菊池寛「恩讐の彼方に」を読む

菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」を読んだ。

200ページ余の一冊に10編が収められている短編集であるため、ひとつひとつが短く、気軽に読むことができる。最も短い作品は3ページ。

表題の「恩讐の彼方に」は、大分県耶馬渓にある「青の洞門」がモデルとなっている。

「青の洞門」は、江戸時代に岩盤に掘られた隧道だ。多くの人馬が崖に作られた通路から谷に転落し、命を落としていることに心を痛めた旅の禅僧が、岩に隧道を通すことを決意して手掘りで100mを越す岩盤に通路を通した、という伝承をアレンジしている。

「恩讐の彼方に」あらすじ

「恩讐の彼方に」の概要はこうだ。主人公の市九郎は、江戸の旗本中川家に仕える使用人であったが、主人の妾お弓と懇ろとなってしまい、主人中川三郎兵衛からの手打ちを逃れようと、誤って三郎兵衛を刺し殺してしまう。

お弓とすぐさま逐電し、道中で強盗を働きながらやがて木曽の国に土着する。そこでは、二人で峠の茶屋を営みつつ、その実は目をつけた旅人の追い剥ぎや強盗、時には殺しで金品を巻き上げ、身を立てていた。

そんなある日、二人の営む茶屋に身なりの良い旅装の若夫婦が立ち寄る。お弓の目が光り、その言動から市九郎は「今夜の獲物はこの二人だ」という指示が下されたことを感じた。しかし、市九郎は気が進まなかった。ただ、何かにつけてお弓に唯々諾々と従ってきた市九郎は、これまで通りに強盗を働くしかない。

お弓が若夫婦を茶屋で足止めし、峠を下って里に着くのが夜になる頃を見計らって市九郎は先回りし、日の落ちた山道で覆面姿の市九郎は若夫婦に迫る。金と荷物さえ置いて行けば命までは取らぬと脅すが、声の雰囲気から茶屋の主人であることを悟られてしまい、自分の身を守るために二人を殺してしまった。これまで市九郎が手にかけてきた商人や老人たちと違い、美しい若夫婦の殺害にかつてない現実感を覚え、すべての金品を巻き上げることも忘れて茶屋に逃げ帰った。お弓は若夫婦の身なりから期待していた品物を持ち帰ってこない市九郎を激しく叱責し、罵り、自分で死体から巻き上げにいく、と言い残して茶屋を後にして駆け出していった。そんなお弓を見送りながら、市九郎はこう思う。

市九郎はお弓の後ろ姿を見ていると、浅ましさで、心がいっぱいになって来た。死人の髪の物をはぐために、血まなこになって駆け出して行く女の姿を見ると、市九郎はその女に、かつて愛情を持っていただけに、心の底から浅ましく思わずにはいられなかった。

現実への嫌悪感、これまでの自らの悪事、全てが噴出した市九郎は、取るものも取り敢えず茶屋から逃げ出し、駆け出していた。どこへ行くとも知れず走り抜いた市九郎は、とある寺にたどり着く。そこで全ての悪事を懺悔し、自首することを吐露するが、上人からは得度して衆生を救うことを説かれた。

一心に修行を積んだ市九郎は了海と名を改め、数年の後に衆生救済のための諸国雲水の旅に出た。その旅の最中、通りかかったのが急峻な崖で多くの命を落とし続ける難所だった。谷に落ちて川に流された遺骸を囲み、市九郎に回向を頼む地元の民から話を聞くうちに、彼の心には決然とした思いが湧いた。

市九郎は、岩壁にすがりながら、おののく足を踏みしめて、ようやく渡り終わってその絶壁を振り向いた刹那、彼の心にはとっさに大誓願が、勃然としてきざした。
積むべき贖罪のあまりの小さかった彼は、自分が精進勇猛の気を試すべき難業にあうことを祈っていた。今目前に行人が艱難し、一年に十に近い人の命を奪う難所を見た時、彼は、自分の身命を捨ててこの難所を除こうという思い付きが旺然として起こったのも無理ではなかった。二百余間に余る絶壁を刳(ほ)り貫いて道を通じようという、不敵な誓願が、彼の心に浮かんで来たのである。

