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#006 事業承継と仕事の価値

割引あり

日本の中小企業の課題は事業承継だと言われています。一方で、日本経済が好転していくためには統合により企業が大規模化していく必要があるとも言われています。
今回は、日々感じる事業承継と仕事の価値について考えてみます。


1. 時間単価と工数

筆者はいわゆる大手メーカーで技術職を経験した後、30人程度の中小製造業で修行させてもらい、家業(当時は個人事業)に合流しました。

大手メーカー、中小企業、零細企業での仕事を経験してきた事になります。

いわゆる製造・技術系の仕事は、「工数」という独特の言い回しで仕事の時間を管理しています。
労働者が、その仕事にどれだけの時間を費やしたかが工数です。
工数=作業時間と捉えていただければ問題ありません。

社内の管理単位も、仕事の値付けもこの工数が基本となります。

例えば、ある部門で仕事に追われて、他の部署から人を回して応援してもらう時も「50工数貸して!」というように、工数が基本単位でまるでお金のようにやり取りされます。

実際には、上記の場合割り当てられた作業者が、1月のうち50時間分だけ応援先の仕事を手伝うという意味になります。

この工数に時間単価をかけたものが、その仕事の価値として顧客に請求されます。
この対価は作業費、工賃、加工費など色々と呼ばれますが、ここでは工賃と呼ぶようにしましょう。

工賃 = 時間単価 x 工数

工賃はその仕事の金額的価値ですから、その企業の付加価値そのものと言えますね。

工数については、大企業の場合は部門ごとに割り当てられ配分されます。
更に、その部門の上司から部下に業務指示として細かく割り当てられることになります。

例えば、技術職として1カ月160時間の工数働くとすると、製品Aの類似製品調査に20工数、製品Bの信頼性計算に50工数、製品Bのうち部品Cの構想設計に30工数、製品Dの環境試験計画策定に60工数といった具合です。
このように、事前に仕事の内容と工数を計画して割り当てるような方法は工数管理と呼ばれています。

中小企業の場合は、そこまで事前に計画して工数管理をできるわけではありませんので、上司が部下にその都度業務指示を行う事が多いのではないでしょうか。

製造部門の場合は、それぞれの作業者の製造にかかった時間そのものが作業工数です。

2. 売上高と工賃

この工数は、技術・製造の作業者や機械が直接作業にかけた時間です。顧客への対価は、この工数を基準に計算されることが多いようです。

つまり工賃とは、直接仕事の価値を生み出す(と顧客が納得しやすい)作業の時間となります。

例えば旋盤加工業者で、職人が3時間かけて加工を行った場合の工数は3時間です。
この加工業者の時間単価が5,000円で材料費が10,000円だったとすると、この業者の売上高(値付け)は次のように計算されます。

売上高 = 工賃 + 材料費
    = 時間単価(5,000円) x 工数(3時間) + 10,000円
    = 15,000円 + 10,000円
    = 25,000円

この旋盤加工屋では、顧客対応する営業担当者や、経理処理をする経理担当者も働いて、それぞれがこの仕事にも少なからず時間を割いています。

この場合、これらの作業者の付加価値は、工数ではなく時間単価に含まれると見做すわけです。

さらに言えば、機械の減価償却費や、家賃、光熱費、消耗品費など企業活動の維持に必要な経費も時間単価に含まれることになります。

ある仕事の工賃を試算するのに、作業者や機械がどれだけの時間作業したかがわかれば、顧客に請求する対価をすぐに計算できるので、このような工数と時間単価で工賃を計算する方法が多く取られているようです。

このnoteでもご紹介した労働生産性は、付加価値を総労働時間で割ったものです。
この総労働時間には、営業や経理担当者の労働時間も含まれますので、時間単価と労働生産性はやや異なる意味となるので注意が必要です。

