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リーダーシップの巧拙 - MBAリーダーシップ②

2024年1月9日、オハ大MBAリーダーシップの講義第1回目。
冒頭で教授からの問いかけ。6つの事例のうちリーダーシップにあたるのはどれか。クラスメイトは直観で匿名投票する。

クラスメイト49人の回答が割れていた。
「リーダーシップって一体何?」からスタートする。リーダーシップの巧拙を議論するなら、リーダーシップの定義をおさえないといけない。


(1)Warner Cableのケース

■ケースの内容を簡単に紹介
1988年夏、アメリカのケーブル会社Warner Cableが舞台。1985年の冬、マサチューセッツ州のメドフォードというエリアを管轄する部門のトップとして、ブルースという人物が採用された。ブルースはハーバードMBA卒で過去にケーブル会社2社でのキャリア実績がある。能力が高く、同時に自信家であり他者への要求水準も高い。

ケーブル産業はインフラ的側面があり規制産業として扱われてきたが、1984年頃から規制緩和により料金体系が自由化される等、業界がダイナミックに変化していた。

規制緩和前は販促活動はせず加入希望の連絡をただ待つのみ、顧客のクレーム対応もままならない状況であったが、ブルース就任後は本社主導の顧客ファーストの方針も相俟って、加入者数が増加し業績も良化した。

ブルースはいわゆる仕事人間で、顧客満足度調査等にも全て目を通し、課題を識別しては即座に部下に指示出しする。部下の相談にはいつでも乗る親分肌な所があるが、要求水準が高いこともあり人前で特定の人を罵倒することもあった。
従業員の給与水準の低さを問題視したブルースは、本社に昇給をかけ合い、離職率は改善した。有能な人材にはより高度な職位を与えるよう取り計らったが、昇格プロセスは場当たり的であった。
また、ブルースは部下の能力を断片的な印象で決めつけてしまうところがあるのか、能力が低いと一旦ブルースが判断すると、これを覆すのは至難の業だった。
ブルースの威圧的な態度に不満を漏らす部下もいたが、ブルースがいなくなってしまったらメドフォードの状況はたちまち転落してしまうのではないかと心配する従業員もいた。

以上、実際は約20ページに渡って詳細に状況が描写されているのだが、私の主観で纏めてみた。

■クライメイトが主人公ブルースを評価
教授が問いかける。「ブルースを7点満点で評価してください」
私は4点と評価したが、4点はクラス内の最低点で4名のみ、その他の多くのクラスメイトは5-6点と評価した。
私より高く評価した人は、加入者数の増加、業績アップ、離職率の改善等を理由にブルースを高めに評価した。
私は、彼の実務家としての功績は認めるべきだと思うが、人前で特定の人をなじったり、部下の能力を印象で決めつける態度はリーダーシップの観点から問題があるように感じた。

■結論
会社のミッションに沿った組織目標を達成することがブルースの役割であり、確かに加入者数増加や業績アップ等成果は上がっているが、ブルースがいなくなると成果は維持できないだろうし、組織力が改善したわけではないようだ。そのため、ブルース個人の能力は高いが、部下を巻き込み成果を出すというリーダーシップの観点においては未熟と判断された。威圧的なリーダーシップは後述するEvidenced-Based Management (EBM)では良しとはされない。
なお、Warnerの社長であるジムは組織内の優秀人材が欠如している状況下、ブルースの能力の高さを評価し、彼にリーダーシップのスキルを身に付けさせるため、施策検討に入った。

■感想
ブルースが行っていたような威圧的なリーダーシップの問題点は後述するが、アメリカでも日本人と同様、威圧的な態度はリーダーとして(時には)効果がある(もしくは、好ましい)と考える人が多いなと感じた。
私は経験上、威圧的な態度はどんな場合でもプラスにならないと信じたいと思っていたので、冒頭から「この講義はおもしろそうだ」と思った。
もしかすると、軍隊等ストレス耐性が必要な組織であれば、訓練の中で威圧的な態度を取るのは有効かもしれないが、ビジネスの世界には当てはまらない。

(2)Evidence-Based Management (EBM)

(Ⅰ) 威圧的リーダーシップを考察

Evidence-Based Management(EBM)とは、批判的な思考&利用可能な最善のエビデンスを組み合わせて下される意思決定である。(詳細はこちら。リーダーシップってなに? オハイオ州立大MBA|Rie | 米MBA - オハイオ州立大生 (note.com)

