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僕らはギフトで生きている

僕の父親は日本語教師だった。祖父は法律家で、裁判官を歴任したのちに弁護士へと転身したらしい。

代々続く学者の家系であり、祖父は東京大学法学部の首席卒で、父は東大を目指していたが最終的には慶應義塾大学法学部の院卒だった。

母方は元々は廻船問屋で財を成した愛媛の商人の家系で、祖父母は戦後の都内に出てきて呉服業で財を成して都内にいくつもの土地を持っていた。

そのほとんどは子供たち(僕の叔父や叔母や母だ)が遺産相続で民事裁判までしてバラバラにしてしまったが、才と運のある商人の家系だ。

これだけ書くと家柄自慢かよ?と思うかもしれないが、かくいう僕は中学1年で父親が病死してからしばらく落ちこぼれだったし、母親も遺産相続やらで揉めて大変な母子家庭でまぁまぁの貧しさを経験している。

途中、父がダメだった東大を目指そうとか思ったときもあったし、父を殺したガンを治せるように医者になろうと思ったときもあったが、母子家庭となった母親に「あなたの人生なんだから、自分で選びなさい。」と言われてやめた。

そしてあれから20年ほどたって、僕は日々noteに書いているような生き方をしている。


すべては貰い物の才能

わりと不自由せずにスラスラと毎日書けてしまっているのは、前述の僕の家庭環境と遺伝がなせるものが多いと思う。後天的な努力はほぼしていない。

日本語教師という職業の父親ゆえに本と辞書に囲まれた家で育った。物心ついた時にはあらかたの本は読み終えてしまっていたけれど、今思うと小学校低学年の頃から本屋さんのような家に住んでいたのはあきらかに普通じゃなかった。

結局はそのインプット量と、遺伝しやすいと言われる言語分野の知覚能力のおかげで書けている気がしてならない。父と父の血筋の祖先様に感謝だ。

商人の能力は幼稚園の頃から入り浸っていた母方の祖父母の営んでいた呉服屋で見よう見まねで培った気がする。父がなくなった後は母はさまざまなパートをしつつ、最終的には着付師として生計を立ててくれた。

独立して6年間なんとかなっている商才は、女手一つを地でいくハングリーな姿をそばで見ていたことが大きいと思う。これまた母と母のご先祖様に感謝だ。


こうして書いてみると、今ちょっと続けられたりうまくいっていることのほとんどは、そっと誰かが補助輪のようにお膳立てしてくれていて、さも自分でうまくやれたように思い込んでいるだけな気もする。

すべては貰い物の才能で、この体も借り物なのかもしれない。そう思うと、自分のエゴは結局それほど意味なんてないのかもと思ったりもする。

これだけ色々もらっていて、おまけにそれなりに健康で平常運転可能な肉体に産んでくれているんだから、生きているだけでもう充分なラッキーなんじゃないか?


自分は自分だけで出来ていない

とりあえず祖先から預かった遺伝子の引き継ぎ自体は2人の娘に託したので、現世での大きな仕事はだいたい終わった感もある。

あとはなるべく娘や僕らのこどもたちにハッピーな世界を作って渡してあげるためにがんばろうかなと最近は考えている。まるで隠居後の余生だ。

でも、こうして感謝するようになってから不思議とだいたいの事にイライラしなくなった。

自分は自分だけでできているわけじゃないと思うと、責任の所在もぼんやりするし、手柄も先祖全体とシェアする感じになるからお得感がある。自己責任論が暴走しがちな世の中だから、これくらいゆるめな感じがちょうどいいのかもしれない。

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