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この世界というか南ウェールズの片隅に

ここんとこ毎日南ウェールズの最高気温は、25度とか26度になって、まるでスペインのようである。

そんなくっそ暑い中、久々に車のバックドアを開けたら、俺の防寒の上着がそのまま残っていた。そして車の時計が冬時間のままだった。あの日に給油してから、全然メーターは減っていない。

あの日とは、2020年3月23日の月曜日だ。


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夜8時から、ボリス・ジョンソン英首相が大きな発表をするということで、自宅でテレビの前に座った。

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その数日前、俺の村のプライマリや隣町のセカンダリスクールは、すでに学級閉鎖になったというのを、村のFacebookグループで知らされていた。

プライマリ/セカンダリ・スクール…簡単に言うと、小中学校。毎度"プライマリ・スクール"と聴くと、プライマル・スクリームが脳内で流れる90年代脳な俺。

そして、隣町のホスピスで、コロナウイルスでの死者が発生したという噂がたち、俺の村のあたりは結構な騒ぎになっていた。

ホスピス…老人ホームと療養所がくっついたようなもん。行ったことないから正確なのはわからん。

一方、オフィスでは「もうそろそろ、英国でもウイルスに対してなんか動きがあるだろう」ということで、オフィスの多くのスタッフは、みんな会社のPCをすでに家に送っており、俺含む数人のマネージャーたちだけが出社している状況だった。

ただ、そのアナウンスがあった月曜からは、俺は週3回の出社にする、ということが決まっており、リモートワークを始めた初日がその日だった。

”ノートPCで仕事はできるっちゃできるのだが、本業はマシンパワーがいるので、こりゃ仕事にならんな”とか”家だと机と椅子がアカンわコレ”とか、色々と思った晩のその日の出来事である。

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俺はこの国に住んで7年に突入するのだが、英語は相変わらずテキトーである。そんな奴にもボリス・ジョンソンの英語は聞き取りやすいし、ああこりゃ人気あるよな、な話し方である。普段カーディフ訛りとヴァレー訛りに囲まれているのもあるけども。それでも多分70%くらいしか正直理解はできなかったが、内容を聞いて真っ青になった。

From this evening I must give the British people a very simple instruction - you must stay at home.

これは”オーダー”やんけ...!

そうである。その週までは「...を推奨する」だったのが「外出は禁止する」になったのである。いわゆるロックダウンというやつだ。あかん、これはすぐ動かないと色々面倒なことになる。

WhatAppで「俺は今からPCを取りに行く。何か必要なものがあればメッセージを」とオフィスのメンバーに伝えると、急いで車を走らせた。ラジオはBBCにして。

 ...道路混むかもしれんなー。
 ...もしかして検問とかやってたらどうしようかな。
   ...スーパーでなんか買っといた方がイイかな。

まだ冬時間だったので、道路も村も町も真っ暗な中、いろんなことが運転中に頭をよぎる。ゾンビとかディザスター映画で逃げてく市民のモブになった気分だ。

でも実際は違うのは「別に街の誰もパニックになっていない」というとこだ。もっと車のクラクションと悲鳴がギャンギャン鳴ってる世紀末⭐︎伝説を想像していたが、そうではないらしい。おれはこんなのを想像していたんだぞ!

オフィスに着いたのは、俺がスタッフの中で一番最初だった。

鍵を開けてオフィスの中に入り、自分のPCのケーブルやコンセントを次々に抜いていると、数人のスタッフが遅れて入ってきた。

みんな危機迫ったというより、ボンヤリした顔をしている。髪型はグチャグチャで、なんかジャージみたいな恰好である。あきらかに「今からビール飲んで寝ます」みたいな感じだった。

