私は神様も仏様も信じています。それは世界の全部の良いところ、という抽象的なものとしてとらえております。


ある日、私は家族に聞きました。死んでしまうのは仕方がない、としても、残された人達のかなしみが辛いと思って仕方がない。どうすれば良いですか?

家族は言いました。そうねえ。

うーん。そうだねえ。

忘れちゃうから良いんじゃない?

忘れちゃうから良い?

うーん。そうだねえ。

答えは出ませんでした。(当然ですけどもね)


さて。神様や仏様を信じていれば、すくわれるとかたすけてくれるとか、よくいわれますね。

私自身がそれについてどう解釈したかについて、お話いたします。


亡くなった方はかえらない。それは変えられない。また輪廻転生があるという考えもありますが、いったんそれはおいておいて。

周りの人たちですね。その周りの人達が、故人の方を思う、そしてその思い出を心にしながら、良い心をもち、良い行いを精一杯する。こうすると、亡くなった方はいないけれども、その方の思い出を種として、良いものが生まれてくる。

これのことを、(信じている神様や仏様がすくってくださる、助けてくださる、輪廻転生で苦しみのないところに生まれ変わる、成仏する、等)と、いうのではないかな、と思ったのです。

(個人的な感想なので、間違っている可能の十分ありますので、お気をつけくださいませ)


それから、家族の意見。

忘れちゃうから良いんじゃない?

という考えも、良いものとして生まれ変わったら、自然に忘れていくもの。だから、良いんじゃない? という風に、解釈いたします。

それも、良いもののひとつ、かな、と思いました。



それで。

そう思ったら。ヒナゲシの赤い花がフワッと咲いて風に揺れてありました。


それは。

懐かしい友や恩師や親類を思い出させたのでした。

それだけで、十分、私には、心の支えなのでありました。



ありがとうございます。



ありがとうございました。


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