パワハラとも捉えうる威圧的なリーダーシップに関するエビデンスを見てみよう。500件以上の査読済み研究で、怒鳴る、中傷する、軽蔑的な発言を行う等リーダーの威圧的な態度による影響を調査してきたが、以下のとおりポジティブな影響は実質的には見受けられない。

現時点において利用可能なエビデンスに基づくと、威圧的なリーダーシップは有害であり、関連組織・業界や文化にまで波及するとされる。
また、威圧的なリーダーの成功は、彼らのリーダーシップスキルではなく別の要因、例えば経営上の洞察力に関連する知識やスキルや能力で説明できる。また、いじめや虐待による悪影響を及ぼすことなくポジティブな結果を導くように影響力を発揮するテクニックはあるのだ。

専門家が研究を積み上げ明らかな結論が出ているにもかかわらず、なぜこのようなエビデンスが無視されるのか。マネジャーが拠り所にするものは一体何なのかをここから考えていく。

(Ⅱ)EBMが採用されにくい理由

■エビデンスにアクセスしづらい
世の中に存在する大量の文書を集めてふるいにかけ、最良のエビデンスを決めるのは難しい。最も優れた市販の書籍と言われるものでも、これらはエビデンスベースにはなっていないのである。
■EBMで組織内のパワーバランスが変わる
EBMにコミットする組織では、意思決定に影響を与える能力が、立場に関係なく、知識を持つ人に移管されることになる。EBMによって権力は必然的に役職のより高い人からデータを持つ人に移ってしまうため、知識を持たない役職者はEBMにコミットするのを嫌がる。
■耳が痛くなるエビデンスでも受け入れないといけない
一般的に人は都合の良い情報だけを授受したいものであり、そのような意識によってEBMが実践されにくい文化が創り出される。

では、EBMの代替案は何になるのか。
私たちは、例えば松下幸之助や稲森和夫等の経営の達人の著書に惹かれる。また、新聞のコラム、雑誌、テレビやウェブサイトから様々な影響を受ける。さらに、自らのストーリーを語りたがり、また長年にわたり蓄積したと信じる知恵を後世に広めたがるご隠居経営者の声に耳を傾ける。

その結果、ビジネス上の意思決定は、多くの場合、希望や恐怖、他の人がやっているように見えること、上司が過去に行ったことや効果があったと信じていること、そして、彼らが大切にしているイデオロギーに基づいてなされる。EBMの代替案として参照される情報は事実でもなんでもないのである。

(Ⅲ)EBMでなければダメなのか?

では、なぜそれが問題なのか。
クラスで教授が生徒に問いかけた。
「あなたが最もキャリアで成功している状況を想像してみてください。そして、なぜ成功したのか、成功の要因を考えてください。」

私は、”運がよかったから成功したのかな”と思った。
教授は説く。
多くの人は、成功の要因を自らの能力の高さや甚大な努力等、自分の中に見出し、失敗の要因は自分以外のもの(他者や環境)のせいにするという。例えば、上司・従業員が悪かった、不景気だった等である。
成功の要因をまともに考えれば、組織における自分の役割を理解し、役割に応じた業務の達成度合で測るのが筋である。例えば、課せられたタスクが想定より平易だった、とか、十分なリソースが確保できていた等が筋のいい回答なのだろう。著名なビジネスリーダーの自伝を読むときも、この視点があればポイントを外さない。

とにかく、成功したマネジャーの多くは、なぜ自分が成功したのか丁寧に理解していないだろうし、例え理解していても彼らの成功の法則が異なる状況下においても通用するというわけではない。

そして、エビデンスを無視して誤った意思決定を下し、組織が多額の(機会)損失を被ることも少なくないという。

(Ⅳ)職場に蔓延する誤解

  1. 部下への威圧的だが粘り強いリーダーシップのおかげで成果が出たという誤解。これ以外にも、職場で信じられていることが、EBMでは反証されるという例がよくあるという。
    例えば、「満足度の高い従業員は生産性が高い」という誤解。研究では従業員の満足度と生産性の相関関係はほぼゼロ(分散0.03)という結果が出ている。理由はこうだ。従業員満足度が高い状態というのは、例えば人間関係が良好な場合等に見受けられることが多いが、人間関係が良好な故に、必要だがしんどい仕事を同僚や部下に任せにくい。とはいえ、仕事は仕事なので誰かがやるしかない、ということだ。

