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『良い戦略、悪い戦略』シンプルに理解するルメルトの戦略論

「戦略」という言葉は至るところで目にしたり、聞いたりしませんか? 経営戦略にはじまり、マーケティング戦略、販売戦略、顧客戦略、人材戦略、DX戦略などなど。果てはデジタル田園都市国家構想総合戦略といったものまで多種多様です。こんなに幅広く使われている「戦略」ですが、その核心が何なのかと言われると困ってしまいます。いまいち捉えにくい「戦略」を分かりやすくストレートに説明してくれるのが、今回紹介する2012年発刊のリチャード・P・ルメルト先生の「良い戦略、悪い戦略」です。

リチャード・P・ルメルト先生は、戦略論と経営理論の世界的権威として知られ、現在、カルフォルニア大学ロサンゼルス校アンダーセン経営大学院の名誉教授です。昨年、本書に続く「戦略の要諦」という最新作を出しています。


戦略の基本

ルメルト先生は、戦略のことを次のように説明しています。

戦略の基本は、最も弱いところにこちらの最大の強みをぶつけること、別の言い方をするなら、最も効果の上がりそうなところに最強の武器を投じることになる。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

良い戦略の特徴①「新たな強みを生み出すこと」

そして、良い戦略の特徴を二つ挙げています。一つ目は「新たな強みを生み出すこと」としています。

良い戦略に自ずと備わっている卓越した価値の第一は、新たな強みを生み出すことである。他の組織はどこもそれを持っておらず、かつあなたが持っているとは予想もしていないだけに、その価値は圧倒的だ。良い戦略は、重要な一つの結果を出すための的を絞った方針を示し、リソースを投入し、行動を組織する。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

新たな強みを生み出す戦略。これを実現した例としてアップルを挙げています。

1995年のウィンドウズ95発表を機に、アップルは負の連鎖に絡め取られました。あと2ヶ月で破産するという追い込まれた1997年9月、スティーブ・ジョブズがアップルに戻ります。大方の予想では、高度な製品の開発を急ぐか、サンと提携するだろうと言われていました。それに対して、ジョブズはそれらの予想を裏切って、次のようなことに取り組んだのです。

  • マイクロソフトと交渉して1.5億円の投資を引き出した。

  • たくさんのラインナップをデスクトップ1機種、ノートパソコン1機種に削減した。

  • プリンターと周辺機器はすべてやめた。

  • ソフト開発もやめ、開発エンジニアを解雇した。

  • 代理店を整理し、6系統あった販売店のうち5系統を廃止した。

  • 製造部門もほぼ全部廃止し、台湾の製造請負企業に切り替えた。

  • オンライン上に公式ストアを開設し、直売を始めた。

商品を2種類に集中し、それ以外のすべてを捨て去り、販売網も1系統に絞るとともにオンライン直売に集中し、製造部門も廃止し、製造委託する体制に転換するという、まさに選択と集中を文字どおり実践したものです。これらはすべてビジネスの「イロハ」ですが、驚くべきことは、こうした取り組みを誰も予想していなかったことです。ルメルト先生は、ジョブズの取り組みを次のように評価しています。

ジョブズの戦略が劇的な効果を上げたのは、根本的な問題に直接アタックし、そのための行動に集中したからである。彼は、売上高や利益の目標は一切掲げなかった。救世主のように未来を語ることもしなかった。それにまた、けっしてやみくもに大鉈を振るったわけでもない。製品ラインを整理し限定された直営店で販売するというビジネスモデルをしっかりと設計していたのである。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

まさにジョブズのやったことは、「的を絞った方針を示し、リソースを投入し、行動を組織」したことであり、良い戦略の見本といえるでしょう。さらにルメルト先生は続けます。

矛盾する目標を掲げたり、関連性のない目標にリソースを分割して配分したり、相容れない利害関係を無理に両立させようとしたりするのは、資金も能力もあるからこそできる贅沢である。だがそれらはどれも悪い戦略だ。
(中略)
良い戦略に必要なのは、さまざまな要求にノーと言えるリーダーである。戦略を立てるときには、「何をするか」と同じぐらい「何をしないか」が重要なのである。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

ジョブズは、まさにノーと言えたリーダーだったのです。

良い戦略の特徴②「視点を変えて新たな強みを発見する」

次に良い戦略の二つ目の特徴。

第二に、視点を変えて新たな強みを発見する。状況を新たな視点から見て再構成すると、強みと弱みのまったく新しいパターンが見えてくる。良い戦略の多くが、ゲームのルールを変えるような鋭い洞察から生まれている。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

同じ状況であったとしても新しい角度からものごとを見直すと、気づいていなかった強みやチャンス、弱点や脅威を発見できるものが「良い戦略」なのです。その例として羊飼いの少年ダビデが巨人兵士ゴリアテを倒した旧約聖書の物語が記されています。

