「正しさ」って何だろう?

「正しさ」は常に「別の正しさ」と衝突する。

人間関係も利害関係も、ウチ(世間)とソト(社会)で分ける性質のある日本的思考では、内外相互の衝突可能性が常に潜んでいる。

行列の一部で「仲間の為に場所取り」をする一団は、仲間ウチの理論では「仲間思い」という優しさを正しさの根拠にするが、仲間ウチのソトである行列に並ぶ他の人々(一団から見たソト、社会)からは、他人に対する思いやりがない一団だと映る。

「みんな真面目に並ぶ中で場所取りしやがって」と憤り、「お前たちは他人に対する思いやりがないのか」と、ソトの論理からの「正しさ」で迫っても、ウチの論理的には充分に優しさ溢れていると自覚しているため、話しが噛み合わない。

そこに「正しさ」の衝突が発生する。

いや、それは明らかに場所取りする奴らが間違っているじゃないか、と思うだろうが、「明らかに」と発する言葉の中に「明らかに私は正しい」という、衝突の根源をすでに握りしめていることに、人はなかなか気付けないものだ。

「明らか」という言葉には、相手の事情も言い分も関係ない!そんなもの察してやる必要もない!悪い(と発言者の立場から区別した)ことをやっているんだから、糾弾されて当たり前!と、知らぬ間に意識の底流にあるのだが、それを自覚できない。

「正しさ」の衝突は常にどこでも起きる。衝突を回避しながら、円滑に事態を進めていくには、衝突が発生する仕組みを理解することから始まるだろう。

「ウチ集団」の連帯の強さは、しばしば「ソト集団」への敵意を招く。「ウチ」と「ソト」の区分けは、時事刻々と常に移りゆく。最近の兆候であれば、コロナ対策における「政府」と「国民」という概念的なウチソト関係だろうか。政府の対応が良い悪いとか、充分か否かの話はおいて、SNSでの罵詈雑言の流れは「無策な政府」と「不満と不安が募る国民」という対立だろうか。

世の中の混乱と不安、恐怖や猜疑心など、さまざまな感情が入り混じり、SNSでも過激な言葉が並ぶ。

やれ政府のコロナウイルスへの対応は間違っている、アホだバカだと耳障りな言葉が飛び交うが、さて、そんな人たちは自分の言動が後々間違っていた箇所があると気付いたときには、反省するのだろうか。いや、あの時の混乱した状況では間違って発言しても仕方ない、と居直るのだろうか。

批判することが悪いと言っているのではない。批判は大いにするべき。しかし、昨今のSNS主体の匿名性を強めた発信は、物陰から相手に石を投げて、相手が振り向けばさっと物陰に身をひそめるような小者感が漂い、見るに耐えない。「強い自我」が確立しない人々は、他人からのまなざしを極度に恐れ、まなざしの向こうにある不自由性を恐れ、物陰に隠れる。

かつてとは状況は変わり、インターネット社会によって自分に対しては他者からのまなざしを向けられることなく、相手を一方的に見つめ続けることが可能になった。正体がバレそうになれば、相手をブロックしたり、アカウントごと消し去って無かったことにもできてしまう。発言が、半永久的に残り続けていくという、ネット社会の異常性もまた、匿名性を増長させる要因でもあるが。

まなざしとは、相手の自由を奪う行為だ。自分の自由を確保しながら、相手の自由に一方的に侵入する。そして、そこに仲間「ウチ」を見つけ、「ソト」なる攻撃対象を設定することで溜飲を下げている。

自分の言っていることは正論である、「正しい」のだ、という思い込みを自分の判断の結果として、言動の根拠としている。しかし、そうやって攻撃した言葉が間違った情報によるものであったり、自分の思い違いからであったとしても、それに対する反省が語られることはあまりない。そこにあるのは「だってあの時はそういう空気だったんだから仕方ない」という、超日本型空気支配絶対信仰だ。

太平洋戦争の最中、多くの人が大本営発表を信じ、最終的には竹やりでB29に対抗しようとした。政府を信じ、戦争に賛同した人は多くいるはずだが、戦後は「あの戦争は間違いだった」と反省する言葉は聞かれても「自分はあの戦争には賛成だった」という声をあまり聞かない。あれ?誰も賛成してなかったの?と。空気を読み、流される人々は無自覚に神輿の片棒を担ぎ、空気が過ぎ去れば自分が神輿を担いでいた事実すら忘れてしまう。

あの時の状況では戦争は正しかったけど、結果的には正しくない、いま自分はそれを知っているから賢明である、というのは後出しジャンケンでしかない。過ぎ去った空気は笑い飛ばせるものだ。

多くの事態に対して「私は正しい」と考えている、その「正しさ」は本当に正しいのか?他者のまなざしを我がものにする、という視座にあるか?

「正しさ」という武器では、相手の「正しさ」との合戦になるのは必定だ。

「正しさ」とは、常に正しくない事であり、それが「正しさ」であると、私は思う。

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