これは世界の終わりではない、ジャズの始まりだ。
カリフォルニアではCOVIDがだいぶ収束し、飲食店や娯楽施設が続々と再オープン。私自身も、数ヵ月ぶりにSocal Jazz Academyに復帰し、ジャズ・セッションのレッスンに再び通い始めました。
1時間半のレッスン中は、ずっと楽器を演奏している・・・というわけでは、ありません。
「哲学」とまではいかないけれど。ジャズを演奏する際のマインドや、人と音を合わせる際のスタンスなど、ジャズプレイヤーとして知っておくと良い考え方について、語り合う時間も少なくないのです。
先日、プロのトロンボーン奏者がレッスンに参加してくれて、こんな面白い話をしてくれました。
ジャズは「何でもやっていい。自由だ」と思われているけど、プレイするときにはそれなりに「ルール」がある。
例えば、ソロを演奏するときのコーラスの数。
最初のソリストが3コーラス演奏したら、それ以降のソリストも、3コーラスずつ演奏する。それが、基本のルールだ。
ある生徒は、こう質問してきた。『3コーラスずつソロをまわしていたのに、5コーラスも吹いている人がいた。こういう場合は、どうすればいいんだ?!』ってね。混乱して、興奮した様子で聞いてくるんだ。
だから俺は、こう答えた。『大丈夫だ、落ち着け。これは世界の終わりじゃない、単なるジャズの始まりだ』ってね。
3コーラス演奏するはずが、5コーラスになっちゃった?
別に、いいじゃないか。演奏していて、ゾーンに入ることってあるだろ?
それが、ジャズだ。
トレード・フォース(4小節ずつ交互に演奏)って決めてたのに、最高の8小節のフレーズが浮かんだらどうするか。
そんなときは俺を聴け!って、演奏しちゃえばいいんだ。
それも、ジャズだ。
一緒に演奏していたら、『あいつ、まだまだ演奏する気だな』って、わかるだろ。感じるだろ?そんなときは、好きなだけやらせてやれよ。
大丈夫、そんなことで世界は終わらないから。
このお話をしてくれた方は、ものすごい大柄で、小脇にかかえたトロンボーンがスライドトランペットに見えるほど。そんな貫禄で、歌うように話してくれたこのエピソードが、私の心奥深くに突き刺さったのでした。
確かになあ。
そうだよな。
これは持論ですが、「ルール」があって、それを理解した上で「あえて外す」ことで「Yeah!」になるというのは、これぞジャズ中のジャズ。大切なのは「Yeah!」かどうかで、そのためにルールがあるし、そのためならルールを超えていくこともある。
結局、ルールはあるの?え?さっきのルールは、なくなっちゃうの?それとも、新しいルールができちゃったの?!と、不安になってしまいますが。そんなときも、このフレーズに戻ってきたらよいのです。
『世界の終わりじゃない、ジャズの始まりだ』
いいな。
これを私の座右の銘にしたい。
これまでは『笑う門に福来る』を座右の銘にしていたのですが、アメリカであまりヘラヘラしていると舐められたりもするので、座右の銘を変えたいと思っていたところでした。
日々の中心である“子育て”も、笑顔だけで乗り切れない場面は多々ありますから。でもこれだったら、型に捕らわれず、しなやかで楽しい育児が実現しそうじゃないですか?
ルールは、どの世界にもあります。自分の心の中で作ったルールに縛られることだって、ある。そしてルール通りでは上手くいかないこと、ルール通りを期待していたのに裏切られることって、たくさんあります。
でも、大丈夫。
(It's OK.)
落ち着いて。
(Chill.)
これは、世界の終わりじゃない。
(It's not the end of the world.)
単なる、ジャズの始まりだ!
(It's just the beginning of jazz!)
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