宇宙SF 光をてのひらに
ここはどこだろう。
真っ暗闇に光の薄っすらと遠くに点っていた。その薄ら暗い光を頼りにゆっくりと手探りで一歩を進めてみる。
「あっ」
足元の生温いけれども優しいトロンとした感触に、思わず声をあげた。
足元を見ると、ぼんやりと薄く光を帯びている。そしてなんだろう、ゆっくりと流れてゆくように動いていた。あるところでは渦を巻き、あるところでは急いで、またあるところでは淀んでいた。その美しいぼんやりな光を、スッと足を光の水面から上げてみると、ポタリ、と光の雫が溢れた。
「なあ、天の河銀河って知ってるかい?」
ふいに陽気な声がして、夢実は振り向いた。そこには幼馴染の拓がいた。半袖のシャツを着て笑っていた。どうしていつも半袖なんだろう?
「そのくらいは知ってるよ。拓こそどうしていつも半袖なの?」
「さあて。どうしてでしょう」
拓がいつものように笑ったので、暗闇にも安心した。
「拓、何か明かり……。スマホとか持ってない?」
「ん〜、スマホはないねー」
「そっか」
「けど、明かりならあるよ」
「本当!」
「ほら」
と、拓は何かを包んだ両手を差し出した。そして、そっと開けると明かりがポワッと灯った。
「わぁ」
「これは、お星様っていう光だよ」
と、エヘンというものだから、可笑しくって。
「素敵、もうひとつだして?」
とせがむと、
「フフフ」
と笑って、夢実の手をとった。夢実の手は何かの細い紐をつかんだ。紐の先を見上げると、まあるいお月様がポワンと灯っていた。
「あ、お月様」
いつの間にか紐はユルユルと上昇していった。
「え!」
と言う間にフワリと宙を浮かび上がった。二人はまるで宇宙遊泳をしているかのようだった。
拓はまたいたずらっ子のように言う。
「ねえ、宇宙は歪んでいるんだよ」
「またあ。……歪んでいるの?」
「そうさ。もうすぐ宇宙はくるりと逆さまになるんだよ」
「え、逆さまになったら転んじゃうよ?」
「そんなバナナ」
「いや、拓のダジャレの方が歪んでいるのかも」
「ギャフン!」
「ギャフンって……?」
「ね、そんなことよりも、見て御覧よ」
「ん?」
拓が指を指す方を見ると、天の河銀河の渦がグルリグルリとゆっくりと回転していた。
「天の河銀河って知ってるかい?」
「知ってるってば」
「じゃあ、天の河銀河の向こうは?」
「んー? よくわからない」
「ほら、宇宙は遠く遠くまでつづいていて」
「うん」
「その星々は届かない」
「届かない……」
夢実は少し心がギュッと締め付けられた。
「けれども、確かに僕らと時空をはさんで確かに存在しているんだってね」
「……届かないけどね」
「え?」
「遠すぎて届かないことも、あるんだよね」
夢実の瞳が潤んだので、拓は一瞬オロオロとした。
「ん〜、届くかもね」
「届く?」
「届くらしいよ。ほら、こうして……」
と、てのひらをくるりとまわして、きつねの形にした。
「コーン!」
「え」
「コーン!」
「きつね?」
「コーン! ね、届いた!」
「?? ……コーン?」
「そうそう、コーン!」
「コーン……」
「コーン!」
「コーン!」
「コーン!」
二人はきつねの手で遠くの宇宙へコーン! と叫んだ。すると。
「あ」
「お星様……」
星の一つが二人の元へやってきた。そして、
「コーン!」
と鳴いて、パッと消えた。二人は顔を見合わせて大笑い。
「ワハハハ」
「アハハハ」
その笑いは真空の宇宙中を満たしていくように。
笑い疲れて、見回すと、満天の星空の中。
「フアァ」
夢実は何故だか急にあくびが出た。
「おや、なんだか。眠たそうだね」
「そうでもないよ」
「そうかい」
夜空は満天の星。星々は静かに瞬いて二人を優しく見守っていた。
「ねえ、夢実。どうしてこの宇宙で出会ったのかな?」
「どうしたの? 突然」
「ん、何でもない」
星は煌めく。永遠は訪れた。
時間の流れは急流と淀みを繰り返し。
空間は歪みと真っ直ぐを繰り返した。
「ねえ、天の河銀河って知ってる?」
「また。知ってる……かな?」
二人は再びそっと天の河銀河に足を浸してみた。と、天の河銀河の渦巻きは斜めった……
「あっ!」
ジャブンッ!
「た、たすけて……!」
夢実は泳げない。天の河銀河でもがいた。けれども美しい光の泡に飲み込まれて、ついに天の河銀河に溺れてしまった。
……。
「大丈夫、大丈夫だよ」
どこからか拓の声がした気がした。
……。
……?
ハッと気づくと、列車の揺れは心地よく。
ガタンゴトンガタンゴトン。
「あ、ごめんなさい。……拓の肩で熟睡してた」
「いいよ。寝ていな。大丈夫だよ」
「いいよ。もう起きた。ありがとう」
列車の車窓は街明かりを走らせて、光の忙しく流れてゆく。
さっきの夢は夢であったかのように流されてゆく。
「ねえ拓、天の河銀河って知ってる?」
「うーん。天の河銀河ねー。うんうん、あれねー」
「知ってるの?」
「知ってる、知ってる! あれだよねー、あれあれ!」
「まったく」
お月様は、ただ夜空にポツとあった。まるで時空の中に取り残されたように。
夢実と拓は、ただポツと居る。まるで時空の中に取り残されたように。
「ねえ、拓。どうしてこの宇宙で出会ったのかな?」
「どうしたの? 突然」
「ん、何でもない」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「え?」
「いつか届くよ。夢実の大切なもの」
「……ありがとう」
いつか届くって信じた途端に、もうこのてのひらに光が届いたような気がした。
(2136文字)
この作品は、以下の詩とショートショートを広げて作りましたものです。
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