  2. 「新人採用面接プロセスでハイパフォーマーとローパフォーマーを峻別できる」という誤解。会社によって面接には様々なプロセスがあるが、プロセスで見極めるポイントは入社後のパフォーマンスとはほとんど関連しない。面接官への説明やプレゼン、彼らとの対話は、説明力や対話力を測ることはできても、実際の業務との直接的な関係はないだろう。新人の経歴や入社試験の結果を参照して業務適応能力を予測することも多いが、やはり「地頭の良さ」で入社後のパフォーマンスの良しあしを測るのはズレている。

  3. アメリカではインターン制度を採用する企業が多いが、EBMに基づけば、インターン制度は採用プロセスとして面接よりも理にかなっているのかもしれない。

(3)リーダーシップの定義

■リーダーシップの成果
リーダーシップの成果を議論した。答えは無限に存在するが、生産性向上、モラル向上、離職率ダウン、幸福度アップ、リーダーシップ開発等組織にとってポジティブな状態をイメージする。そして、私たちは組織内で期待される成果を出すためにリーダーシップを発揮して仕事を進める。
■リーダーシップの定義
成果から逆算するとわかりやすいが、リーダーシップとは、目的のために、個人が影響力を行使し、他者の思考(態度、価値観、信条)、感情(感情的な経験)、そして最終的には行動(自発的な身体活動)を変えるプロセスである。

この定義に当てはめると、冒頭にクイズの答えは以下のとおり。

No.3では配偶者の行動を変えたわけではないし、またNo.6で変えたのは他者ではなく自分の行動なので、No.3とNo.6はリーダーシップには該当しない。それ以外の行為はリーダーシップに該当。

なお、リーダーシップは、様々な社会的状況において影響力を行使することを指す広範な概念としてよく考えられる。一方、混合されやすいマネジメントは、組織目標の追求に関する役割の観点から定義され、計画、組織化、意思決定や指導(Leading)が含まれるがその限りではない。
そして、リーダーシップは、サイエンス面(客観的、体制的、ルールベース)だけでなくアートな面(主観的、個人的、表現力豊か)も兼ね備える。

(4)High leverage behaviors (HLBs)とは?

人は最終的なゴールや指標に執着し、ゴールにばかり注意をむける傾向がある。例えば、販売マネジャーは売上高、工場長は生産数や超過コスト、病院長は経費や患者の健康・満足度、大学院長は志願者数や入学者数等。
気持ちはわかるが、リーダー達はこれらのゴールに直接的な影響力を与えることはできない。「商品の売上を2倍にしよう」といっても2倍にはならないのだ。
ゴールを達成するためには、共に働くフォロワーが、ゴール達成に向け具体的な行動をとる必要があり、これをハイレバレッジ行動(HLBs)という。

ある事案を用いて考えてみる。

(Ⅰ)MRSA院内感染を例に考える

■背景
アメリカではMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)等の院内感染で毎日平均275人が死亡していた。接触によって簡単に伝染し、人でもモノでも付着すると6週間生存可能で、通常の抗生物質が効かず、場合によっては死に至る恐ろしい病原体である。なお、MRSAはアルコール消毒への耐性が低い。
30年が過ぎMRSA感染率は32倍に増加した。病院の対応が効果的ではなかった。MRSA対策のための病院の施策はどのようなものだったのか、見てみよう。

■病院のダメな施策
施策A:医療従事者間で協力し、問題を解決する文化を創出する
施策B:病院スタッフへの権限強化・権限移譲
施策C:患者の健康と感染の危険性について繰り返し議論する

これらの施策を見て、どう感じるだろう。
私は、「どこの企業にも、こういうぼんやりとした施策があるな」と思った。議論の行方が見える中で批判的に考察しているので、アメリカの病院をバカにしてしまいそうになる。だが本件に限らず、具体性のない施策を掲げて事後評価もせず満足して終わるという事例はそこらへんに転がっている。
もちろん、このような施策を掲げたアメリカの多くの病院では、MRSA感染率は期待したようには下がらなかった。

一方、モンタナ州のBillingsというクリニックでは2年半でMRSA感染率が84%低下した。

■クリニック Billingsのイケてる施策
Billingsでは、以下の具体的な対応を医療従事者に継続的に実践させた。
施策a:回診時、医師は意図的にMRSA患者を最後に診察。
施策b:ICUの看護師は勤務時間中、定期的に患者のサイドレールを消毒。
施策c:医師はネクタイ・白衣・長袖等感染の媒体となる服装を着用しない。
施策d:患者を看る際、看護師は清潔なタオルを使い、直接寝具や患者には触れない。

目的を達成するための、具体的な施策になっている。Billingsのこのような施策はハイレバレッジ行動(HLBs)に該当する。

(Ⅱ)良きHLBsとは?

