あっくんのホワイトデー

あっくんは、さいきん、なやんでいることがあります。

それは、「ホワイトデーのおかえし」についてです。

あっくんには、「くすのき　たつきくん」という、ともだちがいます。ふたりは保育園ほいくえんのときからの、なかよしです。

あっくんが、「さかき　あつき」という名前なまえで、たっくんが、「くすのき　たつき」という名前なまえで、だからふたりは、おたがいのことを、「あっくん」「たっくん」とよんでいます。

あっくんが、さいきん、うんうんとなやんでいるのは、この、たっくんからバレンタインデーにもらった「チョコレートのおかえし」の、ことなのです。

バレンタインデーの日ひ、放課後ほうかご、おうちのピンポンがなったのでインターホンにでてみると、そこにはたっくんと、たっくんお母かあさんのすがたがありました。

たっくんはすこしはずかしそうに、ちいさな声こえで、

「はい、これ。」

と言いって、きれいにラッピングされたチョコをくれました。

たっくんのお母かあさんは、

「いつもうちのたつきと、なかよくしてくれてありがとう。」

と言いっていました。

たっくんがはずかしそうに差さし出だしたチョコレートは、よく見みると、ひとつずつかたちがちがっていて、ふだんあっくんが食たべているおかしのチョコレートとはちがった様子ようすでした。

たっくんのお母かあさんは、

「これ、わたしとたつきでいっしょにつくったの。だから、かたちがちょっとわるいけど、味あじはとってもおいしくできたから！ね？」

と言いって、うつむいているたっくんの肩かたをゆすりました。

たっくんは、これまたちいさな声こえで、

「うん。」

と言いうと、

「味あじはおいしいから。いつも、なかよくしてくれて、ありがとう。」

と言いいました。

あっくんは、たっくんがチョコレートをつくれるということにびっくりして、思おもわず、

「えー！たっくんすごい！チョコレート、つくれるの？すごいすごい、すごーい！」

と、大声おおごえをあげてしまいました。

たっくんはそれをきいて、ほっとしたように、ニコリとわらって、もういちど、

「いつも、なかよくしてくれて、ありがとう。」

と言いいました。

そんなふうにして、たっくんからバレンタインデーにチョコレートをもらったあっくん。
これは、なにか「おかえし」をしなければいけません。

チョコレートをもらったその日ひから、うんうんうなって考かんがえているのですが、なかなかよい考かんがえがうかばずに、気きづけば明日あしたがホワイトデーになってしまいました。

あっくんは、あわててお母かあさんにそうだんしました。

「ねえ、おかあさん。チョコレートの材料ざいりょうって、ある？」

お母かあさんはあきれていいました。

「たっくんへのおかえしのことでしょ。だからはやく考かんがえなさいって言いったのに。チョコレートの材料ざいりょうなんて、ありません。はやくじゅんびしなかったのがわるいんでしょう。おてがみでも書かいたらいいんじゃない？」

そう言いわれても、あっくんのこころはなんだかスッキリしません。

「だって、チョコレートつくってくれたんだよ？おてがみだけじゃあ、たりないよ。ほんとにほんとにチョコレートの材料ざいりょうって、ない？」

「ないって言いってるでしょ。それにいま、何時なんじだとおもってるの。もう夜よるの９時じでしょ。いまからチョコレートの材料ざいりょうなんて、買かいに行いけません。もっと前まえから、じゅんびする時間じかんはあったのに、お母かあさんはなんども聞きいたのに、うんうんうなってばっかりで、なんにもじゅんびしなかったのは、あっくんでしょう。自分じぶんでかんがえなさい。それに、今日きょうはもうはやく、ねなさい！」

