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って帖

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「 」って言われたこと書き留め手帖
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記事一覧

頁15「直せなかった」

見るからにあたふたしながらオフィスに入って来た人がいて、こちらが挨拶をすると、あたふたと「すみません」と申し訳なさそうに頭を触ったり髪を撫でつけたりしていて、そのたびに押さえつけた髪の毛がびよーんと跳ね上がった。 その跳ね具合がスゴくて笑ってしまっていると、 「すみません、(寝グセ)直せなかったっ!」 と謝りながら、逃げるようにデスクへと走り去って行った。 別段なにも悪くないけど……油断した姿を見せ過ぎだ。謝るならその一点だ(笑)。 というか気になったのは、どうした

頁14「スミマセン、お話し中に」

事あるごとにマイペースな人がいて、心のなかで何度となくツッコミを入れてきた。 (いや、それくらい自分でやりなさいな)とか。 (メールの最後、「よろしくお願いしま」ってなんなん)とか。 小さなことだけれど。 けれど、そんなマイペース氏がある時、 「スミマセン、お話し中に」 と、話に割って入ってきた。明らかに、ふたりの人間がおでこを突き合わせじっと話し合っているところに、割って。 「スミマセン、お話し中に」 いや、ホントよ。ホント“お話し中”なのよこちらは。 そうまたマ

頁13「なんですか、それ」

勝手にしてきた失恋はいくらでもある。 じぶん勝手に好感を抱き、なにかのタイミングであっという間に打ち砕かれる。 寄せては返す波のように、失恋をしてきた(しすぎ)。 いつも絶妙においしい差し入れをしてくれる大きなひとがいた。 「僕もうこれじゃないとダメで」と、聞いたこともないヨーロッパのチョコレートの詰め合わせだったり。じぶんではきっと一生買わなかったろうなという、渋い黒糖かりんとうドーナツ棒(?)みたいなものだったり。 そしてあるときに、「コート忘れましたっ」と戻ってきて

頁12「パサパサしててほしかった」

その人への好感のはじまりはどの時だったのかと思い返してみると、「コレもらっていいんですか?」と温泉施設のクーポンを手にとても嬉しそうに笑顔を見せてくれたときだったかと思う。 どうぞどうぞ、と受付に座っていた私もつられて笑みがこぼれた。 「やった、楽しみができた」 そう言いながら大事そうにそのクーポンを折りたたんで、その人はかばんにしまった。 温泉、好きなんだ。良かったね。 いま、仕事がたぶん、たいへんなんだろうね。 落ち着いてはやく、ゆっくりできるといいね。 そうほっ

頁11「作れますよ」

とあるイベントで、たしかノートパソコンからプロジェクターで映像&音を出さなきゃってことになって、おい! このノートパソコン、マイク端子ねぇじゃねーかぁ! と焦り、つらつらと音響ミキサー周りの後ろ髪長めスタッフさんへ窮状を伝えると、 「よくわかんないスけど、(配線)作れますよ」 と、ぼそり。 ツクレマスヨ!!!!! 私の説明伝わんなかったか……と軽く落ち込みつつ、肝心の「作れますよ」に、やっぱりこの人大好きだよ!! と心を掴まれ深く心酔した。 やっぱりというのは、最初

頁10「グッジョブです」

なんとなくミーアキャットに似ている人が異動してきた。ひと月ほど前くらいだろうか。 群れでいるミーアキャットではなく、ひとりはぐれてもひょうひょうとキョロキョロしているようなタイプのミーアキャットだ。いや、人だ。 私の視界に届く電子レンジでその人がお弁当を温めるのを4〜5回は見たタイミングで話し掛けた。 一度目は、まさかじぶんが話し掛けられているとは思わないようで流された。 なのでもう一度はっきりと彼の名前を呼んだ。 するとようやく、ミーアキャットのようにキョトンとした顔で

頁9「コマウォ^^」

数年にわたって敬語でずっとやり取りしてきた仕事相手が、韓国語をほんのすこし聞きかじる程度に知っているようだったので、連日の忙殺ぶりを労うべくメッセージの〆に「パイティン!です」と送った。「ファイト!です」という意味だ。 するとこう返ってきていた。 「コマウォ^^」 おお、と思う。 コマウォは「ありがとう」という意味だ。フランクなタメ語で。 顔文字付きのくだけた「ありがとう」はもはや「サンキュ」くらいのノリではないか。 これが韓国ドラマだったら「ところでお宅、さっきか

