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【短編小説をひとひら】当世女子高生的東京ガイド


 受験する大学の下見を兼ねて、東京に行くことになった。
 いや、はっきり言って下見はおまけですって。岡山の女子高生が東京に2泊3日で、バス泊加えて4泊5日で、しかも親公認で行ける機会なんてそうそうあるわけない。

 神戸でも、大阪でもなく……東京だよ!

 SNSでつながってる友達にさっそく連絡した。神奈川の川崎に住んでいる野々と東京の品川区に住んでいる芙美だ。彼女たちは大喜びで、
「うちに泊まりなよ」(野々)
「どこ行きたい? スケジュール組むよ」(芙美)

 アニメ好きでつながった私たち。中学の頃からやりとりしてるから、長い付き合いって言ってもいいよね。
 きっかけのアニメ、実は某子供向け番組なの。これは永遠の秘密。

 彼女たちには一回会ったけど、本当にステキ。野々はハーフだからか背が170センチあって、モデルみたいにスタイル抜群の美人。とても同じ歳には見えない。でも性格はサバサバしてる。男子っぽい。芙美はね、面白い。中肉中背で中学生にしか見えないおかっぱのカワイイ子。ボブ、じゃなくておかっぱって感じ。東京の子はツンツンしてるかと思っていたけど、なんか岡山にもいそう。いるいる。
 そういう外しかた、いいよね。安心。
「じゃろ」って言っちゃっても普通に会話になるから。たまについ、「わし」って言っちゃうのだけは何とかしたい。「た」が入っているか、いないかの差なのに、大違いだよ~。


 そうそう、行きたいところ、いっぱいありすぎて。私はしばらくスマホを握りしめて、ああでもない、こうでもないって考えた。

 まず乙女系のキャラコラボの期間限定スペース、これは最優先だ。芙美にしらせたら速攻押さえてくれた。せんきゅ。あとは、渋谷のパンケーキ屋さん、五反田のハンバーグ屋さん、もちろん渋谷なら109(マルキュー)は外せない。シモキタの古着屋さんもチェック! うーん、ラフォーレまで回ったら予算オーバーだ。秋葉原にも行きたいし、スカイツリーも見たいし……あ、大学の下見を忘れそう。

 さて出発、一路岡山駅の深夜バス乗り場に向かうぞぉ、と意気込んでいると母親が何かの包みを持ってきた。
「カナー! ちょっと待って」
 イヤな予感が……。
「え、なに……」
「天満屋行って、めっちゃ大急ぎで買ってきたんよぉ。蒜山高原(ひるぜんこうげん)の牛肉2kg、お世話になるお宅に」

 やっぱり……この前はきび団子を山ほど持たされた。桃太郎じゃないって。今度は牛……。
「もう! 夜行バスでいくんよ、傷む」
「大丈夫、保冷剤山ほど入れとるから」

 そんな重いもの持っていく私の身になってほしい。

 まぁ、そんなこんなで夜行バスに大きなスーツケースと一緒に乗り込んで、東京を目指したのです。


 新宿のバスタに着いたのは朝の7時、野々と芙美はちゃんと待っていてくれた。久々の再会、わぁい。

「ちょっと朝ごはんでも食べてこっか」と聞く芙美に、私は思い切り、
「時間がもったいないよ~。とりあえず、行こ!」

 ふたりはきっと私がバスで来て疲れているだろうって、気にしてくれていたんだろうけど、私はパワー全開よって笑った。

 乙女系のキャラコラボスペースに、まっさきに向かった。もう、キュンキュンですって。こういう、コラボイベントとかって絶対東京しかないの。告知すれば必ずファンはキャッチするし、そうしたら、どこからでも絶対に来るんだよ。この、限定感が東京なんだよね。

 えーと、写真100ぐらい撮ったかも……。
 ツイッターもガンガンあげた。

 1日目は渋谷とシモキタと新宿メインで回った回った! 芙美が予約しておいてくれた「幸せのパンケーキ」、めっちゃおいしかった。夢に出てきそう。それから、マルキュー行って、目当ての「AnkRouge」も覗いたよ~。そこからシモキタ行って古着屋巡り。野々と私はご購入、芙美はひたすら見ることに徹していたよ。

 それで結構時間がかかって、新宿で蒙古タンメン食べてその日はお開き。私は野々の家に泊まらせてもらうので、小田急線に乗りました。蒜山の牛肉を嬉しそうに受けとる野々のお母さん、やっぱり美人だ。
 私も母親似だけど……1日目、終わり。


 2日目はアキバと浅草に行った。アニメイトとかアニメグッズの店巡り。これまた限定商品が多くて、きゃ~きゃ~の連続。プリクラも撮りまくりです。

 それもトータルで100枚ぐらいあったかもしれない。メイド喫茶も行きました。くまちゃんのパンケーキやメイドさんとの記念写真も撮りまくり。その後も浅草寺やスカイツリーをバックにして……どれぐらい撮ったか分からない。野々と芙美もそれなりに撮っていたけど、私をメインにしていた。そうだよね、ふたりはいつでも来られるから。

