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13『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#13 ジュラシック・脚トレ①



「⚪︎×▲⭐︎〜〜ッ!!!!」

アカデミーの扉を開けた途端、叫び声が聴こえた。腹奥から捻り出した女性の呻き声。これはおそらく、木澤さんに指導されている。

「+∂・×……!!!」

今日も相変わらずやばい。断続的に聴こえるのが怖すぎて、そちらの方を見ないように速足で更衣室に向かう。だが、2階の更衣室の扉を閉めても全然聴こえてくる。

何をされたらこんな叫びが上がるんだ。というか、今からこれを受けるのか。忘れていた恐怖心が蘇り、紛らわそうと適当ストレッチを無心でやる。まじでそろそろストレッチ覚えよう。

定刻になり、階下に降りる。ボロボロでよたついた歩きの女性とすれ違った。大変でしたね。本当にお疲れ様です。次、頑張ります、と心でねぎらいを送ったとき、ロビー前で恐怖の本体が近づいてきた。

「いきましょうか」

お通し
この写真がトラウマ


日本2位の屈強な肉体がいつものレッグプレスに誘う。いつもの確定地獄だ。だが、今日はこれだけで終わる気はない。

「よろしくお願いします」


「あと、レッグエクステンションも教えてもらえますか?今日は脚をやりたいです」

「脚ですか」

ジュラシックアカデミーの脚トレはYouTuberや全国の猛者の“肝試し”に使われている存在であり、めちゃくちゃ辛いことで知られている。まだ全身のトレーニングをふんわり覚えている途中の私には自殺行為だ。

そして、パーソナルで脚トレを1回受けて挫折した知人が最も辛かったと言っていたのが、このレッグエクステンションだ。「ここまで上げて下さい」「ここまでです」「ここ」と、動けなくなっても延々と繰り返す木澤さんに心が折れたらしい。

それを知っていて何故やるか。私はなぜか「脚のトレーニングが全て裏側(ハムストリングス)に入る」という特性があるため、その解消をしたいのだ。だから、今日は最初から徹底的に脚を、大腿四頭筋を殺してもらうと決めていた。

その説明を聞いて、木澤さんは何か考えながら「いいですよ」と言った。この日の結論から言うと、大腿四頭筋は死んだ。だが、この「いいですよ」は嘘だった。

「じゃあ、今日はナローで」

一種目。ナロースタンスレッグプレス。
狭い足幅で背を丸めてプレスすることで、太ももの外側である外側広筋をメインに鍛える種目だ。ジュラシック流のレッグプレスには明確なルールがある。

①プレス時に脚を伸ばし切らない(150度くらいで止める)
②テンポを崩さない。1で押し、2、3でゆっくり負荷をのせておろす
③ロック寸前のフルボトムで完全静止する
④とにかく全力で押す

以上。
こんなにシンプルなのに、やってみると全くできない。特に「テンポ」と「全力で押す」を1レップ毎と言っていいほど注意される。そのたびに、知識と行動は全く別物なのだと思い知らされる。ちなみに当たり前に嘔気が来るほど辛い。

「GO」

始まった。全力で押す!そしてゆっくり……
途端、木澤さんが吹き出した。びっくりして見る。明らかに笑っている。

「……なんで声出すんすか」

なんで声だすんすか???
重くて無意識に出る以外に何があるのか。謎に包まれる私をよそに、木澤さんはまだ笑っている。おもしろポイントが全然わからない。

「……あのね、ジムきて1セット目でそんな声出す人いませんよ(笑)。練習ですよこれ(笑)こんな軽くしてるんですよ(笑)この重量でそんな声出す必要ないでしょ(笑)」

確かに「ゔぅぁ!!!」は言い過ぎだったかもしれない。でも。必要性を感じてから意図的に声を出す人間はいない。まじで単に出ちゃってるだけだ。

「いや重いんですよ私には、だから……」

「はいはい(笑)」
「じゃ、続けましょう」

言い訳を無視して唐突にまた始まる。なんてマイペースなんだ。いち。に、さん。いち。に、さん。本当に頭では分かってる。だが、5回ほど続けると、もうテンポが崩れ出した。

「……2、3、1……遅い」
「遅い」

ニーインしそうになるのをかろうじて食い止めるのに必死で、リズムについていけない。

「もっと」
「もっと力一杯押して」
「早く」

あ、来る。

「遅い!!!」

来た。全身に血がどっと流れる。

「遅い!遅いんだよ!」

「もっと勢いつけて!」
「伸ばし切らない!休むな!」
「もっと止まって!完全に止めてから押す!」
「なんでグリップ離すの!絶対離さないで!」
「押せない時こそグリップで引き寄せて、しっかり力入れる!」
「もっとちゃんと握って!ほら早く!」