市九郎はたった一人、鑿と槌を手に岩壁と対峙した。来る日も来る日も狂ったように掘り続ける市九郎を、周囲の人々は「狂人」「大騙り」であると罵った。長大な岩壁に手で隧道を通すなど、途方もない行為に誰もが市九郎を信じなかった。

しかし、数年の時が経ち、わずかながらに洞窟のようなものが作られて行くのを見るうちに、周囲の目が変化してきた。洞窟の入り口に托鉢の食べ物を置いて行く者が現れはじめた。

一年たち二年たち、ちょうど九年目の終わりに、穴の入り口より奥まで、二十二間を計るまでに、掘り穿った。
樋田郷の里人は始めて市九郎の事業の可能性に気が付いた。一人のやせこけた乞食僧が九年の力で、これまで掘り穿ちうるものならば、人を増し歳月を重ねたならば、この大絶壁を穿ち貫く事も、必ずしも不思議な事ではないという考えが、里人らの胸のうちに銘ぜられて来た。

これを機に、周囲が自発的に寄進に動き、多くの石工たちが市九郎と共に工事を進めた。隧道開通も一気に進むかと思われたが、そうやって一年が過ぎた頃、里人たちが工事の進み具合を測ってみたところ、まだ全体の四分の一にも達していないことを知り、落胆と疑惑の声を上げ始めた。

「人を増しても、とても成就はせぬ事じゃ。あたら、了海どのにたぶらかされて入らぬ物入りをした。」と、彼らははかどらぬ工事に、いつの間にかあき切っていった。市九郎は、またひとり取りのこされねばならなかった。

一人になった市九郎は、それでもやめない。来る者は拒まず、去る者は追わず。誰に頼む事もなく、誰に期待もしない。そうやって月日が流れ、市九郎の姿は洞窟の奥深くに隠れるごとに、世間とは没交渉となっていった。

数年の後、里人たちが好奇心から穴の長さを測ってみると、確かに進んでいることを知り、彼らは再び驚異の目を見開いた。彼らは自らの無知を恥じ、市九郎に対する尊崇の念を呼び戻すが、また月日が経つごとに人夫は一人減り、二人減り、市九郎はまた一人になった。

そばに人がいても、いなくても、市九郎の槌の力は変わらなかった。彼は、ただ機械のごとく渾身の力を入れて、槌をあげ、渾身の力をもって、これを振り降ろした。彼は、自分の一身をさえ忘れていた。主人を殺した事も、剽賊(おいはぎ)を働いたことも、人を殺したことも、すべては彼の記憶の外に、薄れてしまっていた。
一年たち、二年たった。一念の動くところ、彼のやせた腕は、鉄のごとく屈しなかった。ちょうど、十八年目の終わりであった。彼は、いつのまにか、岩壁の二分の一を穿っていた。
里人は、この恐ろしき奇跡を見ると、もはや市九郎の仕事を、少しも疑わなかった。彼らは、前二回の懈怠を、心から恥じ、七郷の人々合力の誠を尽くしこぞって市九郎をたすけ始めた。その歳、中津藩の郡奉行が、巡視して、市九郎に対して、奇特の言葉を下した。近郷在住から、三十人に近い石工があつめられた。工事は、枯葉を焼く火のように進んだ。

もはや、周囲の人々が市九郎の所業を疑うすべはなくなっていた。彼らは市九郎の行いに、現実感を見た。隧道が開通するという、現実感を得た時に、傍観者でしかなかった人々の腰がようやく動いた。