英国人男性は、髪型だけはなぜか日本人以上に清潔にキチンとする。だが半ケツは気にしない。

そりゃそうだ。俺も現実味はない。きっと俺もボケーとしている顔をしているのだろう。

くっそ重いPCやモニターを車に乗せたあと、今日初日だったリモートワークで色々足りてないものを思い出して、机を漁った。

 家のマグカップとコースターを使うと、怠けるよな。
 ああ、大きめのヘッドホンいるわ。あとUSBハブか。

冷蔵庫に残ってた普通の牛乳は、腐っちゃうからと俺がもらったのだが、ちょっと困ったのはオフィスに常に備蓄してあるのロングライフ・ミルクの処遇である。

ロングライフ・ミルクは、日本ではあんまりなじみがないのだが、要は保存可能な牛乳である。封を開けなければ数か月以上保存できる、大変すばらしい発明である。

てか、英国人は牛乳が無いと死んでしまう病にかかっているので、これが無いとおそらく国が滅ぶ。

「これ8月までって書いてあるけど、どうする?」
「8月か...さすがにその頃はオフィスもオープンしてるだろ」
「せやせや、ほっときゃええやん」

この頃は「ロックダウンがあっても最大で3か月だろ」という予想だった。

みんなでオフィス中の電気やゲーム機の筐体の電源を消しまくり、ケツから2番目にオフィスを出た。最後に出るマネージャーに「今度会うときはビデオ会議だな!じゃあな!」とあいさつして、夜10時くらいにオフィスを去った。

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帰り道、ペトロール入れといた方がええんちゃうか!と頭をよぎる。

なんかあったとき、ロンドンの日本大使館とかヒースローまで来いって言われてガス欠になったらシャレにならん。どうせこの国では、日本大使館も英国化しているので「ウェールズはよくわからんので自力で来い」が入るに決まっている。

またもや俺は、ペトロールステーションの前での長い行列を覚悟したのである…が、やはりガラガラである。俺しかいない。とりあえず満タンにしといた。

英国ではほぼ100%セルフ給油なのだが、案の定、俺が会社に請求するために必要なレシートは機械から出てこないのであった。

家に戻ると、テレビのパニック具合と、街のひっそり具合のギャップに驚いたが、まあこんなもんなんだろう。とりあえずみんな寝てるのかもしれんな。


このあと俺の村ではSNSが出来たり、老人を守るためのボランティア組織が出来たり、自然豊かな地元住民vs都心部の自然を求める訪問者との戦い、各スーパーの対応の違いなど、色々な動きがあってけっこう面白いのだが、またその話はいずれ。

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結局3か月という予想はそんなに外れておらず、イングランドではプライマリスクールは再開し、ここウェールズでも続々とレストランやファーストフードは、ドライブスルーやデリバリーが再開している。

6月23日が丁度3か月になるのだが、おそらくその頃はレジャー産業以外はけっこう戻るのだろう。

日本大使館から「大変この国は危険です!日本行きの臨時便を準備しました!」というメールは来なかったし、俺の村でマスクをしている人はいない。スーパーに行くときはさすがにする人もいるが、普通に外に出る時は誰もしてないし、俺もしていない。てか、人とすれ違わないしな。

大体スーパーでマスクしている人は、30%くらいかな?なぜか高級スーパーほどマスク着用率は高い。高いスーパーは、ジーさん・バーさんが増えるからかもしれない。

ただ上海や東京の同僚からすると、英国はとんでもないことになっていて、話を聞くと悲惨な敗戦国みたいな状況に見えるらしい。まあ感染者や死者の数は英国は2020年の6月現在、欧州で1位・世界で2位なので、わからんでもない。

でも空は青く、鳥はさえずり、花々が”色彩の暴力”という感じで咲き誇っていて、村人たちはゲヘヘと、この南ウェールズでいつも通り笑っている。ラジオは今週ずーっと「トム・ジョーンズ80歳おめでとう!」と語り、彼の誕生日の1週間も前から、トム・ジョーンズの名曲を何度も流している。

まあ普段でも、ウェールズ出身のトム・ジョーンズとステフォとマニックスは、この地では流れがちなのだが。

一方テレビのニュースは、Black Lives Matterのムーブメントが米国から英国に飛び火し、ロンドンではデモ隊と警官隊が衝突し、今日はブリストルの18世紀の奴隷商人の銅像が倒されていた。なんてひどい21世紀だ。

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俺は明日からオフィスに戻ることになった。

通勤は車だし、オフィスに出るのは俺一人だから、危険はないとのことで許可が下りた。

あの日オフィスから持ってきたPCをもう一度トランクに入れて、この2か月半近くの世界の変わりようを思い出しながら、リアハッチを閉めた。

明日から、俺は普通の生活に戻るのかな。
「珍しくはない」生活になるといいけどな。



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