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パルムの棒

パルムの棒に心を掴まれている。
6本入り箱アイスのパルムのレモンチーズケーキ味みたいのが美味しそうで年末に買ってきた。

単品で売っているパルムよりもすこし小ぶりなパルム。
食べ終わった手の中に残った、やはり小ぶりな棒が可愛らしくて、「捨てずになにかに使えないかな」と見惚れてしまう。
1本目を食べたときも、2本目を食べたときにも。

なにかクリーム状のものを掬うときのアレとか、植木鉢に挿す名札とか?
いや、それは要らない。そう思ってあらためて見つめる。いろんな角度から。手触りも良い。見過ごせない魅力だ。ただのアイスの棒なのに。当たりが出たわけでもないのに。

そうして結局は、どうしようにもできない可愛らしさだけを受け取り、捨てるしかないと思い至る。

もどかしい。きっと、この気持ちを抱えて私たちは生きていくしかない。
それが、パルムの棒の業なんだ。

いや……? これはパルムの持つ、生殖能力なのかもしれない。パルムの棒が可愛らしく、それを愛でたさにヒトはまたパルムを手に取る。

パルム、考えたな。本体だけでじゅうぶんに美味しく、価値ある存在なのに。“棒”まで価値を持ってくるとは。

それにしても。クリーム状のものを掬うときのアレの名前がはっきりと思い出せない。パチュラ? チュパラス? パチュラス?
……もうそれは、これからは「パルムの棒」と呼んでしまえ。あ、スパチュラだ。

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