Billingsの施策からもわかるように、良きHLBsには特徴がある。
■具体的である(Concrete):具体的で識別可能な行為。行動は意見や判断ではなく、事実として測定される。つまり、観察者が誰であれ、施策が実践されたかどうかの測定に、判断が介入する余地はほぼない。
■効果的である(Efficacious):実行によって望ましい結果が得られる可能性が高くなる行為。行為自体はそれほど重要ではなく、常に得られる成果とリンクさせ、実践している行為に効果があるか考えなければいけない。
■順応性・可鍛性が高い(Malleable):行為者が自発的にすぐに行動に移せること。医師のネクタイはすぐに外せるし抵抗感もないだろうから、順応性があり良きHLBなのである。

良きHLBsを理解するため、良くないHLBsを挙げる。
<HLBsの悪例>
モチベーションを高める。
良い意思決定を行う。
戦略と計画を策定する。
権限を強化する。
訓練を受ける。
フェアーでいる。
よくコミュニケーションを取る。

上述の良きHLBsの特徴に鑑みると、施策に具体性がない。自発的な行動を期待するといっても施策に具体性がなければ順応性を評価しても意味がない。

(Ⅲ)練習:ゴール達成のためのHLBsを考える

どのような施策がHLBに該当するか、2つの例を使って考える。
なお、講義ではDEI(Diversity, Equity, Inclusion)のHLBも取り扱ったが、DEIの改善は比較的新しい議論でありHLBsを特定するのは難しいようだ。

また、ゴールを達成するためのHLBを考えてみた。答えはこれら(下表の左)に限らず、また組織の内情によってもHLBは異なるだろう。

(Ⅳ)タイHIV感染率削減のためのHLB

タイは1990年代初頭、政府・産業界、メディア、NGO等社会のあらゆるセクターを動員したエイズ対策を実施し、爆発的な感染拡大を抑制することに成功した。
タイで最初にHIV感染が報告されたのは1984年だった。当初HIVは同性愛者や薬物常用者(主に受刑者)等の一部の限られた人々の間で感染する外来の病気と考えられていた。しかし1987年に非暴力受刑者3万人に恩赦が与えられたこともあり、1990年にかけて薬物常用者、セックスワーカー、その顧客や顧客の妻と、タイ全土にHIV感染者が広がり1993年には感染者は100万人に達した。1993年時点の予測では、タイは地球上最もHIVが蔓延する国になると考えられていた。

タイのHIVプログラムの責任者であったウィワット博士の研究によると、97%がセックスワーカーとの異性間接触によるものであるという結果が出た。

HIV感染率を下げるための具体的(Concreate)で効果的(Efficacious)で順応性(malleable)の高いHLBはどのようなものになるだろうか。

タイでは、ウィワット博士の指導の下、100%コンドーム使用プロジェクトを実施し、風俗客にコンドームなしの性行為をさせなかった。結果、1990年代半ばには新規感染率は80%下落した。

これには別のストーリーも存在する。セックスワーカー(女性)が男性優位な社会で顧客(男性)に確実にコンドームを使用させるための施策も考えなければならない。
当該事例に関して講義ではこれ以上は踏み込まなかったが、実際の社会活動では、特定のゴール達成のためには、さらに細分化されたゴールが設定され、それぞれのゴールにHLBが存在することになる。

(5)感想

おもしろい講義だった。覚えておきたいことがたくさんあったので講義の進め方に沿って記録した。
「正しい問題認識と解決策を丁寧に考え、HLBsを決定する。」
正しいHLBが特定できれば、私が共に働く人達は理解を示してくれるだろう。
2回目の講義では、リーダーシップを発揮したがらない人へのアプローチ方法を考える。楽しみだ。


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