お母かあさんにそう言いわれてしまうと、あっくんはなにも言いうことができずに、しゅんとしたまま、自分のベッドにもぐることしかできませんでした。

次つぎの日ひ。

あっくんとたっくんは、小学校しょうがっこうにあがってからも、おなじクラスになりました。
だから、いつも、お昼休ひるやすみは2人でいっしょにあそんでいます。

たっくんは、いつも、絵えをかいたり、図書室としょしつの図鑑ずかんをもってきては、虫むしの説明せつめいをしてくれます。
あっくんは、いろんなことをしっているたっくんに、

「へえー！すげー！」

とか、

「それってどんな虫むしなの？」

とか、言いいながら、お絵えかきをするこのお昼休ひるやすみの時間じかんが大好だいすきです。

でもたまに、あっくんとたっくんのことを、からかう子こたちもいます。

声こえの大おおきい、「かんべ　ゆうくん」なんかは、だいたいいつも、なにかをふたりに言いってから、外そとにあそびにいきます。

今日きょうも、ゆうくんがぶすくれたかおをしながら、お絵えかきをしているあっくんとたっくんのそばに近ちかづいてきました。

「おまえら、いつも絵えばっかりかいてて、つまんなくないの？」

ほら、今日きょうもきた。
あっくんは思おもいました。

「お絵えかきたのしいよ。ゆうくんもやる？」

あっくんはしっているのです。
じつは、ゆうくんも、お絵えかきが好すきってこと。
ゆうくんは、あっくんの前まえの席せきなので、じゅぎょうちゅうに、ノートのはしっこに、ラクガキしているのを毎日毎日まいにちまいにち、あっくんは見みているのです。

でも、そんなあっくんのことばをむしするように、ゆうくんは、

「お絵えかきなんてつまんねーよ。それに、たつき、おまえ以外いがいと話はなさねーじゃん。しゃべんないやつといっしょにいても、つまんねーよ。」

と言いいました。

あっくんは、むかっとして、

「そんなことないよ！」

と、立たち上あがって言いいました。

そのあいだじゅう、たっくんは、じっと下したを向むいていました。

ふん、とはなをならすと、ゆうくんは、校庭こうていにかけだしていきました。

あっくんは、まだイライラしながら、席せきにつくと、たっくんに言いいました。

「なんであんなこと言いうのかな。なかまにいれてほしいなら、いれてほしいって、すなおに言いえばいいのにね。」

するとたっくんは、

「いいよ、ほんとのことだから。」

と、ちいさく言いいました。

たっくんは、あっくんの前まえだと、お話なはしすることができます。でもなぜか、ほかの子こをあいてにすると、きゅうにだまってしまいます。
たっくんにも、なんでそうなってしまうのかがわからないけれど、どうしてもどうしても、きんちょうして、こえがでなくなってしまうのだそうです。

だからたっくんは、学校がっこうにいるあいだ、あっくんと話はなしているとき以外いがいは、しずかに、しずかにしています。

しずかにしながら、たっくんは、いつもどこかきんちょうしているようでした。

じゅぎょうちゅう、あっくんが、すこしはなれた席せきにすわっているたっくんをちらりとみると、どことなく、かおがこわばっていて、かたに力ちからがはいっていて、カチコチしているなあと思おもううのでした。

そんなたっくんが、やっとすこしだけほっとできるのが、このお昼休ひるやすみなのです。

あっくんは、たっくんがなんでじぶんにだけ話はなしをしてくれるのか、前まえに聞きいたことがあります。
すると、たっくんは、

「きんちょうしちゃって、しゃべれなくても、ぼくのこと、わらわないでいてくれたから。」

と言いっていましたが、あっくんはそのときのきおくがありません。
保育園ほいくえんのときのはなしだよ、とたっくんは言いっていたので、あっくんにとってはずいぶんとむかしのことだな、と思おもったのですが、たっくんがおぼえているのだから、ほんとうのことなんだろう、と思おもいました。

それにあっくんは、たんじゅんに、絵えをかくことが外そとであそぶよりも好すきだし、こうしてたっくんと、図鑑ずかんで虫むしをみながら、あーでもない、こーでもない、と言いっているじかんが、たのしいのです。ただたのしいから、いっしょにあそんでいるだけなのです。
たっくんとあっくんは、すきなものがにているんだな、と、あっくんは思おもっています。