堰を切った怒涛の叱咤。木澤さん名物の『煽り』だ。

「もっと早く押して!何やってんすか!」

「はい!!!」

わかってます。わかってるけど出来ないんです。あえて厳しい言い方をしてると分かっていても腹の奥から怒りが込み上げる。それを力に変えて精一杯押し上げる。だが、思うように押せない。止まれない。回数を追うごとに胸が破裂しそうに痛くなり、呼吸が乱れて吸い込めない。息吸って!息!遠くで木澤さんの声がする。

「はいラスト!思いっきり!」

やっとだ。苦悶の声を振り絞ってのギリギリの攻防。もうあとどこに力入れればいいか分からないくらい、全力で押した。


「……OK」


やっと終わった。恐らく数えたら10超くらいの大した数じゃないはずなのに、いつも永遠に感じる。また思うように出来なかった。荒くなった呼吸を整えながら、上達のない自分を恥じた。次セットこそは頑張ろう。

「はい」

「じゃああと5回」

「!?!???」

やられた。セット終了じゃない、レストだ。呼吸が戻るのを待ってたんだ。しかも5回?ここから?

「ハイ、いち」

「〜〜〜〜〜⚪︎×▲⭐︎ッ!!!」

非情なカウントが始まる。恥じてる場合じゃない。やるしかない。限界にさらに負荷が追ってきて、自分でも何叫んでるのか分かんない悲鳴が出る。扉を聞いたときに聴いたやつだ。

これ

もう絶対に挙げられない!思わず、手が太ももを押した。

「なんで手だした!?」

すかさず木澤さんが怒声を上げた。

「すみません!もう無理です……!!!」

「無理じゃない出すの早いんだよ!次やったらもっと増やすよ!グリップ握り直して!」

「はいすみません!!!!!」

「もう1回!」

大絶叫の謝罪と容赦ない追撃。ブラック企業の新入社員時代の記憶が白霧の頭に流れる。なんなんだよこれ。誰だよ予約したやつ。

「OK」

ふとロックが戻る音がして、本物の解放が訪れた。そうだ、この音を聴くまで安心してはいけないんだった。なんで毎回騙されちゃうんだろう。あまりの辛さに小型犬のようにブルブル震えながら、救いを求めて木澤さんを見た。


めっちゃ笑ってた。どうやら、さっきから私の必死の形相と悲鳴がツボに入ってたっぽい。さすが出産の立会いで笑った男だ。笑いのステージが違う。人倫をパワーラックに置いてきている。

「あの、腰が……腰がいたいです」

木澤さんがやっと笑うのをやめた。

「ちょっと立ってみて。どの辺ですか」

人格は破綻しているが、やはりプロだ。ケガの予兆には敏感なのだ。よぼよぼと立ち上がって痛い部分をさすった。

「wwww」

また笑った。まじかこの人。

「それ腰じゃないです。ケツです」

「ケツ」

「そこなら大丈夫です(笑)。普通です(笑)」

自主トレーニング3年間、ずっと謎に痛いと思っていたのは腰ではなく、大臀筋上部だったらしい。今度は私のあまりの初心者ムーブがツボッたらしい。しかし、まじで笑いのポイントがわからない。

「大腿四頭の感覚がない……そうだよね。腰と尻の区別もつかない……ふふ」

木澤さんが嫌味を言ってくる。豆知識だが、木澤さんはけなす意味ではなくジョークとして嫌味を言う。セット前に緊張しすぎてグリップとロックを間違えて握った際には、明らかに間違えてるのがわかってるのに、

「なにしてんの。それは触んなくていいです。僕がやるんで余計なことせずに集中してください」

というジュラシックジョークを受けた。嫌味に限らず木澤さんはジョークをよく言う。でも、真顔で真剣な口調で言うから本気に聞こえて、誰もつっこめなくて変な空気になる。

YouTubeではたびたび起こる


でも、冗談の時は口元を見ると若干口角が上がってるから判別できる。自己完結でウケてるのだ。ちなみに私はこのジュラシックジョークが大好きすぎて、やられるともれなく笑っている。
結果、何回もネタを被せてくるから、「トレーニングできないからやめてください」と懇願した。木澤さんは顔と身体とトレーニングと笑いの角度と唐突な沸点の低さが怖いだけで、基本お茶目なのだ。

話が逸れたが、このあとこの地獄を合計6セットをやりきった。この時点で疲労困憊だ。でも死ぬほどキツいのに、やっぱり四頭はあまり分からなかった。

エクステンションを頑張ろう。そう思ったとき、木澤さんが異様に軽いプレートに付け替え始めた。……このあと、はじめての「大腿四頭筋の悪夢」を体験することになる。

#14に続く

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