 浅草線で五反田まで出て、遅い昼御飯(ハンバーグ)を食べているとき、芙美がにこにこと私に話しかけた。
「あのね、今夜のことなんだけど、ちょっとドライブしない? お兄ちゃんが車出すから。野々のうちまで送るし」
「ああ、ドライブいいね。私夕方からバイトだから、カナもうちの家族と顔突き合わせてるんじゃ、気を使うでしょ」と野々。

「うん、お任せするよ」

 そこで野々といったん別れて、私と芙美は渋谷に出てカラオケに直行した。芙美が受付に、「桐山芙美」と書いているのを見て聞いた。
「ねぇ、イヌってなに? 部屋の名前?」
 芙美はプッと吹き出した。
「歳だよぉ。17。外国とかでは7に斜め線を書いて1と区別するでしょ」

 ああ、それをイヌって……ちょっと悔しい。「おまえ、イキっとる!」とこづいてあげました。

 カラオケで私はアンスタ系、芙美はボカロ系を歌いまくりました。芙美は米津玄師が大好きなんだって。そう言うとカッコいいけど、実は初音ミクがまだ好きだったりして、カワイイんだ。


 芙美のお兄さんは渋谷まで迎えに来てくれた。車はエクストレイルだったかな、赤の。でも、そんなこと、忘れちゃうぐらい衝撃だったんだ。

 カッコいい! 米津玄師みたい!

「それは褒め過ぎ」と芙美がケラケラ笑う。そんなことない。ドキドキしちゃったよ。
 それから、車で移動した。
 芙美のお兄さんに聞きまくっちゃったよ。25歳でIT企業に勤めていて、彼女は……いる。趣味は何と、釣り。ギャップ萌えだあ。

 芙美は後部座席の私の隣で、爆睡している。そりゃそうだ。昨日も今日も朝から晩まで私に付き合ってくれてるんだもんな。

 お兄さんが私に話しかけてきた。

「カナさんは、彼氏いるの?」

 うわあ、いきなりです。そんな。
「この前、別れました。ケンカばっかりで、合わなかったんだと思います」と私は苦笑い。

「そういうことは……あるよね。また誰かに出会うよ」とお兄さんはフッとつぶやいた。

 夕暮れになっていた。

 車は首都高速に乗っている。今どこらへんなんだろう。途中まで下道だったから、分からない。でも狭くて、古くて、橋が多くて、アップダウンが多くて、くねくねしてる。山陽道じゃありえない。運転するの難しそう。
 話しかけたら気が逸れちゃうんじゃないかなあ。

「カナさん、左側をしばらく見ていてごらん」

 お兄さんの声が聞こえた。私は頭を左に向けた。
「うわぁっ!」
 夕暮れの、明るいオレンジ色と、青紫がグラデーションになった空。
 ビルが冷たい光を無数に照らし出す。
 ふっと、それが途切れて現れたのはーー。

 レインボーブリッジだ!
 レインボーブリッジが虹色に光ってる!
 大きい!

 車を停めてって言いそうになったけど、ここは高速道路だ。そういうわけにはいかない。あっという間にレインボーブリッジは後ろに遠くなってしまう。私は限界まで首を捻って見続けていた。

「カナさんのうちの近くには、瀬戸大橋とかあるから、珍しくもないだろうけど」

 お兄さんがミラー越しに私を見て言う。私はぶんぶんと頭を横に振る。

「全然違いますよぉ! 何てキレイなんだろう……ゼッケイです」
「絶景ね……それはよかった」
「東京に来て、彼氏ができたら、絶対にここ通ってもらいますっ」と私は力を込めて言う。

「レインボーブリッジはもっと近くに車を停められる場所もあるんだけど、僕はこの景色がいちばんいいと思う。首都高1号線……ここだけど、途中まで狭くて古くて景色も見えなかっただろう。それから見晴らしがよくなって、ビルが途切れたところでパアッとレインボーブリッジが見える。その変化が楽しいんだよね」とお兄さん。

 やっぱり、芙美のお兄さんってカッコいい。穏やかに喋るのも素敵だ~私はちょっと舞い上がっていた。

「これから、大黒で軽く何か食べていこうか。そうしたら、野々さんちに向かうから」

 大黒って何だろうって思ったけど、パーキングエリアのことだったんだ。
 カタツムリみたいだよ~こんなに車がぐるぐる回ってくの、初めて見た。すごい広さ。一体何台車が入るんだろう。

 芙美がようやく目を覚まして、あくびをしている。あ、目をこすったら、つけまつげとマスカラが危機に……。

「お兄ちゃん、大黒着いた? おごってね」
「はいはい、分かりました。カナさん、ここも面白いでしょ」
「はい、こんなの初めて」
「そう、よかった」
 そう言って微笑むお兄さんにハートの真ん中をやられてしまいそう。うわあ、ヤバイ。