と、話はここでは終わらない。こうして、いよいよ工事の完了に現実感が見えてきたその頃、とある旅の若武者が通りかかった。自らの父親を殺し、逐電した憎き仇を討ち、家の再興を心に誓いながら、顔も知らない仇を探し求める雲をつかむような旅を行なっていた。その人物こそが、市九郎が殺害したかつての主人中川三郎兵衛の長子である実之助であった。

隧道を掘る僧侶が、かつて江戸で主人を殺害し逐電した人物であることなどを聞きつけ、もはやとやってきた実之助は、市九郎とついに対面する。実之助に正体を問われた市九郎は、自らが父君を殺害した張本人であると正直に名乗る。刀の柄に手をかけ、長年探し求めた仇敵についに出会った実之助は市九郎に迫る。

この結末は、是非とも読んでもらいたい。

この作品は何を語るか

この作品は、多くの示唆を含んでいる。その一つとして私が感じるのは「なぜ」という問題だ。

「なぜ」市九郎は、そうまでして隧道を掘るのか。「何の為に」そこまでするのだろうか?動機の第一義は「贖罪のため」であったと言える。自らが犯してしまった罪の償いとして、衆生を救う事こそが誓願である。二次的な理由として「人々のため」がある。人々のために隧道を穿つ市九郎であるが、その端緒はやはり「自らの贖罪」がある。彼が罪を犯さずこの場に遭遇していたら、自力で穴を掘ろうとは思わなかったはずだ。

では、果たしてこの物語はそれだけなのだろうか?単なる罪と償いの物語ではないと私は思う。途中、市九郎は自らの犯した罪をすべて記憶の外に投げ出し、一心不乱に穴を穿つ。主人を殺したことも、追い剥ぎを繰り返したことも、全てが記憶の外に薄れてしまっている。その瞬間にあるのは、もはや贖罪のためでも、人々の救済でもない。自分の救済ですらない。「○○のため」といったあらゆる理由を超越した存在として、市九郎はそこにある。私には、岩盤を穿つ市九郎と、市九郎に削られる岩盤は、渾然一体と溶け合った存在のように感じられる。誰の力も頼らず、誰にも頼られない市九郎は、表現を変えれば、まるで水のようだ。水は何者にも強制されず、何者も強制しない。器の形に姿を合わせ、一滴の水が時間をかけて岩をも穿つ。市九郎は岩盤を掘り、また掘らされている。岩盤は市九郎に掘られ、また掘らせている。人を殺すことが悪であり、その償いとして善行を積む、などという陳腐な話ではない。善であるとか悪であるとか、人のためとか自分のためとか、それら言語によって分節可能な状態以前の、主体も客体も混沌とした存在に昇華した市九郎の姿を見る。ただ、岩を掘る市九郎であるだけだ。

人は過去を抱きながら生きつつ、また未来に抱かれて「永遠の今」を生きている。市九郎は過去をその手に固く握り締めている。過去を鑿と槌に持ち変え、永遠の今である岩盤に向かいながら、そこに隧道を穿つという未来に抱かれている。この贖罪の日々が終わった時、隧道が貫通した時に彼の罪は許されるのかといえば、そうではない。贖罪のために始めたこの大事業も、きっと鑿を打つごとに本来の理由もろとも穿ち尽くされていったのだ。過去の罪のために、事業完遂の折に罪が許されるとしたら、それは過去と未来に生きていることになる。しかし、あるのは常に今でしかないことに気付いた時、全ての過去も未来も吹っ飛んでしまったのだ。

これは、冒険も同じだ。「なぜ冒険するのか」「なぜ山に登るのか」それらに応じる回答の一つが、市九郎の姿勢にある。

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2000年よりカナダ北極圏やグリーンランドで徒歩を中心とした冒険を行ない、これまで北極と南極を10000km以上を踏破。2019年3月出版した「考える脚」で第9回梅棹忠夫・山と探検文学賞。日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功。第22回植村直己冒険賞