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エッセイのご紹介417 「早春賦」の季節に(小黒恵子著)

 こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。

 今までは、神奈川新聞のリレーエッセイをご紹介してきましたが、今回は、神奈川新聞のサンデーブレイクに掲載されたエッセイをご紹介いたします。

 記念館には、自筆の原稿が残っており、ここでは、原稿の方をご紹介します。実際の記事は、校正を重ね、少し異なっています。
 詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

エッセイ タイトル一覧(小黒恵子自筆の原稿より)

「「早春賦」の季節に」
                    詩人・童謡作家 小黒恵子

 春は名のみの風の寒さや - 今まさに「早春賦」のうたを思わせる季節である。
 このところ風の日が多く乾燥しているので、植木がすっかり乾いてしまい、久しぶりに庭に出てホースで水をやった。
 十年余りも経つだろうか生前に父が植えた水仙が、庭の一隅にすんなりと勢よく伸び蕾が色づいていた。
 植えた人はいなくなっても、こうして毎年季節が訪れると芽が出て、やがて美しい花を咲かせる自然のすばらしさに感動をおぼえた。
 と共に四年前の三月のお彼岸に、九十五歳で亡くなった父をなつかしく思った。
 ふとあたかも人の視線を感じるように花の視線を感じると、山椿の燃える紅いろが、ハッと鮮やかにハッと美しく凛として微笑んでいた。
 父は詩も絵も本も歌も残さなかった。そして地位や名誉に関心がなかった。
 けれど自然や緑や花をこよなく愛した風流人だった。
 庭の草木の手入れに余念がなかった。
 縁側でお茶をのみ乍ら、自分で手をかけた庭を眺め、母と語らう時間を大切にしていた。
 私は時どき人の世の淋しさ悲しさ、苦しみ怒りなどの打ちひしがれた時、庭に出ると父が残してくれた緑や花がやさしく慰めてくれる。
 もうすぐお彼岸である。
 彼岸桜の蕾がふっくらと季節を告げている。
 紅梅の花吹雪が、庭一面に紅いろの小さな蝶になって舞っていた。

1994(平成6)年3月13日 神奈川新聞サンデーブレイク掲載の原稿

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 次回も、小黒恵子の神奈川新聞のサンデーブレイク原稿をご紹介します。(S)

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