  • ペリシテ軍の巨人兵士ゴリアテが一対一で勝負するよう挑発した。

  • 対するイスラエル軍の兵士は恐れをなして挑む者はいなかった。

  • 少年ダビデは正規兵ではなかったが、敢然と名乗りを上げた。

  • ダビデは鎧兜を与えられたが脱ぎ捨て、投石器と滑らかな石だけで立ち向かった。

  • ダビデは見事にゴリアテの眉間に石を命中させた。

  • ゴリアテはその場に倒れ、ダビデはその首を打ち落とした。

  • ペリシテ軍は総崩れになった。

これはまさに「相手がこちらより弱いところにこちらの強いところをぶつける」という戦略の定石です。この話のポイントは、傍目に見れば圧倒的に有利なゴリアテに対して、少年ダビデが「小さく、経験がない」という弱みしかないと思えたところを「投石の腕を磨き、機敏である」という強みに転換できたことが、ダビデの勝利につながっています。ルメルト先生は次のように説明しています。

相手が持っていないもの、気づいていないものをどうやって見抜くか、そしてこちらの強みをどこに見出しどう活かすか。その強みは私たちの視界のはずれのほうに存在し、かすかにきらめくだけで、よほど注意を集中しないと見えてこない。良い戦略がすべてこのような発見に支えられているわけではないが、このような気づきから導き出された戦略は、「ふつうの強み」を「圧倒的な強み」に変えることができる。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

これら良い戦略の二つの特徴で見逃してはならない重要な点として「相手の存在」があるということです。アップルの場合、マイクロソフトだけでなく、パソコンの一般化に伴う多数のパソコンメーカーが相手ですし、ダビデの相手はゴリアテであり、ペリシテ軍です。それらの相手より相対的に強い点に集中したことが勝利をもたらしました。

私たちは戦略というと、何かを実行するときに必要な準備やプランのことと考えてしまいますが、そこには「相手の存在」が欠落している場合が少なくありません。

戦略という言葉自体は軍事用語であり、戦争に関するものです。相手のいない戦争がないように、経営においても競合が存在しています。競合よりも相対的に優位になるようにするために「戦略」があるのです。

戦略の基本構造「カーネル」の3つの要素

ルメルト先生は、良い戦略には基本構造があると説いています。この基本構造を「カーネル」と呼んでいます。良い戦略は、カーネルだけではなくともそれがなかったり、間違っていたりすると機能しないというもので、戦略の骨格中の骨格です。

カーネルを組み立てるときに、ビジョンやミッションや目標や戦術をあれこれ考える必要はなく、先行者利得や競争優位を追求する必要もない。経営戦略、事業戦略、製品戦略等々に分けることも無用だ。ずばり単刀直入なのが良い戦略である。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社) 

その上で、三つの要素を挙げています。

1 診断・・・状況を診断し、取り組むべき課題をみきわめる。良い診断は死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐす。 
2 基本方針・・・診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
3 行動・・・ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。すべての行動をコーディネートして方針を実行する。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

戦略のカーネルの例としてルメルト先生は医師のことを取り上げています。

医師が診断し、病名をつける(診断)、治療法を決める(基本方針)、治療法に基づいて治療する(行動)が当たり、最終的に治癒を目指すものです。

このあまりにシンプルな内容に衝撃を受けました。

 経営戦略を作るとは、「① 経営理念・ビジョンを策定し、② 外部分析と内部分析を行い、③ 複数の戦略オプションを立案し、④ その中から戦略を選択し、⑤ 実行する」といった流れが一般的にいわれていると思います。しかし、ルメルト先生は、カーネルには壮大なビジョンとは無縁で、目標や中間目標とも関係がなく、期限すらないものだと喝破しています。

確かに自国を攻め込まれた状況を考えればそのとおりなのです。つまり、自国に攻め込まれたら、まずは敵に反撃して押し返し、自国を守らなければなりません。そうした喫緊の状態において、理念やビジョンから始めたのでは間に合いません。まさに「最も弱いところにこちらの最大の強みをぶつけること」が求められる場面こそ「戦略」が必要だということです。

ただ、ルメルト先生は、理念やビジョン、目標が不要だと言っているわけではなく、それらは戦略ではないと言っているのです。戦略を実行するかなり前に理念やビジョンが決められるべきで、戦略を実行する場面は緊急事態が発生している状態である以上、理念やビジョンは決められないのです。 

さらに、そもそも戦略とは何か、戦略はどのような役割を果たすかについての誤解があるのだとルメルト先生はいいます。 

悪い戦略とその4つの特徴

それでは「悪い戦略」とはどんなものでしょうか。 

悪い戦略とは、単に良い戦略の不在を意味するのではない。悪い戦略をもたらすのは、誤った発想とリーダーシップの欠如である。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