頁8「20%引デース」

早出、ワンオペ、休憩なし、残業── そんな一日を終えて駅にたどり着くと、いつもは眺めて通り過ぎるだけの韓国キンパ(海苔巻き)屋さんの店頭に、 “20%引” シールが貼られたキンパがずらりと並んでいた。 めずらしい光景だった。 プルコギキンパ、野菜キンパ、豚キムチキンパ……どれも人気なのだろう、いつもは売り切れていてその姿を見ることはほとんどない。割り引かれていてもせいぜい10%。 そんな不自然なオールスターズの目の前を、店員さんの「20%引デース」の声を聞きながら通り

頁7「誰にも言ってないんですけど」

「学生証、失くしちゃったんですよねぇ」 その日初めて会った社会人大学院生とそんな会話の流れになった。 映画観るときとか困らない? と訊ねてから、ああ、映画館とか行かないか……と質問を取り下げるように言うと、 「昨日観に行きましたよ。あまりにも暇で」 暇で映画館……すごいな。 暇って感覚が私にはないぞい。 そう感心していると、 「『◯◯』観ました。あ、違う。『◯◯』は飛行機の中で観たんだった」 結構観るのね映画。ますます感心してから、ふと疑問が。 飛行機の中で一本映

頁6「入ってます!」

救命講習に参加した。 心肺蘇生法やAED の使い方など、座学と実技をそれぞれ90分みっちりと。 ずいぶん前にも受けたことがあるけれど、やり方を覚えているかすぐに自信がなくなるので定期的に受けるのがいいのだろう。 実技では4人一組になって、実習人形の命を預かった。 心臓をいい塩梅で押せているか、人工呼吸は肺まで空気を適量届けられているか……実習君の右脇腹からコードで繋げられたメータ― でそれらを計測できるのだが、教官が「やる本人はそれを見ないように! 実際の現場にメータ―

頁5「ごめんね」が言えない人の「行ってらっしゃい」

朝、玄関のドアを開けて外へ踏み出した背中に、仲が悪化して久しい父の「行ってらっしゃい」を聞いた。

頁4「もろたやつなんスけどね」

書きやすいボールペンって、JETSTREAMだけじゃぁ最近ない。 何年か前からサンプルとしてよくもらうボールペンがあって、御社の社名を入れられますよ的な、グッズ商品として展開しているのかもしれない、そのペンが、とても書き良い。 焦がしキャラメルソースくらいインクがねっとりとしていて、ずいぶんとじぶんのポテンシャルより猛々しい筆致に仕上がってくれる。「何卒宜しくお願い致します。」とポストイットにしたためるだけで、お願いした気持ちがずどんと相手に伝わると思える頼もしさがある。

頁3「充電されていないので出来ません」

韓国滞在先の部屋には、エアコンはおろか扇風機もないので、せめて小型の扇風機が欲しくて家電店へ訪れた。 手持ち型か卓上タイプ、風音はどれくらいするかなど、実際に見てみたかった。 入店し「何をお探しですか〜?」と定型の挨拶を投げかけてくる店員さんをあいまいな会釈で通り過ぎ、扇風機が見えた二階へ。 扇風機は、そのほぼすべてが大型のもので、USBケーブルで接続する卓上タイプのものが一つだけあった。 ディスプレイは、卓上扇風機ときれいに結ばれたままのUSBケーブルがそれぞれにポツン

頁2「今日はわざわざどうも」

なにかしら嬉しいメッセージが届くと、この人アカウント乗っ取られてる? とすぐに警戒できる私だ。 「今、忙しい?」なんて送ってきた子も、「アカウント乗っ取られました!! パスワード変えたのでもう大丈夫だと思いますが、また変なメッセージが来たら無視してください。お騒がせして申し訳ございません!!」と最大限よそよそしいエクスキューズをただちに寄越してきたけど、こちらからしたら、わかってた、わかってた! 安心してよ。だって誰もそんなコンタクト私に取ってきたりしないから、怪しすぎるか