「きにすることないよ。ゆうくんは、ほんとはなかまにいれてほしいだけだから。」

あっくんは、ちぢこまっているたっくんに声こえをかけました。

「それよりさ、」

あっくんは、今日きょう、たっくんにあやまらなければいけません。
なぜって今日きょうはホワイトデー。
それなのに「ホワイトデーのおかえし」をよういできなかったのですから。

「たっくん、ぼく、ホワイトデーのおかえし、今日きょうわたせないんだ。ぼく、ずっとずっと考かんがえてたんだけど、なにをあげたらいいか、わからなくて。きのうお母かあさんにもおこられちゃったしさ、もっとはやくじゅんびしとけばよかったでしょー！って。たっくん、ごめんね。」

するとたっくんは、びっくりしたかおをして、

「いいよいいよ、おかえしなんていらないよ。いつも、ぼくとなかよくしてくれるだけで、じゅうぶんだから。」

そういうと、たっくんはにこりとわらいました。

その日ひの放課後ほうかご。
あっくんは、いつもの帰かえり道みちを、またうんうんうなりながらあるいていました。

（たっくんも、たっくんのお母かあさんも、「いつもなかよくしてくれてありがとう」って言いうけれど、それってべつに、「ふつう」のことじゃない？）
（だって、ぼくが、たっくんとあそぶのすきだからあそんでいるだけなのに、どうしてお礼れいなんていうんだろう。）
（いっしょにいてたのしいからあそんでいるのに、ありがとう、なんて、なんか、へん。）
（たっくんも、なかよくしてくれるだけでじゅうぶんだなんて、なんか、へん。）
（ぼくは、たっくんとあそぶのがすきだからあそんでるのに、お礼れいをいわれるのなんて、なんか、へん！）

そうやって、もんもん、もんもん考かんがえていたら、あっくんは、とあるお店みせの前まえで、ほうきでそうじをしていた人と、ぶつかってしまいました。

「いて！」
「わあ！」

ぶつかってしまったのは、お菓子屋かしやさんのお店みせのひとでした。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

あっくんは、おこられる！と思おもって、すぐにぺこりとあやまりました。
するとお店みせのおねえさんは、おこることもせずに、

「いやいや、こちらこそ、気きが付つかなくてごめんね。」

と言いってくれました。

あっくんがふと、お菓子屋かしやさんのお店みせのなかに目めをむけると、そこには、ショーケースにきれいにならべられたケーキやクッキーがありました。

「わあ、きれい。」

と、あっくんが思おもわずつぶやくと、お店みせのおねえさんはにっこりして、

「ちょっとお店みせのなかを、見みてみる？」

と言いってくれました。

「いいんですか？」

「いいの、いいの。いまお客きゃくさんがちょうどいなくなって、ひまになったところだから。さあ、どうぞ。」

お菓子屋かしやさんのお店みせのとびらを、お姉さんが開あけてくれると、とびらについた鈴すずがカランコロンと良よい音おとをたてました。

お店みせのなかに一歩いっぽ足あしをふみ入いれると、そこはまるで別世界べっせかい。
良よいにおいにつつまれて、あっくんのむねはドキドキしました。

ショーケースのなかには、ひとつひとつ、かたちよく仕立したてられたケーキがならんでいます。
ショートケーキにチョコレートケーキ、くだもののケーキに、名前なまえもしらない大人おとななケーキが、宝石ほうせきのように光ひかっています。

お店みせのかべがわには、クッキーがぎゅっとつまったボックスもならべられていて、まるで夢ゆめのような世界せかいです。

「すごい・・・・」

あっくんは、今いままで外そとから見みるしかなかったお店みせのなかに足あしをふみいれたことだけでもドキドキしているのに、宝石ほうせきのようなお菓子かしたちに、さらにドキドキしてしまいました。

