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Clean Banditと夜と私

ある4年前の夜、私はランダムに垂れ流したミックスリストの中からClean Banditに出会った。
たった一度4分間の音色を通り過ぎたあと、1週間ずっと頭から離れない旋律を探しに、私はまた同じプレイリストを流した。

一時間ほどしてやっと見つけた曲は"Real Love(本物の愛)"。

冒頭のストリングスの柔らかで力強い音色に完全に心を奪われ、もう一度聞くことができたその日は一目惚れした人にもう一度出逢えた様な運命的で幸せな気持ちで溢れた。


Clean Banditはイギリス、ケンブリッジ大学で出会った四人から始まり、現在は3人から構成されるエレクトロニック音楽グループだ。
公式和名が"清潔な海賊"というところも、単純な直訳でありながら記憶から離れない独特の響きである。


ゲームの効果音の様な電子的な音と、ストリングスの繊細かつ優しく皺一つない滑らかな音のコンビネーションは分厚く、私を飽きさせることはなく、日を追うごとに好きになるのである。

当時留学一年目で英語を勉強し始めたばかりで、実を言うと歌詞は全くわからなかった。歌詞に目を向けても居なかった。
それでも「この人たちが好き」と言う直感だけで取り憑かれた様に何度も同じ曲を聴き続けた。

幾度となく聴き続けた"Real Love"を聞くうちに「一体歌詞はどんなものだろうか」と興味本位で調べると、鳥肌がたった。

曲の一言目から刺さった。

"Oh, you've got the feeling that I wanna feel
Oh, you've got the feeling that I know is real"

"あの人とは同じ気持ちを共有できるの"
"嘘偽りのない真っ直ぐな優しさを感じるの"

日本語訳に迷うほど抽象的で深い。
歌詞を何度も読み返して、美しいなぁ…。この一言しか口に出すことが出来なかった。
音楽を聴いて息が出来なくなる程、心をを揺さぶられたのは初めてだ。

"Real Love"は"本物の愛"と言うだけあってMVに登場する恋人達から溢れ出る幸福や、さまざまな愛のかたちを表現した美しい作品だ。

歌詞だけではない。
この楽曲で歌手として出演するJess Glynneの心に訴えかける芯のある声。
掠れと力強さが見事に共存した歌声を聴きに戻ってきてしまう。


それから私は夜になるとClean Banditの楽曲を片っ端から聞くのが習慣だ。

2017年にリリースされた"Symphony"では"Real Love"とは対照的な「悲劇の愛」を表現し、またその中でも同性同士の恋人のストーリーを描く。
こちらのMVも観ていなくても脳内再現が出来てしまうほど鑑賞した。そして何度観ても涙が溢れてくる。

冒頭からバイオリンの奏でる不協和音と速まるドラムに不安を掻き立てられ、当たり前に隣にいる愛するパートナーを突然事故で失う絶望と痛みを一曲で表現する。

"I just wanna be part of your symphony
Will you hold me tight and not let go?
Symphony
Like a love song on the radio
Will you hold me tight and not let go?"

"貴方の人生がシンフォニーなら、その一部になりたい
抱きしめて、もう何処にもやらないで
ラジオで流れるラブソングみたいにシンフォニーが聞こえる
あんな風に抱きしめて、もう何処へもやらないで"

人生をシンフォニー(交響曲)に例え、美しいはずのメロディ(シンフォニー)が冒頭の不協和音によって崩されてしまう儚さも、痛いほど感じる。


悲しみに溺れたい夜も、幸せに浸かりたい夜も、何もない当たり前の夜を色付けてくれる存在がClean Bandit。
私の留学生活に於いて無くてはならない存在で、語らずには居られない楽曲の数々。

Clean Banditの多くの楽曲は恋愛をテーマにしている。その数多の恋愛の形を一つ一つ忠実に表現し、私に教えてくれる。
同性愛、愛と別れ、浮気、死別、無償の愛、真実の愛…。

私だけでは知り得ない人々の心情を、私の経験したことが無い物語を紡いでいる。

去年アルバムをリリースするに当たり、メンバーが話したことを思い出す。

愛のさまざまな種類の段階を見通しているの。3年かけて作ったんだけど、その間に私たちみんな、それぞれ違う形の愛を経験したわ。なかには苦しい失恋をしたメンバーもいる。なぜか多様な愛の形はすでに歌で作られているの。兄弟愛、家族愛、ロマンティックな愛、消耗するだけの狂愛、不信へと形を変えた苦しみの愛、そして“Rockabye”にも描かれている無条件の母性愛とかね。困難な時でさえ、愛のために、お互いのために、私たちがどんな犠牲をみずから払うのかを探求しながら今回のアルバムの制作に取り組んだわ

苦しみも幸福も彼らの『リアル』を魅せてもらっているから、本物のストーリーを紡いでいるからこそ、心を掴まれた様な気がした。

彼らのグループ名”清潔な海賊”の通り、海賊と清潔さという相反するメロディがまさに繊細でリアルな楽曲を生み出している。
愛は時に汚い。けれどClean Bandit、清潔な海賊を通して愛を見ることで見えないフィルターで美しく感じてしまうトリックにかかってしまった。

私は一度も恋愛をしたことが無い。それなのに、彼らのせいで、失恋の痛みや両思いの幸せさを少しだけ知っている感覚になる。恋愛は怖いものだと感じていた私に、様々な愛を見せてくれた。
そしてそれは確実に心を豊かにし、恋愛=怖いと言う固定概念を取り払った。私はこれからも、何も無い日も狂った日の夜も、彼らといれば大丈夫だと思う。

そんな勇気を与えてくれたClean Banditは私にとって特別な存在だ。

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