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頁12「パサパサしててほしかった」

その人への好感のはじまりはどの時だったのかと思い返してみると、「コレもらっていいんですか?」と温泉施設のクーポンを手にとても嬉しそうに笑顔を見せてくれたときだったかと思う。

どうぞどうぞ、と受付に座っていた私もつられて笑みがこぼれた。

「やった、楽しみができた」
そう言いながら大事そうにそのクーポンを折りたたんで、その人はかばんにしまった。

温泉、好きなんだ。良かったね。
いま、仕事がたぶん、たいへんなんだろうね。
落ち着いてはやく、ゆっくりできるといいね。

そうほっこりした。

ただこちらは、毎月職場へ送られてくるいろんなクーポンを、配架はすれど、実際にそれを誰かが手にして活用するなんてすこしも期待していなかった。配架すらせずに捨てられてしまうことだってあった。

だから私はそのとき見たんだな、神様を。クーポンを拾う神を。

そのとき以来、私はその人を好きだ。
こちらに見向きもしないで素通りする人も多いなかで、ちゃんと受付の職員に笑顔で挨拶をしてくれる。
だから、皆んなその人を好きだ。

あるとき、間もなく賞味期限を迎える非常用クッキーが職員たちへ配分された。
そんな折、受付近くを通ったその人を職員のひとりが呼び止めて、これ持ってって! と、半ば押し付けるようにクッキーの箱をごっそりと勧めた。

すると彼は、驚きながら、
「これ大好きです。いいんですか? ありがとうございます!」
と目を輝かせながら受け取ってくれていた。

いいのいいの、パサパサしてるけどね!
そう謙遜(?)する職員に彼はすかさず、

「いえ全然! むしろ、パサパサしててほしかったです!」

……おい。おい、こら。
いくらなんでも「パサパサしててほしかった」はないだろ。
「パサパサしててほしかった」わけあるか。

まったく。調子いいなぁ。
可笑しくて、ちょっとムカついて(笑)、またずっとその人が好きになった。

だってもしかしたら、彼ならこう言ってくれるかもしれない。

私「ゴメンね、かかとカサカサで」
彼「いや全然! むしろ、カサカサしててほしかった! 」

……なわけないかーぁ。

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