「どれも、当店とうてんじまんのお菓子かしたちです。どれを食たべても、おいしいよ。」

お店みせのおねえさんは、にっこりとして言いいました。

あっくんは、はっとしました。

（こんな宝石ほうせきみたいなお店みせのお菓子かし、あげたらたっくん、よろこぶんじゃない？）

あっくんは、いてもたってもいられず、お店みせのおねえさんにこう聞ききました。

「あの、あの、ここにはチョコレートって、おいてありますか！」

「チョコレート？チョコレートなら、ここね。」

と言いって、お店みせのおねえさんは、ケーキのショーケースの一番いちばんはじっこを指ゆびさしました。

そこには、きらきらとかがやくチョコレートが、ずらりとおぎょうぎよく、ならんでいました。
むずかしい名前なまえがたくさん書かいてあるけれど、ひとつひとつ、しゅるいがちがうことはわかります。

「あの、このなかで、こどもでもたべられるチョコレートは、ありますか！」

あっくんのドキドキは止とまりません。
おねえさんは、あっくんのしつもんを聞きくと、

「そうねえ・・・・」

と言いいながら、ひとつのコロンとしたチョコレートを指ゆびさしてくれました。

「これなら、ミルクがたっぷりはいっているから、あまくてとってもおいしいよ。でも、学校帰がっこうがえりにお菓子かしなんて買かって、おうちのひとにおこられないの？」

そうなのです。学校帰がっこうがえりにどこかに寄より道みちすることは、お母かあさんに「ダメ！」と言いわれています。
ほんとうは、このお店みせにはいることだって、「ダメ！」なのです。

でも、あっくんは、どうしてもこの、コロンとしたチョコレートを、たっくんに食たべてほしい、と思おもいました。

ミルクたっぷりなんて、ぜったいおいしいにちがいないよ。
それに、このコロンとしたかたち、とってもかわいい。
きっと、いつもきんちょうしているたっくんだって、このチョコレートを食たべたら、ちょっとはほっとできるかもしれない。

「おうちのひとにおこられちゃうから、また別べつの日ひにきたら？」

おねえさんはこう言いいます。でもあっくんは、

「今日きょうじゃないとダメなんです！だって今日きょう、ホワイトデーだから！だから今日きょう、この、ミルクのチョコレートを、ぼく、買かいたいんです！」

そう言いって、自分じぶんのランドセルのわきにぶらさげているICアイシーカードをおねえさんに見みせながら、

「ここに、お金かねだって、あります！500円だけ、はいってます！これで、このチョコレート、買かえますか！」

と、早口はやくちに言いいました。

おねえさんは、しばらく考かんがえているようすでしたが、

「じゃあ、おねえさんとやくそくしよう。今日きょう、チョコレートを買かったことを、お母かあさんにちゃんとほうこくすること。寄より道みちしちゃったことを、あやまること。その２つ、やくそくできる？やくそくできるなら、このチョコレート、ひとつだけ、買かえます。」

と言いいました。

あっくんは、

「やくそくできます！ぜったいぜったい、やくそくします！だから、この、コロンとしたチョコレート、ひとつ、ください！」

と、大おおきな声こえで、言いいました。

お店みせのおねえさんは笑わらって、

「はい、よいお返事へんじです。ぜったいにやくそく、まもってね。じゃあ、ここのきかいに、ICアイシーカードをピッとしてください。」

と言いいました。

あっくんは、ドキドキしながら、ランドセルの横よこにぶらさがっているICアイシーカードをぐーんとひっぱって、きかいにタッチしました。

ピっと音おとがなると、

「はい、これで、チョコレートは買かえました。ホワイトデーってことは、きっと、だれかにあげるんだよね？じゃあ、きれいにつつむから、ちょっとだけまっててね。」

とおねえさんは言いって、コロンとしたチョコレートを、宝石ほうせきみたいなはこに、ちょこんといれてくれました。そして、黄色きいろのリボンまでかけてくれました。

「はい、できた。このプレゼント用ようのほうそうは、ほんとうはお金かねがかかっちゃうんだけど、今回こんかいはとくべつに、おまけね。だいじなひとに、ちゃんとわたしてあげてね。」

