Episode.6 セミ爆弾の話
夏の終わりごろ。
ある問題が私たち姉妹を悩ませた。
地面に落ちた死にかけのセミ…通称「セミ爆弾」の問題である。
事件が起きたのは、ある平日の夜。
私が仕事から帰ってきたときのことである。
既に辺りは暗くて、住宅街の中で、姉と住んでいるアパートの外灯が目立って明るいという状態だった。
私はいつも通り、アパートの外階段を上り、
屋外通路を歩いて家のドア前まで歩いてきたのだが…
「じじじじじじっ……!」
と。
「何か」が音を上げて飛び上がった。
「ぎゃあああああ!!」
私はつい声を上げて逃げた。(ご近所迷惑すみません。)
「何か」が力尽きて、屋外通路に、ぱたりと落ちる。
距離を置いて見てみると、「何か」は間違いなく、
死にかけて床に落ちたセミだった。
問題はそのセミが、私たちの家のドアの目の前に落ちているということ。
何度かドアに近づいてみたが、その度に私に反応したセミが、ジジジと音を立てて飛び上がる。
虫の中でもセミが苦手すぎる私にとって、これは帰宅困難な状況だった。
「どうしよーどうしよー」
私は、姉に電話を掛ける。
姉は既に帰宅しているとのことだった。
「セミがっ…セミが」
と、私は震えた声で姉に現状の説明をする。
姉も虫が苦手だから、二人で「どうしよう…」と困った状態になった。
もうこのまま帰宅できないなら、近くの漫画喫茶にでも行こうか、と考えはじめるくらい追い詰められた。
私たちの実家もマンションだったけど、屋内通路だったので、家のドア前にセミが落ちているなんてドンピシャな経験はしたことがなかったのだ。
私は姉と通話しながら、「セミ 家の前」で検索していた。
するとネット様様なことに、いくつかの対策が書かれていた。
「セミが完全にお亡くなりになるまで、待つ」
「足が閉じていたら、お亡くなりになったサイン」
これらの情報をもとに、私と姉はある作戦を立てた。
【セミ回避作戦】
①私はコンビニで時間をつぶして、奴がお亡くなりになるのを待つ。
②奴にゆっくり近づき、奴の足が閉じているのを確認する。
(奴をガン見するという難関だ。ここを乗り越えれば、お前はやれる!)
③姉に電話し、ドアをゆっくり開けてもらう。
④ドアの隙間にスピーディー(無音)に滑り込む。
これだ。
完璧な作戦である。
私はドラックストアやコンビニで優雅に時間を過ごした。
そして、1時間後、作戦を決行する。
凄まじい緊張感の中、私と姉は作戦をやり遂げた。
「はあ~帰れた~よかったあ~」
「大変だったね…」
帰宅できたことにこんなに感動したことはない。
私たちは、やり遂げたのだ。
その後も、何度かセミ爆弾が家の前に現れた。
(どうやら、セミの当たり年だったらしい。なんだよそれ…)
そのたびに私たちは、セミとの格闘を繰り広げた。
そうやって、奴ら死に掛けのセミと対峙していると、
私はつい、セミの一生について思いをはせてしまった。
「セミのこと、うざいし、ほんときもいけど」
と、前置きを置いて。
「あんなふうに、コンクリートの上で死を迎えるなんて。かわいそうだよなあ…」
最後まで飛ぼうとして、でも力尽きて、死骸は風に飛ばされてどこかへ消えてしまう。
それでも奴らは精一杯、生きているんだよな、と。
私はセミより恵まれた環境にいるのに、
セミほど一生懸命に生きれているだろうか。
なんて、少しだけ思うのだった。
それにしても、セミ爆弾は勘弁して……。
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