3. 中小製造業の安い仕事

筆者が2000年代後半に中小製造業に転職してぶつかった壁が、「(適正価格の)仕事が無い!」という事と「仕事が安い!」という事です。

中小製造業の中でも、いわゆる町工場のビジネスモデルはとてもシンプルです。
顧客から提示される図面の通りに加工を施し部品の製造を請け負うというものです。

そのための生産設備と作業者を用意していて、注文が入れば、材料を手配し、加工を施し、検査して問題なければ出荷します。
顧客対応の営業担当者、製造・検査を担う職人、経理・総務担当者がいれば仕事を回す企業組織として成立します。

2000年代前後は、企業規模で時間単価の相場がありました。
大手メーカーで10,000円、中堅メーカー・1次請け業者で7,000円、末端業者で5,000円といった具合です。

ところが、リーマンショックなども経て、この時間単価も大きく値崩れしていて、2000年頃の相場の約半分程度にまでなってしまったともいわれています。

特に町工場では、リーマンショック後急激に仕事が減りました。
そして、安値競争による仕事の取り合いが激化したように思います。
元々適正価格よりも極端に安いから成立していたような仕事は、価格据え置きのまま推移しました。

高価な機械を使う精密機械加工の分野でも、本来は6,000円/時間くらいの時間単価が必要なのですが、2,000~3,000円/時間程度の値付けが多くなってきました。
夜間まで24時間近くなるべく稼働させ、稼働時間を増やす事で稼ぎを増やすというスタイルも増えたように思います。

機械加工は機械の稼働時間=工数という捉え方をされますので、機械の稼働時間が優先され、それに付帯する人間の稼働時間が「値付けの外」に追いやられたように思います。

製造の作業者でも、加工データの作成、機械の操作、手仕上げ、洗浄、梱包、保守・点検などの作業が発生しますが、これらの作業は「工数」にも「時間単価」にも含まれないような値付けが増えました。

つまり、機械の維持費用だけで売値を計算してしまい、企業として成立するための諸活動への対価を計算せずに値付けし、格安で仕事を請ける企業が増えたのです。
機械を維持するためだけに、安い仕事ばかりを増やしているようなものです。

このような仕事が持続可能であるはずがありません。
当然従業員に支払う給与も十分に確保できません。
リーマンショック後、このように仕事の対価を安くして仕事量確保に走った町工場の多くが姿を消していきました。

4. 事業承継と調達の課題

このように日本の製造業、特に多品種少量生産の分野では、本来高付加価値化されるべき仕事の値付けが、リーマンショックを機に極端に安くなってしまったように思います。
また、元々極端に安い仕事は、安いまま放置されてしまいました。

当社の値付けは4,500円/時間です。
2018年頃まで、この値付けが「高すぎる!」と言われ続けました。
当社からすれば、これでも安い値付けで、本来は6,000円/時間が標準と言いたいところです。
どうやら、当社の社内工程である溶接加工や研磨加工などの職人の仕事は、1,500~2,500円/時間の「昔から安い仕事」だったようです。

一方で、この頃からこれら職人の仕事を担ってきた企業が続々と廃業・倒産していき、顧客も困り始めていました。
廃業の理由は、ほとんどが経営者の高齢化です。
経営者がリタイアするにあたって事業を承継する後継者がいないため、廃業する企業が急激に増え始めました。

何故後継者がいないのでしょうか?
その理由の多くは、その仕事が「稼げる仕事ではないから」です。
安い仕事では十分な生活ができません。

それまでは高齢の労働者が生活の足しになれば良いといった感覚で安く仕事を請けていたケースも多いようです。
しかし、働き盛りの現役世代が同じ金額で仕事をしていては、生活費すら稼げません。
多くの町工場では、経営者の子息は事業承継ではなく、他の企業で働く道を選び、結果として経営者の引退と共に廃業する事になったわけです。

「後継者不足によって倒産・廃業」などと報道されることが多いですが、むしろ実態は「値付けの安すぎる持続不可能なため倒産・廃業」という事ではないでしょうか。

困ったのは、そのような安い企業からの調達を続けていたメーカーです。
本来は適正価格があったにもかかわらず、極端に安い価格のまま値上げをしなかったため、いざ新しい調達先を探そうとすると従来価格の何倍にもなってしまうのです。

5. 適正価格の重要性

少し統計的な数値も確認してみましょう。

日本 製造業 事業所規模別 事業所数

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