そう言いって、おねえさんは、きれいにつつんでくれたチョコレートを、あっくんに手てわたしてくれました。

「ありがとうございました！」

そういうやいなや、あっくんは、お店みせのとびらをカランコロンとひらいて、飛とび出だしてゆきました。

向むかう先さきはもちろん、たっくんのおうちです。

あっくんは、走はしりました。宝石ほうせきのようなチョコレートをだいじにかかえて、走はしりました。
たっくんのおうちまであとちょっと。たっくんのおうちまであとちょっと。
はやくたっくんにわたしたくてたまりません。
きっとたっくんは、よろこんでくれる気きがしたのです。

息いきをはずませて、たっくんのおうちのインターホンをならします。
ピンポーンとなっている時間じかんも、なんだかながくかんじられます。

インターホンから、

「あっくん？」

と声こえがしました。たっくんです。

「たっくん、ぼく、ホワイトデーのおかえしもってきた！」

あっくんはこういうと、チョコレートの宝箱たからばこを、インターホンの前まえにかかげました。

「これ、もらって！」

ガチャリ、ととびらのあく音おとがして、たっくんが立たっています。

「あっくん、そんな、いいのに。ぼく、昼間ひるま言いったでしょ。なかよくしてくれるだけで、ぼくはじゅうぶんなんだって。おかえしなんて、いらないよ。」

たっくんは、そう言いいながら、こまったかおをしています。

あっくんは、こまったかおのたっくんを見みながら、こう言いいました。

「たっくん、たっくんはさ、ぼくに、なかよくしてくれてありがとうって、いつも言いうけど、ぼくは、たっくんとあそぶとたのしいから、あそんでるんだよ。たっくんのお母かあさんも、たつきとなかよくしてくれてありがとう、って言いうけど、それってなんか、へんだよ。だってぼくは、ぼくだって絵えをかくのがすきだし、図鑑ずかんで虫むしを見みるのがすきだし、お外そとであそぶよりもそういうことをしてるほうがたのしいし、だから、ぼくたち、すきなものがにているから、たのしくあそべるんじゃないのかなあ。それなのに、なかよくしてくれてありがとう、って、なんか、へん。ぼくは、ひとりでやってもたのしいことを、いっしょにたのしいってやってくれるたっくんがいるから、ふたりであそぶとたのしいんだよ。だから、なかよくしてくれるだけでじゅうぶんなんて、言いわないでさ。これ、ぼくからのおかえし、もらってよ。」

