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中年起業。bridge創業までのあれこれ。


2021年1月16日。自宅の一室でスタートしたbridgeも、創業5期目を迎える。起業した当時は、右も左もわからず、まさに手探り状態。不安と焦りばかりの毎日だったが、なんとかここまで喰いつないだ。

どこのデータか忘れたけど、起業3年での生存率が50%、5年だと40%とかなんとか。

まだ何も成してないけど、ひとまずここまで生き延びたということで、
5期目の節目に、創業までの道のりを振り返ろうと思う。

1、起業のいきさつ

僕は大学卒業後、起業までの18年間、ひとつの会社で働き続けてきた。なんとなく、転職活動をしたことはあっても、どれもしっくりこなかった。というより仕事は楽しく、毎日やりがいを感じながら充実した日々を送っていた。

独立して起業するなんて、まったく考えたことがなかった。

出世して役員にでもなるかな。身の程しらずに漠然とそんな未来をイメージしていた。

そんな僕に転機が訪れたのは、39歳のときだ。39歳のときに、ちょうど3つのエピソードが重なって、僕は起業を決意することになる。

(1) とあるプロジェクトでの閃き

僕は当時とある企業で新規事業を生むための人材づくりのプロジェクトを担当していた。

R&Dメンバーを対象にデザイン思考をベースに商品・サービス開発の手法、プロセス、マインドをインプット。そしてその受講生自らが商品・サービスアイデアを起案し、一定期間の検証活動を通じて、そのアイデアを磨き込む自走型のプログラムだ。

これまで、外部のコンサルタントとしてリサーチやコンセプト立案を代行するプロジェクトがほとんどだった僕にとっては新鮮な驚きとなった。

僕はこのプロジェクトを通して、新規事業はユーザーへの共感やインサイト云々の前にもっと根本的な部分で「個人の課題に対する強烈な所有感」「圧倒的な当事者意識」が欠かせないと痛感する。

この気づきを何かに生かせないかとモヤモヤしていたものの、結局日々の流れに戻っていくしかなかった。(今、bridgeではこのとき感じた“内なるイノベーターへの発現”をサービスの核にしている)


(2)会社員の自分に対する違和感

39歳のときに、ひとりのデザイナーと仕事をする機会があった。サービスデザインファームACTANTの南部さんだ。

南部さんはデザイン事務所でブランド開発、建築サイン計画などを学んだ後、独立。僕と同業種のデザインコンサルティングファームを起業していた。

ACTANTとの仕事は楽しかった。小さなチームでありながらも、ブレない価値観があり、外部のユニークなクリエイターとコラボレーションしながら、大きな取り組みをすすめている。

同じ業種、同じ世代。なのに、何かが違う?

僕は南部さんとの出会いによって、いち社員としての自分のポジションを窮屈に感じはじめた。


(3)もう一度夢中になりたい。

長男りんたろうは、僕が39歳のときに小学校へ入学した。

これからなにかと出費がかさむ時期に入るが、実は僕が18年間勤めた会社を退職したのはこの頃だ。

僕が学生のころは、『いい大学を出て、いい会社で働くこと』が規定演技のようなものだった。しかし時代の移り変わりと共に、学歴や職歴は二の次で『やりたいことを見つけて実現させること』が一番だ、と社会の風潮が変化していった。

僕もりんたろうには、「夢中になるものを見つけよう、そしてそれを仕事にしよう!」と伝えてきた。

諭す一方で、ふと自分自身を振り返る。

僕の「やりたいこと」とは何なのか? 

今まで見て見ぬふりをしていた、胸の奥にモヤモヤと溜まった欲がふと顔を出す。18年間勤めてきた職場で、このまま長く働くのが一番だ。仕事は中堅の立場で、責任ある仕事もたくさん任されている……

しかし、本当にこれで良いのか? 本当に??

