛容性を低下させ、文化芸術は寛容性を向上させる
3.地域のWell-beingを高めることで、地方の人口の減少の緩和に大きな効果がある
4.仕事と人間関係の満足度がWell-beingの実感に大きく影響する
5.地域のWell-beingを高めるには余暇や文化も重要な要素である

【地方創生に対するLIFULL HOME’S総研の提案】
1.地方創生は「幸福」を目標にすべき
2.地方創生においては、特に寛容の価値観を強調すべきである
3.地方創生は、文化芸術を戦略の柱に据えるべきである。

感想・批判

本書は株式会社LIFULLの運営するLIFULL HOME'S総研の研究レポートである。株式会社LIFULLは日本最大級の不動産情報サイト「LIFULL HOME'S」の運営をはじめとして、不動産にかかわる事業を幅広く展開する企業である。LIFULL HOME'S総研は、その研究開発部門にあたり、住まいに関する産業に関わるレポートをおよそ年に1回ほど(2014年から計7回)発表している。企業が研究部門を持つこと自体は珍しくないが、このように研究成果を見やすい形で広く公開している事例は多くないであろう。これがある種のマーケティングである事は否定できないが、そこを差し引いたとしても、このレベルの情報を無償で提供するという姿勢には敬意を表するばかりである。

 本書のテーマは、地方創生のファクターXとしての寛容性である。地域の人口増減のカギを握る重要なファクターとして、これまで語られてきた経済的要因では説明できない事象を発端として、経済的要因以外の要因=ファクターXを調査していくというものである。本書に出てくるパラメーターは数が多く把握しづらいため一旦整理する。主要な議論に登場するパラメーター等とその関係を別図にまとめたので参照されたい。

要素の関係図

 本書の特筆すべき点を挙げる。

 まず全国的な調査を敢行し、議論を定性的なものに留めず定量的なものにしている点である。地方創生にまつわる言論の多くが、いくつかの成功事例を元にした仮説に留まっているのに対し、このような議論の組み立て方をする言論は珍しい。

 次に、寛容性という新たなパラメーターを導入している点である。複雑な現実の事象を解明するにあたっては、このような人間の主観的な判断による指標を用いていく必要があるのは間違いない。(寛容性を題材とした論文は散見されるが、これがどの程度過去の議論を参照しているのかは記述がないため不明である)

 次に経済成長に価値を認めている点である。幸福やリベラルな価値観を重視する言論においては経済成長を軽視する態度が多くみられるが、どちらにも相応の価値を認める姿勢は重要であると言える。

 大きくはこの3つが本書の特筆点と言える。寛容性がUターン意向や離脱意向に対して大きな影響があることは個人的な感覚とも一致している。

 次に課題と思われる点を挙げる。 統計学については不勉強なので、見当違いな指摘である可能性は先に謝っておく。

 全体的な因果関係の検証が不明な点である。分析の多くは、相関係数の算定と回帰分析の二つである。この二つは単独で因果関係を明らかに出来るものではないため、統計学以外の方法での検証が必要になってくる。その様な検証がなされているのかは不明である。例えば、文化芸術を戦略の柱に据えたとして、それが必ず寛容性や幸福度を高めるとは言えないという事である。寛容だからこそ文化芸術を育む土壌があるのかもしれない。ただ寛容性という議論自体が、今回初めて提示されたものである以上、これ以上の内容は今後の研究や検証が期待されるものである。つまり試す価値は十分にあると思われる。

 また取り扱っている事象が複雑である以上、更なる隠れたファクターX2があったとしても不思議ではない。これもまた今後の実践活動や研究が明らかにしていく課題であると考えられる。

 以上2つが本書の課題と思われる部分であり、今後の研究や実践により明らかにされていくように思われる。今後の研究に期待したい。


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