あっくんは、かたで息いきをはずませながら、ひといきに、こう言いいました。

あっくんのことばを聞きいていたたっくんは、なにかいいたそうで、でもうまくいえなくて、じっとだまってしまいました。

しばらくふたりのあいだには、しずかな時間じかんがながれました。

するとたっくんが、すっ、と手てをさし出だして、

「ほんとうにもらって、いいの？」

ちいさなこえで、そう言いいました。

あっくんは、

「もちろんだよ！だって、たっくんのために買かってきたんだからさ！」

と言いいました。

「じゃあ、せっかくだから、あっくん、うちにあがってよ。いっしょにたべようよ。」

たっくんにそう言いわれたときに、あっくんんは、こころのなかで、

（ひとつぶしか、ないんだけどなあ・・・）

とおもいましたが、それは言いわずに、だまっておきました。

たっくんのおうちにあがると、たっくんのおかあさんは、買かい物ものにでかけて、るすでした。

リビングにとおされたあっくんは、あらためて、たっくんに、だいじにだいじに走はしってもってかえってきた宝箱たからばこをわたしました。

「はい、これどうぞ。バレンタインデーは、チョコレートをくれて、ありがとう。これは、そのおかえしです。」

たっくんは、宝箱たからばこをしげしげとながめて、

「きれいだねえ・・・」

と言いいました。

「あけてみて！」

とあっくんがいうと、たっくんは、こくんとうなづき、そっとリボンをといて、宝箱たからばこのふたをあけました。

そこには、コロンとした、ひとつぶのチョコレート。
リビングのまどからさしこむ夕日ゆうひに照てらされて、きらきらと光ひかっています。

「わあ、きれい。」

「でしょ！きれいだなあとおもって、買かったんだよ！」

あっくんは、鼻はなの穴あなをふくらませて、こうふんして言いいましたが、

「でも一個いっこしかないから、いっしょにはたべられないけど・・・。」

と、ちょっとしょんぼりしながら、言いいました。

「だから、たっくん、食たべてみて！」

あっくんにそう言いわれたたっくんは、こくん、とうなづいて、コロンとしたチョコレートをそっと手てにとりました。

そして、ひとくち、ぱくり。

「・・・・」

たっくんは、なにも言いいません。
あっくんは、ちょっとしんぱいになってきました。

「たっくん、もしかして、にがかった？おいしくない？」

あっくんが、あわてて言いうと、

「・・・・・おいしい。いままでたべたチョコレートのなかで、いちばん、おいしい。」

と、たっくんは、ほぅっとためいきをつきながら、言いいました。

「ぼく、こんなおいしいチョコレート食たべたの、はじめてだよ。チョコレートって、こんなにおいしいたべものなんだ。びっくりしちゃった。」

たっくんは、だいじそうに、のこりのチョコレートも、ゆっくりあじわってたべました。

それを見みていたあっくんは、じんわりうれしくなって、なんだかこころがむずむずしました。

「あっくん、ありがとう。ぼく、いつもうまくはなせないから、みんなからへんなひとっておもわれてるきがして、でもあっくんは、ぼくといっしょにあそんでくれるから、それだけでじゅうぶんっておもってたんだ。」

たっくんは、ちいさな声こえで言いいました。

「でもさっき、あっくんが、ぼくとあっくんはすきなものがにてる、たのしいことがいっしょだからあそんでるんだよっていってくれて、ものすごく、うれしかった。」

「うまくはなせないのは、かなしいけど、でも、こうやって、あっくんがくれたチョコレートをたべたら、おいしくて、なんだかしあわせで、こんなきもちは、ひさしぶりだよ。」

「あっくん、ありがとう。」

そうやってわらうたっくんは、いつものカチコチのたっくんじゃなくて、やさしいふわふわのたっくんになったようでした。

「ぼくには、たっくんがきんちょうしちゃうことをなおすことはできないけど、いっしょにあそぶことはできるし、それはとってもたのしいことだから、またあしたも、お昼休ひるやすみに、いっしょにあそぼう。」

あっくんは、言いいました。

「それに、ゆうくんだって、ほんとうはお絵えかきだいすきなんだよ。だって、いつもじゅぎょうちゅうに、ノートのはしっこに、ラクガキしてるんだよ。」

「え？そうなの？」

「そうだよ。あれは、ぜったい、なかまにいれてほしくて、ちょっかいかけてるんだよ。こんど、たっくんがよければ、いっしょになかまにいれてあげよう。」

「でもぼく、ゆうくん、ちょっとこわいなあ。」

「お絵えかきなら、いっしょにあそべるかもしれないよ。それにさ、いがいといいやつかもしれないよ。」

「そうかなあ〜・・・・。」

２人ふたりのおしゃべりが、夕日ゆうひのさしたリビングにこだましています。
たっくんは、かちこちから、ふわふわに。
あっくんは、にこにこから、もっとにこにこに。
２人ふたりはけらけらとたくさん笑わらいあいました。

その夜よる。
寄より道みちしてチョコレートを買かったことをお母かあさんにはなしたあっくんは、ちゃんとおこられました。でも、そのあとに、ホワイトデーのおかえしを自分じぶんでできたことをほめられたのは、たっくんには、ないしょのおはなし。