 食事をしてまっしぐらに野々のうちに、って思っていたら車はまた東京の方に走り出した。あれ? 大黒って神奈川じゃなかったっけ、確か。
 キョトンとしている私を見て、芙美が言う。

「そんなに時間はかからないと思うから、あと一ヶ所だけ、寄り道していい?」
「もちろん、オッケーだよ。次は何かなぁ」

 また、首都高速道路に入った。今度はどっちに行くのかな。もう22時だ。野々もバイトから帰ってきたんだろうな。そんな風に考えていたら、突然目の前に巨大な何かが現れた。

 東京タワー?

「これも絶景になる?」とお兄さんがつぶやいた。

 夜空にまっすぐそびえ立っている。
 ライトアップされたその姿はゾクゾクするほど美しい。高速道路は空に上がっていくように高さを増して、ふわっと浮かんでいくような気持ちになる。そして、東京タワーの回りをぐるりと走る。

 ジェットコースター? 違う、大きな大きなメリーゴーランドみたいだ!

 それも、しばらくすると後ろに過ぎていく。そして、道路は白いLEDライトの空間に滑り込んでいく。

 私はふう……とため息をつく。それを横で見ていた芙美が微笑んで言う。

「どうだった?」
「めっちゃすごい。こんなキレイなの初めてだよ。わーん、ありがとう! やっぱ東京の人はよう知っとるんじゃね」
 あ、岡山弁……。

「今夜の景色はね、私たち家族の大切な思い出だったんだ」
「思い出だった?」
「親が離婚しちゃってるから」
 
 あ、そうだった。芙美が小学生のときご両親が離婚して、今はお母さんと、再婚したお父さんと住んでいるんだった。

「そうか……大変だったんだよね」
 芙美は違うよ、というふうにかぶりを振った。
「親が離婚したって、そんなの普通だよ。うちはケンカとかもしなかったし、話し合ってすんなり別れたみたい。今は本当のお父さん、再婚して子どももいる。私たちにも新しいお父さんができた……幸せなんだよ」

 芙美は少し黙りこむ。お兄さんがそれをバトンタッチするように話しはじめる。

「芙美はね、前の父親との思い出は封印しなきゃってずっと思っていたみたいだ。そうでないと新しい父親に悪いから、ってね。だから、レインボーブリッジも東京タワーも、全部封印していたんだ。前の父親がよく僕らを連れていってくれた場所を全部。おかしいよね、どれも、いつでもあるのにね」

「でも、カナには見てもらいたいって思ったの」と芙美が言う。

「そうだね、もう封印を解いてもいいと思うよ」とお兄さん。

「カナと野々と東京回って、すごく楽しかった。それは新しい思い出。だから、レインボーブリッジと東京タワーは、そっちに入れちゃうことにしたの」

 私はうん、うんと大きくうなずいた。

「芙美、ありがと。これは私と芙美の思い出だよ。私、絶対に忘れないし、お兄さんみたいな彼氏作って絶対にまた連れてきてもらうよっ」

「それは光栄だね」とお兄さんも笑った。芙美の目にはちょっとだけ光るしずくが見えた。そういう私も泣けちゃったんだけど。


 次の朝、野々のうちでトーストとスクランブルエッグをいただいて、野々のお母さんと話していた。
「カナちゃんは本当にタフよねぇ。今日も夜まで動き回るんでしょう。疲れてるんじゃない」

 お母さん、優しいなぁ。私は張り切って答えた。
「田舎の高校生はタフなんです。それに、野々と芙美が一緒だったから、最高に楽しかったです。お母さんも優しいし、それも最高です。まるごとお世話になっちゃって、本当にありがとうございます」

「どういたしまして。どうだった? 東京は」

 私は、何て言っていいのか、少し迷った。

「すごいなって、人も何もめっちゃ多くて出来事がいっぱいあって……それだけたくさんの思い出もあるんだろうなって」

 野々のお母さんはにこにことうなずいていた。

「そうね、でもカナちゃん、東京は他から来た人がとっても多いのよ。だからよそ行きの服を着ているけど、実は普通なの。それは覚えておいたほうがいいかも。野々も芙美ちゃんもカナちゃんもみんな同じ。でしょう?」

「そうですね」
 私もお母さんの意見に賛成!

 そこにスウェット上下の野々が、あくびをしながら現れた。寝ぐせ激しいよ(笑)。
「ね?」とお母さんが笑う。それを怪訝そうに見ながら野々が言う。

「大学の下見、何時に出る? 最終日だ~楽しもう!」

「イェ~イ!」と私は指で形を作ってみせた。

~fin~

※これは投稿サイト『アルファポリス』にも出しているものです

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