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gift【小説】

 限界だ。よくここまで我慢した。頭がおかしくなってしまいそうなのは決して夏の暑さだけが原因ではない。

大丈夫だ、もう流石にいいはずだ。どんな漫画だって、どんな小説だって、ここまでされたキャラクターに同情しない読者はいない。口では“どんな理由があってもしていいことではない”とか言っているけど、美学を語っているにすぎない、だから嫌悪とか憎悪は発生しない。

 大丈夫、僕はもう十分可哀想だ。

 だから、桐堂イツミを殺してもいいはずだ。



>呪詛<

 1日のほとんどを一人で過ごしている。小学五年生の時に母が他界して僕と父親の二人暮らしになった。元々、父との会話は少ない。父親はほとんど家に帰らず、いても部屋にこもって出てこない。食事も毎日千円机の上に置いてあるだけだ。 
 だから、虐められていることを相談できるような家族はいなかった。
 桐堂イツミに虐められるようになったのは中学2年生からだ。元々運動部の彼は教室内でのヒエラルキーが高く、部活に所属せず孤立していた僕はよく馬鹿にされていた。
 そして、イジメが加速したのは、僕の裏垢が彼に特定されてからだった。
 僕は、裏垢で女装写真を投稿している。初めは、母を失った寂しさから衣服に手を伸ばし、身につけるだけだったが、やがてそれは性的興奮に変わっていった。
 口紅を引いて母の服を身につけている自分を鏡で見ながら自慰行為をする。そして、その欲求はエスカレートしてゆきそれを誰かに見てもらいたくなってしまった。
 投稿した動画や写真に反応があるたびに自己肯定感が上がっていく。僕の投稿はどんどんエスカレートしていった。
 「これ、お前だろ。ユラギ」
 男子トイレ。桐堂イツミは意地悪笑いながら僕にそういった。
 「今日からお前は俺の奴隷な。反抗したらこれがお前だって周りにバラす。わかった?」
 それからの生活は地獄だった。日々人間以下の扱いを受けながらも誰にも相談できなかった。
 そして今日、桐堂の仲間たちに落書きされた裸の写真を撮られた。
 「若月って絶対にイツミに逆らわないよね」
 桐堂が笑って答える。
 「そりゃだって、仲良いもんな俺ら?だろ?」
 胃から腐った匂いがする。身体が勝手に頷いてしまう。
 「好きでやってるってこと?」
 「やっば」
 その声色からは嫌悪が伝わってくる。
 辛い反面、心が楽になっていく。ここまでされればもう殺しても許されるはずだ。誰も僕のことを攻めるものはいない。大丈夫、もう十分だ。

 桐堂の家は知っている。直接尋ねて呼び出して殺す。桐堂だけ連れ出すことが出来なければ鍵だけでも開けさせてあいつの家族もろとも殺してしまおう。大丈夫だ、悪いのは桐堂だ。自業自得だと誰もがいうはず。イジメなんてする奴が全部悪い、家族まで巻き込んで、どうしようもないやつめ。
 自然と笑みが溢れた。でも、震えは止まらなかった。試しに包丁を握ってみたが力が入らない。これでは殺せないかもしれない。震えを止めないと。
 母の部屋に向かう。いつだって自分を強くしてくれたのは母の遺品だった。化粧台の引き出しを開ける。すると、引き出しの奥にいつも使っているものとは違う高級感漂う口紅があることに気が付く。蓋を開けるとゾッとするような赤い色。でも、これから人を殺すのには相応しい色かもしれない。
 震える手で紅をひく。
 お願いです。お母さん僕に力をください。
 刹那、身体の奥が熱くなる。苦しい、立っていられないほど苦しい。身体が震える、いや、痙攣している?なんで?毒でも塗ってあった?どうして?何が起きている?どうして僕が死にそうになっているのだろう。僕の視界は霞んでいき、そのまま意識を失ってしまった。

 目を覚ます。身体は楽になっていた。時計を見ると時刻は夜中の22時。口紅を引いてから30分経ってしまっている。
 口の中が粘つく、水が飲みたい。ふらつきながら洗面台まで向かった。視界がいつもより少しだけ低い。それに身体がダルい。コップに水を注ぎ一気に飲み干す。
 水の通り方に違和感を覚える。自分の体ではないみたいだ。
 嫌な予感がして鏡に映る自分を見た。そこには見知らぬ女の子がいた。
 そして、それは若月ユラギ、つまり、僕、だった。


>目覚め<

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