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エッセイのご紹介407  桑の実の熟れる頃(小黒恵子著)

 こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。

 今までは、神奈川新聞のリレーエッセイをご紹介してきましたが、今回からは、神奈川新聞のサンデーブレイクに掲載されたエッセイをご紹介いたします。

 記念館には、自筆の原稿が残っており、ここでは、原稿の方をご紹介します。実際の記事は、校正を重ね、少し異なっています。
 詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

エッセイ タイトル一覧(小黒恵子自筆の原稿より)

「桑の実の熟れる頃」
                     詩人・童謡作家 小黒恵子

 梅雨の頃になると、桑の実が濃紫に熟れる。
 昔は地方へ旅をすると、低木に栽培された桑畠が、至るところにあったものだ。
 もう八年程も経つだろうか、わが家に実生の桑の木があるが、五米程にも伸び放題にしてある。
 ポロポロと地面に落ちた実に、蟻が吸いついているのも、梅雨の晴れ間の風情である。
 甘くてけっこう美味しい季節の贈りものを味わいつつ ― 山の畠の桑の実を 小篭に摘んだは いつの日か ― 三木露風の「赤とんぼ」のうたを、私はふと口ずさんでいた。
 半年程前だったろうか、横浜市中区のシルクセンターの角地に、高木の桑の木があるのに気づいた。これはすてきなアイディアと、立止まって桑の木を眺めた。あの桑も無数の実が熟して、道行く人に郷愁の香りを与えていることだろう。
 話は逆るが約百年昔、私の祖父の時代に、養蚕をやっていたと聞いている。多摩川の東京側の河川敷に、約七百坪の広さの兵庫島がある。その島に桑畠を作っていたが、東京に合併された時、その引替に砂利の採掘権をもらったそうだ。
 絹は肌にやさしい。今後どんなにすばらしい新しい素材が発見されようと、絹に勝るものはないだろう。絹の道シルクロードは、東西の交易と文化を結ぶ動脈であった。絹はやさしく繊細で大きな力を持っている。
 それにしても蚕(かいこ)はなんと不思議な、ありがたい有用な益虫なのだろうか。

1992(平成4)年6月28日 神奈川新聞サンデーブレイク掲載の原稿

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 次回も、小黒恵子の神奈川新聞のサンデーブレイク原稿をご紹介します。(S)

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