僕の「成すべき仕事」とは、何なのだろう。

マグマは、ある日突然爆発した。

僕は、その日も夜遅くまで残業していた。いつもの日常だ。しかしある瞬間に、ぷつんと糸が切れた音がした。

僕は後ろに座って同じく残業している上司に、その場で「俺、会社辞めます!」と退職を宣言したのだ。

この深夜の暴発こそがbridgeの設立の引き金になるのだが、退職は衝動的なものだったので、妻の許可はもらっていないし、同僚にも相談していなかった。

長男も小学校入学、長女もまだ1歳。そんなタイミングで「無職」となった僕を、ワイフはどう思っただろうか……。

2、18年間同じ会社にいた僕の、起業当時の心境

18年間一つの会社に勤め、仕事も充実していて、たくさんの仲間もできた。

慣れ親しんだ会社を退職することは、とても勇気がいる。まして独立して起業しても、決してうまくいくとは限らない……。新たな道にチャレンジしたい僕と、安定を求める僕。どちらも本当で、どちらも本音だ。

そんな僕の心境を、同僚が「コラージュ法」でビジュアル化してくれたので紹介したい。コラージュ法とは、ざっくり説明すると、絵によって潜在意識を可視化するインタビュー手法だ。

コラージュ法で表出した、僕の「起業」に対する深層心理がこれ。

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うまく表現できないモヤモヤした心境も、絵として可視化すると「そうそう!それが言いたかったんや!」としっくりくるから不思議だ。4つの絵の意味を、それぞれ解説していこう。

(1) 左上:太った赤井秀和とスマートな赤井英和
18年も同じ会社に勤めていると、良くも悪くもマンネリ化する部分がある。
太った赤井英和は、今のポジションにあぐらをかいている僕だ。しかし前面には、スマートになった赤井英和もいる。これは僕の「起業によって慢心をそぎ落としたい」という気持ちを表している。

(2) 右上:飛行機から飛び出そうとしているパラシュート
「起業したいな」と漠然と考えていても、いろいろなしがらみがあり、すぐに決断はできないものだ。飛び出そうとしても、勇気がなく留まってしまう…… 上空でなかなか飛び出せない中途半端な姿は、僕の「躊躇」を表現している。

(3) 右下:ジャングル
鬱そうと茂る深い森、ジャングル。奥に進もうとするほど、道に迷う危険が高まるし、猛獣に出くわす可能性もある。僕にとって起業とは、ジャングルのようなものだ。転職さえ一度もしたことがない僕が会社を興すなんて、まったくもって「未知の世界」としか言えない。

(4) 左下:ドラゴンクエスト
ドラゴンクエストは、勇者の冒険の物語だ。この絵は、僕が起業に対してポジティブな期待を抱いていることを示唆している。「もし冒険に出たら、たくさんの仲間ができるかもしれない」「新しい世界が広がるかもしれない」……など、未知への不安の一方で、起業への期待感もぬぐえないのだ。

3、5期目への意気込み

そうこうして2017年1月16日。bridgeが始動した。

とにかく、がむしゃらに目の前のことをこなして、少しずつ実績ができ、仲間ができ、なんとか喰いつないで、これから5期目に突入する。

起業がこんなに大変だとは思わなかった。創業初年度にたてた売上目標をようやく3期目で達成した。(どんなけ読み甘!)

会社では「新しいことに挑戦しよう!」などと偉そうに話している僕だが、
正直、本音はもっとラクして儲けたい。“棚ぼた”、“濡れ手で粟”で一発あてたい。

ま、でも仕事はそんなに甘くない。これもこの4年で十分すぎるほど学んだ。だから5期目も丁寧にやっていこうと思う。

ひとりでスタートしたbridgeも今では個性豊かな仲間もたくさん増えて、これまでにない盛り上がりを見せている。これだけのメンツが揃えば、「できること」もどんどん増えていくはずだ。

うし、がんばってこー。

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(今後Noteでbridgeという会社や、個人としての考えや葛藤、悲喜こもごもを書き残していく。つもりです。宜しくお願いします!)

bridgeはイノベーションに必要なマインド・スキル・仕組みの導入と、
プロジェクトファシリテーションを通じて、
人と組織の挑戦をお手伝いするビジネスデザインファームです。
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