悪い戦略について四つの具体的な特徴を挙げています。 

空疎である・・・戦略構想を語っているように見えるが内容がない。華美な言葉や不必要に難解な表現を使い、高度な戦略思考の産物であるかのような幻想を与える。
 
重大な問題に取り組まない・・・見ないふりをするか、軽度或いは一時的といった誤った定義をする。問題そのものの認識が誤っていたら、当然ながら適切な戦略を立てることはできないし、評価することもできない。
 
目標を戦略ととりちがえている・・・悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
 
まちがった戦略目標を掲げている・・・戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるべきものである。これが重大な問題とは無関係だったり、単純に実行不能だったりすれば、まちがった目標と言わざるを得ない。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社) 

ルメルト先生は、これらの特徴について実例を交えて説明していますので、なるほどと頷ける部分がたくさんあります。しかし、実際に戦略をつくろうとするとき、悪い戦略なのかどうかを見分けることはとても難しいことではないでしょうか。いいことだと思ってつくっているのですから、なかなか視点を変えてチェックすること自体が難しいものです。

悪い戦略につながる3つ姿勢

それに対して、ルメルト先生は、悪い戦略が出現するのがつくる側の姿勢にあることを指摘しています。主なものが三つあるといっています。一つひとつ見てみましょう。

第一は、「困難な戦略を避ける」です。

悪い戦略がはびこるのは、分析や論理や選択を一切行わず、言わば地に足の着いていない状態で戦略をこしらえ上げようとするからである。その背後には、面倒な作業はやらずに済ませたい、調査や分析などしなくても戦略は立てられるという安易な願望がある。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

面倒をしたくないのは誰もが思うところですが、あからさまに面倒だからやりたくないと言いながら戦略をつくることはないと思います。おそらく、さまざまな意見を集約するときに「あれか、これか」を選択できず、「あれも、これも」と総花的になってしまうことが、この「困難な戦略を避ける」なのだと思います。どの意見も捨てずにいれば、選ぶという困難な作業を避けることができます。こうして悪い戦略が生まれるのです。

次に「穴埋め式チャートで戦略をこしらえる」です。

悪い戦略はまた、お仕着せの穴埋め式テンプレートからも量産されている。空欄にビジョンやミッションや戦略を書き込んでいく、あれだ。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社)

 これはテンプレート式の「戦略プランニング」を示したものです。テンプレートを埋めることで、あたかも深い洞察に裏付けられているかのようなステートメントができあがるので、企業だけでなく、教育機関でも政府官庁でも熱狂的に支持されているとルメルト先生は指摘をしています。 

テンプレートはあくまで考え抜くための補助線であり、複雑に絡み合った問題を分解して分析しやすくするのが役割です。戦略とは、そうして分析した項目全体を見渡しながら考え抜くことで一貫性のある基本方針を見出すことで生み出すものです。分解ではなく、統合が必要なのです。こうしたことからもテンプレートを埋めただけでは戦略にはなりません。 

第三は、「成功すると考えたら成功する」です。 

悪い戦略を生むもう一つの源泉は、アメリカの宗教運動ニューソート(New Thought)から派生したポジティブ・シンキングに代表される思考法である。

出典:「良い戦略、悪い戦略」リチャード・P・ルメルト(日本経済新聞出版社) 

ニューソート宗教運動とは、19世紀後半にアメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつで、人間の信念には物理的世界に影響を及ぼす力があるという神秘主義の運動のことです。この運動は、さまざまな思考法に形を変えて、モチベーションやポジティブ・シンキングとなって現在につながっています。つまり、自らのビジョンの正しさを何物にも惑わされることなく信じていれば成功するという内容です。 

これに対して、ルメルト先生は経営や戦略への取組姿勢としては奨められないとしています。そもそも分析とは、起こり得る事態を考えることからスタートするので、そこには好ましくないも含まれる以上、それも踏まえて戦略をつくらなければ実現することはないとしています。つまり、信じていればうまくいくというわけではないということです。 

行動を伴った戦略を

これ以外にも悪い戦略が生まれる理由があるかと思いますが、これらに共通しているのは「行動が伴っていない」ことに尽きるのだと思います。または成果の出る行動につながらない「診断」「基本方針」だったと言い換えることもできるでしょう。 

銀河英雄伝説外伝「第三次ティアマト会戦」のなかで自由惑星同盟軍のビュコック提督が「作戦というものは実行するより早く失敗はしないものじゃよ。わしの過去の経験によればね」と参謀に向かっていう場面があります。 

このことは行動を伴わない戦略はないし、戦略は行動によって良否が分かるということを示しています。まさに戦略とは「診断・基本方針・行動」が基本であるということです。

「戦略」というと、とても複雑で高度な内容であると思い込んでしまいますが、こうして戦略のカーネルを示されると、真に必要なことはそれほど多くなく、それ以上に選び、選んだら捨て、選んだものを徹底して実行することに尽きるのだと思います。

われわれも「診断・基本方針・行動」の戦略によって圧倒的な強みを生み出したいと思います。

寄稿: Hikko.Yama

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